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第二十三話 対峙
微かな振動が体を揺らしている不快感で意識を取り戻す。
ゆっくりと目を開けると、知らない車の後部座席に寝かされていた。
この車は誰のだろうか。
意識がハッキリしてくると、男性達の話し声が聞こえてくることに気づく。
「——だと思いますが、なぜ生きたまま拉致されたのですか?」
「……凪君にはまだ使い道があるからね」
叔父さんと秘書の林さんの声だ。
助手席に叔父さんが、運転席には林さんが座っている。
「それに……まだ分かっていないからな」
「なにがですか?」
「凪君のことだ。きっと、我々を告発する準備をしていたはずだ。その隠し場所を聞き出さないとな」
叔父さんがそう言うと「……ですが、会場を爆破するのですから、証拠はそこまで気になさらなくてもいいのでは?」と林さんが聞く。
「凪君が死んだ時に、自動的に発表される手筈になっていたら、それはそれで面倒だからね。念には念を、さ」
叔父さんは「おそらく、悠真君あたりが証拠を持っているだろうから、問題ないとは思うがな」と言って笑う。
その言葉に、航君が言っていたとおり、会場には爆弾が仕掛けられているんだと確信した。
ホテルのスタッフに薬を嗅がされる前に神代さんに連絡ができたから、会場内の爆弾は大丈夫だろう。
「まあ……少し脅せばすぐに吐くだろう」
「……そうですね」
この車は、どこに向かっているのだろう。
僕の居場所は、カフスボタンに仕込まれているGPSで分かるはずだけど、叔父さんがGPS対策をとっていないとは考えにくい。
絶望的な状況だけど、きっと、朔君が助けに来てくれるはずだ。
朔君がこの場所に辿り着くまで、僕のやることはひとつ。
車が停まった。
「起こします」
「ああ」
寝たふりをするために、僕はもう一度目をつぶった。
林さんは車を降りると、助手席に回ってドアを開ける。
その途端、肌を刺すような冷気が車の中に入り込んできた。
やっぱり、ここのコンテナヤードは寒いな。
ゴッという鈍い音が頭上からしたかと思ったら「……起きてください」という林さんの声が聞こえてきた。
目を開けると、林さんが拳銃を僕の頭に押し付けていた。
「おはようございます」
「……」
「相変わらず、余裕のある態度だね」
叔父さんがこちらを振り返る。
「おかげさまで」
「……」
叔父さんの眉毛がピクリと動いたのが見えた。
あまり挑発してはダメだな。
そう思い直してニッコリと笑う。
「……降りるんだ」
林さんが拳銃の持っていない空いている手で僕の腕をつかんで車から引っ張り出そうとすると、胸ポケットに挿していた白いバラが地面に落ちた。
落ちたバラを拾おうとすると「待て」と叔父さんが止める。
「妙な動きはしないでくれないか」
「なにもしていないですよ。ただ、落ちたバラを拾おうとしただけです」
「……」
「このバラを含めて、今日の僕の正装なんです」
「……」
叔父さんはなにか言いたげな顔をするが、僕は「……拾っても?」と続けて聞く。
「……分かった」
僕はバラを拾うと、胸ポケットにもう一度挿した。
林さんは結束バンドを取り出すと、僕の両手首を後ろで拘束する。
それを見た叔父さんが車から降りてきた。
「それじゃあ、少し歩こうか」
「……そうですね」
叔父さんが歩き出すと、林さんが僕の背中に押し当ててくる。
付いていけということだね。
大人しく指示に従って歩き出すと、大きな倉庫が見えてくる。
この倉庫は、十年前に朔君が鳳堂を殺害した現場だ。
「やっぱり……」
「ん?」
「いえ、なんでもありません」
始まりの場所を選ぶだなんて、叔父さんは案外ロマンチストなんだね。
そんな場違いなことを思っていると、林さんが倉庫のシャッターを開けた。
「さあ、中に入って」
「……」
中に入ると林さんが倉庫の明かりをつける。
「……ここは……」
「ここは、私が星崎会長と共有している医療関係のコンテナが収容されている倉庫だね」
小さいサイズのコンテナが何個か置いてあるが、昔よりも数が少ない。
「鳳堂議員が殺されてしまって、色々とやりにくくなってしまったんだよ」
僕の視線の理由に気づいたのか、叔父さんは聞かれてもいないのに語り始めた。
「彼の別荘ほどパーツを保管しておくのに、最適な場所はなかったんだがね。いやあ、残念だ」
「……」
出入り口側に叔父さんが立っていて、後ろには林さん。
逃げたところで、きっと林さんに撃たれてしまうだろう。
それに、叔父の着ているジャケットの生地が、不自然に歪んでいる。
多分、ショルダーホルスターにしまった拳銃を隠し持っているんだろうな。
「……先ほどから、こちらを観察しているようだが?」
