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第十九話 愛が残したもの
親父の言葉を頭の中で繰り返す。
「……賭けって、どういう意味なの?」
言葉が出てこないオレの代わりに、雨宮が親父に真意を問う。
「……九条宗一郎のことを調べるついでに、九条凪のことも調べていく中で、お前とヤツに共通点を見つけたんだ」
「共通点?」
「ああ」
親父は凪の経歴の部分を指さしながら「九条凪は両親を十一歳のころに交通事故で亡くしている。表向きでは事故で処理されているが交通部の同期に確認したら、ブレーキに細工がされていた痕跡が見つかっていたそうだ」と告げた。
「な!?」
「まあ、証拠不十分……事故を起こした相手ドライバーも死んでるってことでそれ以上の捜査はできなかったそうだがな」
「……」
「オレは、この件も九条宗一郎が仕組んだと思っている」
話を聞いていると、オレもそう思う。
まずは、凪の両親から始末して、凪を孤独に追い詰めるのがアイツの狙いだったんだ。
「まあ、それでも九条凪の周りには現会長の祖父やボディーガードの久世がいたから、物理的に一人になることはなかった」
「……」
「けど、自分を愛してくれた両親が亡くなり、その両親の"愛"がきっかけで九条宗一郎の闇ビジネスが始まったことをしった九条凪は独りになった」
そう言うと、親父はオレのことを見ながら「朔……お前とそっくりじゃねぇか」と眉毛を下げた微笑んだ。
「……そうだな」
オレの両親は、オレが三歳のころに火事で亡くなった。
まだ三歳だったオレを助けるために部屋に戻って、窓から救急隊員にオレを預けたところで部屋が崩れてそのまま炎に飲み込まれたらしい。
オレは、まったく覚えていないが、誘拐される前にいた養護施設の先生がそんなことを話していた。
「……お前達は"愛"が原因で両親を亡くしている。だけど、愛が一番尊いものだってことを、本能的に感じているお前達が出会ったら、きっとうまくいく。そう思ったから、俺はお前を九条凪のもとに送り込んだんだ」
「……」
親父の気持ちは分かった。
なんとなく、言いたいことは理解できる。
「そうは言っても……ねぇ?」
「うん……」
雨宮と柊がオレの方に視線を向けた。
「……もし、オレが……今までと同じように相手の話を一切聞かずに任務を遂行してたら……」
あの日、オレが凪を殺していたら。
「……だから賭けなんだよ」
「っ!」
親父は、もう一本タバコを吸い始めた。
「もしお前が、九条凪と出会ってもなにも感じないなら、それはそれでよかった」
「は!?」
その言葉にオレが思わず立ち上がると、隣にいる雨宮がオレの腕を引っ張った。
「ちょっと朔!」
「どういうことだよ!」
「……前に言ってただろ」
親父は大きく煙を吐くと「『あの誘拐事件に関わったヤツらを全員許さない。いつか絶対、オレの手で復讐してやる』ってな」と、オレがここに来た直後に、親父へと誓った言葉を繰り返した。
「九条凪は直接関わってはいないが、九条グループの御曹司ってことで間接的に関わってしまっていることには間違いない」
「……そ、それは……」
「それに九条凪自身が、朔に殺されたがっていたことも知っていたからな」
オレは「……は?」と反射的に言葉がもれた。
「……十年前のクリスマス、東京湾のコンテナヤードで九条凪が俺達の暗殺を見ていたことに気づいてたんだよ」
「なんで……」
「元刑事を舐めるなよ。素人の監視なんざ、すぐに分かる」
「……」
柊は「で、でも、それでなんで九条凪が朔に殺されたがってるって分かったの?」と親父に質問をする。
「九条凪が、俺達のことを調べていることを知ったからだな」
「え?」
「俺達《何でも屋・鴉》の情報を調べてたんだよ。朔のことを聞きたがってたって、知り合いから教えてもらったんだ」
凪は一人で叔父や星崎メディカルホールディングスを告発する準備をするために情報収集をしていたんだ。
