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第二十一話 奪還
「……どうだ?」
『確認できたのは入り口付近の黒服と、朔から見て二時の方角にいるメガネのバンケットスタッフ……それから今バックヤードに戻った二人組』
「会場内には五人か?」
『まだまだいそうな気もするけど、宗一郎のボディガードを合わせて八人ね』
会場の中をぐるりと見渡す。
雨宮の見立て通り、明らかに堅気ではない人間が混ざっている。
「柊、そっちはどうだ?」
『うーんとね、あの窓側のカーテンの裏に二人かな。反対側は、サーマルビジョンで覗いても反応ナシ!』
「分かった」
となると、全部で十人か。
その程度の人数なら、ここにいるオレと雨宮、黒瀬さん、千里の四人でなんとかなるな。
招待客に被害が出ないように動く方が大変だ。
先日の作戦会議の時に、凪に言われた。
——なるべく関係のない招待客には被害が及ばないようにしてほしい。
この会場には、日本を代表する財界人や政財界の関係者が約二百人いる。
その内の半分はあちらさん側かもしれないが、それでも約百人。
——大変なことをお願いしているって分かってるけど、朔君ならやってくれるよね。
「守りながら戦うのは大変だってのに、簡単に言ってくれるぜ」
あの時の凪の表情を思い出して、口元が緩みそうになる。
『それでは、まずは現九条グループ会長の九条正道様よりご挨拶を賜りたく存じます』
司会がそう言うと、凪の祖父である九条正道が登壇する。
『皆様、本日はご多忙の中、九条グループ会長就任記念パーティーにご臨席いただき、誠にありがとうございます。本日をもちまして、私は会長職を退任し、後任として孫の凪が新たな会長に就任いたします』
凪のことを見ると、真剣な顔で正道のことを見つめていた。
『この会社の未来、そして、九条家の未来も彼に託したいと思います。どうか皆様、今後とも変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます』
そう言って一礼をすると、会場内から大きな拍手が鳴り響いた。
『九条正道様、ありがとうございました』
拍手が鳴り止んだタイミングで『続きまして、新しく九条グループの会長に就任いたしました、九条凪様のご挨拶です』と司会が言うと、一斉に凪に視線が集まった。
凪はゆっくりとした足取りで登壇する。
オレは、なにかあったときに駆け寄ることができる距離まで近づいた。
『皆様、本日はお忙しい中、私の会長就任パーティーにお越しいただき、誠にありがとうございます。九条凪です』
凪のスピーチを聴きながらも辺りを警戒する。
『祖父をはじめ、これまで九条グループを支えてくださった皆様のお力添えがあったからこそ、本日この場に立つことができています。心より感謝申し上げます』
凪は、人当たりのいい笑顔を浮かべながら『私はまだ未熟ではありますが、九条グループが社会から必要とされる企業であり続けられるよう、皆様のお力をお借りしながら、一歩ずつ歩んでまいります』と続ける。
そして、そこで一度言葉を止めて、少し離れたところから腕を組んでいる宗一郎に視線を向けた。
『本日は皆様に、新しい九条グループの姿をお見せしたいと思っております。どうか最後まで、お付き合いいただけると幸いです。本日はよろしくお願いいたします』
そう言って笑った凪の顔を見た宗一郎の表情は、どこか硬さがあった。
凪からの……俺達からの宣戦布告だということに気づいたか。
降壇してきた凪が「……朔君」と小さな声で名前を呼んでくる。
「あ?」
「……神城さんに連絡してくる」
「……なに?」
気づけば凪の顔から笑顔が消えていた。
「……さっき、航君から言われたんだ」
「なにを?」
「……叔父さんの、もうひとつの計画」
凪はそう言うと「電話してくるから、朔君は会場内に不審物がないか相馬さん達と協力して調べて」とパーティー会場を出ようとする。
「待て! オレも行く!」
「大丈夫だよ、入り口にいる雨宮さんと合流するし、朔君はここを守って」
オレが止める間もなく、凪は入り口の方に向かって行った。
「……大丈夫かよ」
オレはぐるりと視線を一周させた。
宗一郎も星崎もパーティー会場内にいる。
怪しい動きはまだ見られない。
「……チッ」
会場内を歩き回りながら、不審物がないかを調べる。
不審物ってなんだ?
航は凪になにを言ったんだ?