「そりゃあ観察しますよ。僕が十年かけてようやく辿り着いた、九条グループの闇ですから」
「フフフッ……本当に君は、十年前から人の足を引っ張ることしか考えていないんだね」
「足を引っ張る? それはあなたでしょう」
GPSが機能していなかったとしても、朔君ならきっとここに来る。
それまで僕ができるのは、二人に殺されないように、時間を稼ぐことだけだ。
「自分達のしてきたことが、悪だということを理解していますか?」
「悪……?」
「はい」
僕の言葉を聞いた叔父さんは、大声で笑い出した。
「ハッハッハッハッ! 生きる価値のない人間の臓器を、生きる価値のある人間に移植することの、どこが悪なんだい?」
「……本当に、理解できません」
「できないだろうね、君は」
叔父さんはそう言うと「だって君は……生きる価値のある人間側だったからね」といやらしく笑う。
「……っ」
「心臓移植を受けた君が、私達のやることに真正面から反対できるのかい?」
「……」
僕が受けた心臓移植の手術は、きちんと正規のルートを使ったものだ。
だから、叔父さん達がやっていることとは違う。
「君のご両親……私の兄も、私と同じ思考だったというのとだよ」
「それは違います」
僕のことはなにを言われてもかまわないけど、両親のことを言われるのは我慢できない。
「どう違うと?」
「……ここにあるのは……」
僕は自分の心臓に視線を落とす。
「両親が残してくれた最大級の愛情です」
朔君に言ってもらった言葉を思い出す。
「あなたみたいな人間性に異常がある人に、大切な人を貶されたくないです」
「本当に、生意気だな……」
倉庫の窓から明かりが入り込んできて、叔父さんを照らした。
まるで、死神のようだ。
「叔父さんの目的はなんですか?」
「目的?」
「九条グループの物流を私的に利用して、星崎会長と手を組んで医療機器の不正輸出や違法臓器移植の斡旋のための児童誘拐殺人にまで手を出した理由は、なんですか?」
僕がそう聞くと「金だ」と一言で答えた。
「……お、金……?」
「ああ」
叔父さんはそう言うと「むしろ、それ以外になにがある?」と逆に問いかけてくる。
「日本でチマチマと事業を進めるよりも、海外の富裕層やマフィアとつながった方が、簡単に儲かるんだよ」
「……」
「特に、臓器移植の順番を待っている子どもの両親はな、誰よりも金を出すんだよ。それは、君が一番よく知っているだろう」
やっぱり、叔父さんが違法臓器移植の斡旋を始めたのは、僕の心臓移植が原因だったんだ。
「政治資金が欲しかった鳳堂、医療ミスで訴えられていて金が必要だった星崎会長……そしてそれを利用して金儲けのシステムを考えた私」
「……持ちつ持たれつの関係だったと」
「その通り」
そう言うと、叔父さんはホルスターから拳銃を取り出して僕に向かって構えた。
「だからね、君が邪魔なんだよ……凪君」
「……あなた達のこれまでの罪をすべて告発するつもりだからですか?」
「その通り」
叔父さんはこちらに一歩近寄ると「どこまで調べたのかは知らないが、私達を破滅させるには十分の証拠を持っているのだろう?」と笑う。
「ええ、そうですね。これが世間に出れば、あなた達は即アウトですね」
同じように、僕も笑顔を返す。
「そう。それだと困ってしまうんだよね」
「困る?」
「ああ。世間に出るのを防ぐために、優秀でかわいい甥をこの手で始末しなくてはならなくなってしまう……」
叔父さんは眉毛を少し下げると「だがもし君が持っている証拠を、私に渡してくれると言うのなら……」と、いったんそこで言葉を切る。
そして、眉毛を下げたまま笑顔を浮かべると「君の……命だけは助けてあげよう」と続けた。
「……」
「まあ、隠しても無駄だと思うがね。君の用意した証拠は私や金の力で潰すことができる」
命を無駄にするな——。
そんな圧を感じる。
「……黙っている代わりに、この罪を一緒に背負えということですか?」
僕がそう聞くと「理解が早くて助かるよ」と微笑む。
叔父さんは、拳銃を僕の心臓に構え直した。
「それでは聞こうか……。証拠はどこだ? 誰に預けた?」
「……」
本当にこの人は、自分の甥である僕のことをなにも理解していないんだな。
「……フフッ」
僕は笑うと「謹んで、お断りします」と断った。
僕の言葉を聞いた叔父さんの顔が歪んだ。
「……そうか、非常に残念だよ」
叔父さんがそう言った瞬間、倉庫の出入り口に朔君の姿が見えた。
「朔君……」
僕のつぶやきは、叔父さんの「……さようならだ、凪君」という言葉に続いて響いた、乾いた銃声にかき消された。
「凪!!」
遠くで朔君の焦った叫び声が聞こえた。
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