俺達のことを調べるのも、簡単だったんだろう。
「アイツは『赤いプレゼントを持ったサンタクロースさんが、会いに来てくれる日が楽しみなんだ』って言い残したそうだ」
「赤い、プレゼント……」
「あの綺麗子ちゃん、ワードのチョイスがいちいち詩的よね」
「いや、普段はもっとドストレートだぞ」
鳳堂を撃ち殺したオレをサンタクロースと表現するところがアイツらしいな。
「朔が九条凪と出会っても変わらないままだったら、朔は復讐を果たせる。九条凪も、自分の望みを叶えられる。それなら、それがお前たちの運命だったってことだ」
「……ドライだな」
「現実主義って言ってくれよ」
親父はそう言うと「だが……どうやら俺は賭け勝ったらしいな」と口角を上げた。
「……」
「信じてたぜ。お前と九条凪なら、大丈夫だって思ってたんだ。ちゃんと向き合えば、きっと朔は……九条凪の生きるための光になるだろうってな」
「……どうして……」
「ん?」
オレは拳を握り締めると「……オレは、こんなに真っ黒なのに……どうしてオレが光なんだよ……」と小さな声でつぶやいた。
「朔……」
オレがそう言うと、親父はタバコを灰皿に押し付けながら声を上げて笑い出した。
「アッハッハッハ!」
「……」
親父は大笑いしたあと、いつも以上にやさしい表情を浮かべた。
「お前のことを愛してるからだよ」
「っ!」
「誰かのための光になれるって、お前はやさしい人間だって、誰よりも知ってるからだよ」
「……お、やじ……」
親父の温かい愛情に触れて、思わず涙がこぼれそうになる。
「お前を、送り込んで正解だったな」
「お父様……!」
「親父ー! ううっ……かっこいいよぉ!」
両隣の二人が泣き出したのに気づいて、オレの涙は引っ込んだ。
なんでお前達の方が泣いてるんだよ。
雨宮はハンカチを取り出しながら「朔……アンタ、絶対あの綺麗子ちゃんと幸せになんなさいよ!」と涙を拭いた。
「ってか、九条凪は自分の気持ちに気づいたわけ?」
「……まあな」
オレがそう答えると、二人が声を揃えて「……ふーん」と意味深な表情を見せる。
「まあ、今日の朝帰りがその答えよね?」
「とうとう大人の階段登っちゃったんだね」
「ほっとけ」
ここで下手に否定をすると、二階堂のときのように墓穴を掘ることになる。
そんなオレ達のやり取りを聞いていた親父は「よし……。それじゃあ、朔の気持ちが分かったとことで次だな」と真剣な顔をした。
「次っつうと……就任パーティーの日か?」
「ああ。実はな、九条宗一郎から催促の連絡が増えててな」
そう言って親父は携帯電話を取り出した。
「どうやら、九条総一郎は就任パーティーまでに九条凪を暗殺できなかった場合は、就任パーティーで他の組織の人間を送り込むつもりらしい」
「……予想通りだな」
「九条凪が就任パーティーで告発しようとしていることに気づいてるかは分からないが、勘のいいヤツだ」
「……ああ」
「この就任パーティー、ヤツは必ず現れる」
その言葉に、オレは力強くうなずいた。
二階堂も言っていたが、やはり勝負は就任パーティー当日だ。
「まぁ本来なら、九条凪に伝えて就任パーティーへの参加を見送ってもらうのがベストなんだが……」
『それはお断りします』
「!?」
親父の携帯電話から凪の声が聞こえてきた。
「凪か!?」
『その声は朔君だね。ごめんね、スピーカーになっていたから会話は全部聞かせてもらっていたよ』
「親父!」
「悪い悪い。九条凪は当事者だからな。これからの作戦会議には必要不可欠だろ」
そうかもしれないが、電話を繋げていることを黙っている必要はあったのか?
「おう、凪」
『はい』
「今からコッチに来られるか?」
親父の問いかけに、凪は『もちろんです』と即答した。
ここの場所も知ってるってことかよ。
「そんじゃあ、すぐに来てくれ。この事件の諸悪の根源を断つための——作戦会議だ」
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