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第二十話 開幕
十二月二十五日。
東京都港区。
東京湾を一望できる九条グループが運営するフラッグシップホテル——ホテル・レガリア東京。
ここに来るのは二度目だな。
なんて、感傷に浸っていると耳に付けているインカムから雨宮の甲高い声が流れてくる。
『朔、こっちは準備オッケーよ!』
その言葉に反応するように、数秒遅れて柊の声もノイズ混じりで聴こえてきた。
『——コッチも!』
「分かった」
ベッドルームの扉が開くと黒いシャツにボルドーのネクタイを締め、その上からオーダーしたオフホワイトのダブルブレストスーツ羽織った凪が、小さなダイヤが装飾されたカフスボタンを付けながら歩いてくる。
「大丈夫そうかな?」
「ああ。全員配置についた」
「それならよかった」
黒の内羽根ストレートチップの上質な革靴に、控えめだけど高そうな高級時計を左手首に着けている。
いつもと違って、前髪を横に流して軽くセットしていた。
凪の姿は、完璧な"九条グループの若き当主"という空気をまとっている。
「どうかな?」
凪は、軽く両手を広げて、その場で一周回った。
オレは、凪に近寄ると腰を抱き寄せて、その気高い唇に口づける。
「惚れ直した」
「それじゃあ、今日の僕は最強だ」
そう言うと、凪は少し背伸びをして自分の唇を軽く押しつけた。
「……ウオッホン!」
わざとらしい大きな咳払いに、オレは視線を凪から久世のオッサンに向けた。
「私達がいることをお忘れなく」
「凪様に必要以上に近寄らないでいただきたい」
「……チッ」
オレが舌打ちをすると「こら、朔君」と凪にたしなめられる。
「本来であれば、凪様の護衛は我々で行う予定でした。にも関わらず、このようなどこの馬の骨とも分からないヤンキーかぶれの男が急に護衛に入るだなんて……」
「相馬さん」
凪が笑顔のまま相馬の名前を呼んだが、その目は笑っていなかった。
「っ!」
「僕の計画に、彼らが賛同して協力してくれているんだよ。そんな言い方は、よくないんじゃないかな」
「も、申し訳ございません……」
相馬が勢いよく頭を下げると、久世のオッサンが「お坊ちゃまのことを思うがあまりの失言をお許しください」と相馬を庇うように謝った。
「ううん。僕の方こそ、すみません」
「私達は、お坊ちゃまの安全が第一です。そのためであれば、裏稼業の人間とも喜んで協力いたしましょう」
「うん。よろしくお願いします」
凪が答えると、部屋の呼び鈴が鳴る。
相馬が出ると、二階堂が顔を出した。
「こんにちは、相馬さん」
「二階堂様、こんにちは」
二階堂は部屋の中に入ると、正装した凪の姿を見て「わあ! 今日も綺麗だね」とストレートに褒めた。
オレの前でよくやるな。
「ありがとう。悠真さんも素敵ですね」
「……」
二人のやり取りを聞いていたオレは、思わず舌打ちをしそうになる。
そんなオレの不機嫌オーラに気づいたのか、凪が「フフッ。朔のスーツも素敵だよ」と笑った。
「たしかに! 中田さんは背も高いし筋肉があるから、スーツが映えるね!」
「うるせえ。なにしに来たんだよ?」
「ああ、そうだ」
二階堂はそう言うと「そろそろパーティーの始まる時間だよ」と凪に伝える。
「叔父さんは?」
「上の階の控室。秘書の林さんと、見慣れない男性が三人部屋の前にいたよ」
「……多分、新しく雇った殺し屋だろうね」
「……」
凪の言葉に、二階堂は拳を握り締めながら「ねえ、凪……本当にやるの?」と眉毛をハの字にしながら問いかける。
「……やります」
「……で、でも……」
この期に及んでまだ言うか。
思わず会話に割り込んでやろうか、と思ったが凪の心情を察して堪えた。
ここは、オレの出る幕じゃない。
「……僕達の闇の部分が始めたことは、僕がちゃんと清算しないといけないんです」
「凪……」
「そのために、僕は生きてきたんだ……」
凪がそう言い切ると、二階堂は眉毛を下げたまま笑った。
「本当に、俺は凪のなにを見てきたんだろうな……」
「悠真さんにも、感謝していますよ」
「アハハ、ありがとう」
二階堂はオレのことを見ると「中田さん」と名前を呼ぶ。
「凪のこと、よろしくね」
「……ああ」
『……中田って誰よ?』
『玲さん、今そのツッコみは違うと思う』
インカムから聴こえてきた二人の声は無視した。
凪は、テーブルの上に置いてあった一輪の白いバラを胸ポケットに挿す。
「それじゃあ、行こうか」
「……凪」
「ん?」
オレに名前を呼ばれて振り返った凪に「……オレのそばから離れるなよ」と念を押した。
「……うん」
最上階のパーティー会場に到着すると、招待客でにぎわっていた。
