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第二十二話 銃声
顔をふせ、肩を震わせて泣いているコイツを見下ろす。
信用していいのか。
「……」
「……お願いします……」
そう繰り返す航に「信用できると思うか?」と流石に問いかける。
航は顔を上げると「……できないと思います」と答えた。
「分かってんなら信用させてくれ」
「……」
オレがそう言うと、航は「こちらに来てください」と言って会場を出た。
「朔? それに……」
「凪の従兄弟だ」
会場を出たところで雨宮が駆け寄ってきた。
オレと航、交互に視線を向けながら雨宮は「そ、それは知ってるけど……どうして一緒にいるのよ」と不可解な顔をする。
「あ、あの……」
「オレの仲間だ」
「ということは、凪のボディガードですか?」
航は視線をゆっくり動かしながら、雨宮のことを上から下まで確認していく。
「ボ、ボディガード……です、か?」
「これでも凄腕のボディガードよ!」
航、お前の気持ちは分かるが今はそんなことを気にしている場合じゃない。
オレは「……そんなことよりも」と話を元に戻す。
「あ、はい……。父は僕にも今回のことは話しませんでした……。だから、詳しい計画内容は知らなかったんです」
そう言うと、携帯を取り出した。
「でも、先日……父が今日の計画を星崎会長と話しているのを偶然聞いてしまったんです」
イヤフォンを挿して、オレに手渡した。
耳にイヤフォンをつけたのを確認した航は、ボイスメモを再生する。
『——というわけです。当日は凪君を一人にしたところを拉致します』
『場所は決まっておるのかね?』
『ええ。我々の同志であった鳳堂議員を殺されたあの場所で、今度はこちらが息の根を止める』
『ハッ! あの場所だな』
『会場を爆破して証拠も隠滅させるので、我々の闇が面に出ることはもうありませんよ』
『その言葉を信じよう』
そこで終わった。
「……本当に、クソだな」
「……僕もそう思います……」
航は携帯をしまうと「僕には力がありません……。こんなことを頼むのは間違っているのかもしれませんが、お願いします」と頭を下げた。
「凪のことを……助けてください。そして、父を……これ以上罪を重ねる前に……捕まえてください」
「……捕まったら、お前の父親は死刑だぞ」
「はい……」
迷わずうなずいた航に「……お前がどこまで関わっていたのかは知らないが、お前も罪に問われる可能性があることも分かっているのか?」と聞く。
航は、一瞬、顔をそらしたかと思うとすぐにオレに視線を戻す。
「……僕は、凪と違って父のやっていたことを知っていたのに止めることができなかった。自分が弱いせいです。……だから、その報いなら、きちんと受けます」
「……分かった」
航の覚悟を受け取ったオレは、雨宮に「オレは凪を助けに行く」と伝える。
「いくらアンタでも一人で行くのは無謀よ」
「……」
たしかにそうかもしれない。
会場内にいる雇われ暗殺者は十人だと分かっているが、東京湾のコンテナヤードに何人いるのかが分からない。
なんの前情報もないまま危険な場所に行っても問題なさそうなのは、オレの他に黒瀬さんくらいだが。
「黒瀬さんの担当はバックヤード付近だったか?」
黒瀬さんの担当配置を雨宮に確認していると「朔!」と名前を呼ばれた。
「黒瀬さん」
完璧なタイミングで現れてくれた。
さすが組織のナンバーツーだ。
「親父さんからの連絡途中で通信が切れたんだが……」
「ジャミングですね」
「九条凪は無事なのか? 会場内に姿が見えなかったが」
雨宮は「黒瀬! アンタの出番よ!」と黒瀬さんの背中を叩く。
「なに?」
「黒瀬さん、オレは今から東京湾のコンテナヤードに向かいます」
「コンテナヤード?」
「凪が拉致されました……。一緒に敵の待つ地獄に乗り込んでください」
オレがそうお願いをすると、黒瀬さんは怯むどころか笑顔を見せた。
「楽しいお祭りは大歓迎だぜ」
「……アンタね、無駄な殺生は控えなさいよ」
「努力する」
黒瀬さんはそう言うと「雨宮、お前達はこのジャミングをなんとかしろ。ここにいる暗殺者の始末と、あとから来る爆処と連携して速やかに爆弾の解体をするんだ。客には気づかれないようにな」と指示を出す。
「分かったわ」
雨宮は返事をすると「二人とも……気をつけなさいよ」と心配そうな表情を見せる。
「分かってる」
「航、お前はここに残れ」
「い、いやです!」
航はすぐにオレの提案を否定した。
「アッチに何人敵がいるのか分からねえんだぞ。素人は邪魔なだけだ」
「そ、それでも!……僕がいることで、少しでも父が……油断してくれるかもしれないので……」
九条宗一郎はそんな男ではない。
息子のお前が一番よく知っているだろう。
そう思ったが、コイツの気持ちを踏みにじるのは可哀想だと判断した。
黒瀬さんと目を合わせると、彼も同じ考えのようだ。
「……分かった」
「あ、ありがとうございます!」
「さっさと行くぞ」
地下にある駐車場に降りると、車に乗り込んだ。
「急ぐぜ」
「お願いします」
車を走らせること約十五分、東京湾のコンテナヤードに到着した。
ここに来るのは十年ぶりか。
あの日と同じように、外は雪が降っていた。
「……どこだ」
「広いコンテナヤードだから、目星がつかないと見つからないかもしれないぞ」
「……」
カラフルでデカいコンテナがいくつも置かれていて、迷路のようだ。
闇雲に探しても見つかる前に凪が殺されそうだ。
「航君……場所のヒントはないのか?」
黒瀬さんがそう言うと、航は首を横に振った。
「すみません……詳細な場所までは……」
考えろ。
アイツは言っていた。
——我々の同志であった鳳堂議員を殺されたあの場所で、今度はこちらが息の根を止める。
鳳堂を撃ち殺した場所。
コンテナヤードを抜けた先にある、あの場所だ。
「行きましょう」
「分かったのか?」
「はい」
オレはうなずくと「オレ達の……始まりの場所です」と告げた。
先頭を走ってあの場所を目指す。
その瞬間、銀色の鋭いなにかがオレ達目がけて飛んできた。
「っ!」
ナイフか!