『中田』
「あ?」
インカムから相馬の声が聞こえてきた。
『凪様からの指示で会場内を調べていたのだが……料理ののっているテーブルの下を見ろ』
「なに?」
オレはテーブルに近づいてテーブルクロスをめくって覗き込む。
「!?」
テーブルの下には爆弾が仕掛けられていた。
「爆弾か!」
宗一郎は、最初から全員を殺すつもりだったのか。
『ああ……。ヤツはこの会場にいる招待客を人質にとるつもりのようだ』
「凪が航から聞いたのはコレか……」
不審物じゃなくて爆弾って言えよ。
「何個見つけた?」
『まだ確認中だが、こちら側の料理のテーブルにはすべて仕掛けられているようだ』
「……マジかよ」
手段を選ばねえ野郎だな。
『凪様はお前のところのボスに連絡をすると言っていたが……』
「親父は元刑事だ。爆発物処理班の知り合いがいる」
『そういうことか』
本当に自分のことしか考えないゲス野郎だ。
「時間はちょうどパーティーが終わるころだな」
『凪様の告発を聞いても、ここにいる人間が吹き飛べば問題ないということだな』
「……チッ」
オレは「とりあえず、オレも親父に連絡する」と相馬に伝えて通話を切る。
凪と雨宮と合流するために、入り口に向かう。
宗一郎が前から歩いてくるのが見えて、反射的に顔をしかめた。
オレに気づいた宗一郎は薄ら笑いを浮かべると、声を出さずに口を開いた。
「——は?」
捕まえた——。
ハッキリとそう言ったのが分かって、オレは宗一郎の胸ぐらをつかんだ。
「……おい」
「なにをするんだね」
「……今……」
オレが問い詰めようとする前に、宗一郎のボディガードの大きな手がオレの手首をつかんだ。
「ハナセ」
「……てめえがな」
つかまれている手首からミシミシと嫌な音が聞こえる。
さすがにパワーでは外国人に勝てない。
宗一郎から手を放すと、ボディガードもオレの手首を放した。
宗一郎は乱れた襟元を整えながら「そろそろ凪君の出番じゃないのかね?」と笑う。
「まあ……登壇できるのなら、ね?」
「……凪になにかしたら……」
宗一郎に一本近寄って至近距離から睨みつける。
「……お前を殺す」
「フフフッ……社会のゴミになにができる」
そう言い捨てた宗一郎の後ろ姿に親指を下げてから、入り口に急いだ。
「雨宮!」
「あら、中田さん」
「うるせえな」
招待客に扮している雨宮。
なんでドレスなんだよ。
思わずツッコみを入れそうになるが、それどころではない。
雨宮と合流すると言っていた凪がいない。
「凪は?」
「綺麗子ちゃんならお父様に電話したあと、ホテルのスタッフに呼ばれて控え室に戻ったわよ?」
「一人で戻らせたのか?」
「え、ええ……。顔見知りのスタッフみたいだし、綺麗子ちゃんも『大丈夫だから朔君達をよろしく』って言ってたから」
やられた。
多分、そのスタッフは宗一郎派の人間だ。
一人になった凪を拉致された。
「……チッ!」
「ちょ、なに? 綺麗子ちゃんになにかあった?」
「……さっき宗一郎に言われたんだよ」
「え?」
あれは、凪を拉致ったことをわざわざご丁寧に伝えてきたってことか。
「舐められてんな……」
「朔?」
そこに、オレの携帯が鳴る。
「その携帯は?」
「……凪のサブ機だ」
携帯を取り出すと、一通のメールが届いている。
中を確認すると、本文はなく、写真が一枚添付されていた。
「ッ!」
「こ、これって……!」
そこに写っていたのは、車の後部座席で眠っている凪の姿だった。
「ちょ、ちょっと……綺麗子ちゃん捕まっちゃったじゃない……」
「……クソッ!」
オレは携帯をしまうと「相馬にGPS情報を確認してくる」と雨宮に言い残して会場に戻る。
「……おい相馬」
『相馬さんだ。なんだ?』
「凪につけたGPSの情報、すぐに分かるか?」
『それは分かるが、どうした?』
オレは周りに聞こえないように小さな声で「……拉致された」とつぶやいた。
『なに!?』
「写真が送られてきた。お前、今どこにいる?」
『今……会じ……——』
「あ? おい、相馬?」
唐突に通話が切れた。
「……チッ……ジャミングか」
早く合流したいときに限ってインカムが使えなくなったってことは、アイツの妨害のせいだな。
携帯を取り出すが、圏外に変わっていた。
「……用意がいいな」
自力で探すしかない。
オレが辺りを見回していると「……あの」と控えめに声をかけられた。
「あ?」
振り返ると、そこにいたのは航だった。
「……なんだ」
「あ、あの……凪のボディガードですよね?」
「……そうだ」
航は両手の指先をいじりながら「な、凪のこと……助けてください……」と声を絞り出す。
「……なに?」
「……父さんは……本気で凪のことを殺そうとしています……」
航はオレのジャケットに縋りつくようにしがみつくと「僕じゃ止めらない……。凪が……殺されちゃう……」と震える声を出した。
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