会場内はシャンデリアや花で華やかに装飾されていた。
凪が会場に入った瞬間、会場内にいたヤツらが一斉に凪に視線を向けた。
「凪様よ」
「本日も、お美しい」
「あの着こなしは、まさに若き天才経営者という感じだな」
遠目で噂話をしているヤツらはどうでもいい。
問題は、凪に近づいてくるヤツらだ。
「凪様、こんにちは」
「こんにちは」
「凪様が専務時代から、海外事業では大変お世話になりました。会長就任おめでとうございます。これからのご活躍も楽しみにしております」
「こちらこそ、ありがとうございます。引き続き、よろしくお願いいたします」
そう言って挨拶を交わし合う。
オレは「アイツは誰だ?」と二階堂に聞く。
「あの方は九条ロジスティクス株式会社の朝田さん。物流関係の子会社の社長さんだけど、後ろ暗いところはなにもないよ。むしろ、凪のことを買ってくれている味方だ」
「後ろの堅物そうなヤツは?」
二階堂は朝田の後ろで挨拶待ちをしている男に視線を向けると「ああ、あの方は九条エネルギー株式会社の藤崎さんだね。真面目な方だから、凪とは相性がいいよ」と説明する。
「Hi, Mr.Nagi. How's it going?」
「I'm doing good. Thank you.」
青い目の金髪が凪に挨拶をしているのを聞いて、そういや海外事業を担当してたなと思い返す。
コイツらは凪の味方なんだろう。
敵意は感じられない。
問題は——。
「……アイツらだな」
「……うん」
少し離れた場所から、凪のことを睨むように見つめている男達がいた。
「アイツ、政治家の牧島だろ?」
「そう。政務調査会長の牧島さん。鳳堂さんとは別の派閥だったけど、叔父さんと裏で付き合いがある政治家の一人だよ」
「……なるほど」
凪のことを見ているだけだった男達の中から、一人の男が凪に近づいていく。
「凪様、こんにちは」
「こんにちは、星崎さん」
凪の言葉に反応したオレに、二階堂は「あの人は星崎メディカルホールディングスの会長、星崎雅臣さん。医者出身で、腕は確かだったんだけどある医療ミスが原因で外科医を辞めたんだ。でも、そのあとに医療ビジネスで成功したから、今じゃ国内最大級の医療グループのトップだよ」と説明する。
アイツが、もう一人の黒幕か。
オレが星崎を睨んでいると「中田さん、顔に出すぎ」と二階堂が苦笑する。
「悪い……」
オレが謝った瞬間、パーティー会場の入り口が騒がしくなった。
振り返ると、九条宗一郎が秘書の林、そしてボディーガードに扮した殺し屋達と一緒に現れた。
宗一郎の横には、ヤツの息子の航がいた。
「やあ、凪君」
「……こんにちは、叔父さん。それに、航君も」
「……ああ、久しぶりだな」
宗一郎は凪に近寄ると「いやぁ、こんなに立派な甥の姿を見られるなんて、感慨深いなあ」と凪の肩に手を置く。
「ありがとうございます。これも、ひとえに皆さんのご支援のおかげですね」
「うんうん、そうだろう」
宗一郎はニッコリとした笑顔を浮かべているが、それが異常で気味が悪い。
久世のオッサンも相馬も、険しい顔をして宗一郎のことを監視している。
「おや、ネクタイが曲がっているよ」
「え?」
そう言って宗一郎は凪のネクタイに手を伸ばし、丁寧に整えていく。
その瞬間、宗一郎が凪の耳元に口を寄せてささやいたのがハッキリと見えた。
口の動きを読むと、アイツはこう言った。
お前も今日で終わりだ——。
「チッ!」
「……」
凪の表情から色が消えたが、すぐにいつもの笑顔に戻ると「楽しみにしていますね」と返した。
相変わらず、肝の据わり方がハンパねえな。
予想していなかった反応に、宗一郎が一瞬ビビったのが分かって、思わず笑い出しそうになる。
口元が引き攣ってんぞ。
「あ、ああ……。そ、それじゃあまたあとで」
そう言うと、宗一郎は林に声をかける。
「……凪」
「どうしたんだい?」
ずっとうつむいているだけだった航が、凪の名前を呼んだ。
「……あ、のさ……」
「ん?」
言葉を詰まらせる航に、凪は軽く首を傾げながら話を聞く姿勢を取る。
「……っ」
「どうしたの?」
「……な、凪!」
航が凪の腕をつかんで引き寄せた。
そして、凪の耳元でなにかをささやいた。
オレの位置からだと、航の口の動きを読むことはできなかったが、凪が目を丸くしたのが見えたから、なにか衝撃的なことを言われたのだろうと予測する。
いったいなにを言われたんだ。
「航! 行くぞ!」
「あ、は、ハイ!」
名前を呼ばれた航は、名残惜しそうに腕を放すと宗一郎の後を追いかけていった。
『それでは間もなく、九条グループ新会長就任記念パーティーを開始いたします』
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