飛んできたナイフをかわしながら、航の腕をつかんで下方向に引っ張った。
「わっ!」
バランスを崩したおかげで航もナイフの犠牲にならずにすんだ。
コンテナの影から現れたのは、五人。
立ち姿からして、かなりやり手の暗殺者が二人と、そうでもないのが三人。
「……」
「……二人は任せろ」
「三人いってくださいよ」
「俺よりもお前の方が適任だろ」
「……そうですね」
まずは三人が一斉にオレ達に向かってきた。
相手の手元にはタクティカルナイフが見える。
「ナイフ!」
「見えてるよ!」
オレは相手との間合いを詰めるためにあえて前に出た。
「ッ!?」
普通、ナイフを持った相手に向かっていかないだろうな。
相手が驚いている素振りを見せて、オレの見立て通り、コイツはまだ素人だ。
ナイフを持っている手首をつかんで固定すると、右手の掌底で相手の顎下を突き上げた。
「ッ!」
ぐらりと揺れた暗殺者の腕と胸倉をつかんで、そのまま一本背負の要領で投げ飛ばした。
「……ガッ!」
「チッ……!」
もう一人も同じようにナイフ片手に向かってくるが、動きが雑だ。
オレに向かって振り上げてきた腕をつかむ。
そして、相手の背中に周り、もう片方の手で肩を抑えながらそのまま腕を後ろに引っ張る。
「Ouch!」
「ギブアップか?」
「Yes!」
オレが手を放して「さっさと失せろ。ゴーホーム!」と伝えると、二人は小走りでその場を去っていった。
小さくため息をつきながら黒瀬さんを見ると、襲ってきた暗殺者の一人をすでに制圧していた。
「……」
「……」
高みの見物をしている残りの二人に視線を向ける。
ニヤニヤと笑っているだけで、動こうとしない。
「……いつまで見てんだよ?」
「What?」
日本語が通じないのか。
そんなことを考えていると、二人の暗殺者がオレ達に向かってくる。
「上等!」
素早い動きで正確に急所を狙ってくる。
先ほどの二人とは違って、コイツは本物だ。
無駄のない動きに、溢れ出る殺気。
シュッ! とナイフが風を切る音が耳元で聞こえた。
「チッ!」
オレの頬をかすめた。深くはないが、切れた頬が熱を持っている。
「Good boy! You're like a cat!」
「なに言ってんのかわかんねえよ!」
繰り出されるナイフをかわしながら、チャンスを待つ。
テンポよく攻撃を繰り出していた男が、寒暖差で凍った雪に足を取られてバランスを崩した。
「!」
オレが一歩前に踏み込むと、男はナイフを真っ直ぐ突き刺す動きを見せた。
オレは右腕を使ってナイフを持つ腕の軌道をそらせると、そのまま男の首の後ろに両手を回す。
そして、顔面に向かって膝蹴りを叩き込んだ。
「グアッ……!」
男は気を失って、そのまま地面に倒れた。
黒瀬さんを見ると「さすがだな」と笑った。
黒瀬さんに向かっていったもう一人の暗殺者も気を失って地面に倒れていた。
黒瀬さんは、その男の頭を踏みつけながら「よし、次だ次」と笑う。
オレ達と鳳堂が初めまして、さようならをした現場が見えてくる。
「あそこだ」
あのコンテナの角を曲がると、デカい倉庫が見えてくるはずだ。
「!」
あの日と同じように倉庫のシャッターは開いていて、中には両手を後ろで縛られた凪と、凪に向かって拳銃を構えている宗一郎の姿が見えた。
「な、凪……!」
嫌な予感がする。
急いで凪に駆け寄ろうとするが、その前に宗一郎が普段通りの冷静な声で「残念だよ」とつぶやいたのが聞こえた。
「……さようならだ、凪君」
宗一郎が拳銃の引き金に指をかけた。
パンッ!
静寂に包まれていた倉庫に、乾いた銃声が響いた。
「凪!!」
凪の体が、糸の切れた人形のようにゆっくりと地面へ崩れ落ちていく。
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