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第二十四話 反撃

「凪!!」   宗一郎と林が驚いた顔をしているのが視界の端にチラついたが、一目散に地面に崩れ落ちた凪に駆け寄る。 「っ!」   倒れた凪の体を抱き起こすと、撃たれた胸元から赤黒い液体がじわじわと広がる。 オフホワイトのジャケットと胸ポケットに挿した白いバラが、まるで凪の命を吸い上げるように赤に変わっていく。 あの日、ビスポークテーラーで言っていた通り、凪の血の色で視界が染まる。 「おい! 凪!!」 「……っ」   目は開いているが、焦点が合わない。 ヒューという言葉にならない音が、凪の喉を鳴らす。 「凪!! しっかりしろ!」   必死に声をかけ続けているオレのことを見下すよう「無駄だよ」と宗一郎が笑う。 「凪!」   無視して凪の名前を呼んでいると、宗一郎はため息をつながら今度はオレに向かって拳銃を構えた。 「心臓を撃ち抜いたんだ。放っておいても出血多量でじきに死ぬだろう」 「てめえ……」   凪を抱きしめている腕に思わず力が入る。 「君は……凪君のボディガードではないね?」 「……」 「凪君のボディガードはそんな風に主人を呼び捨てにしたりしないだろう」   凪の後ろにいた林が「さきほどもう一人、バンケットスタッフの服装をした男が見えました」と出入り口の方を見ながら宗一郎に伝える。 「バンケットスタッフがこんなところに来るわけがない。ということは……君達は私が依頼した鴉のメンバーかな?」 「……関係ねえだろ」   返事を聞いて、オレが鴉のメンバーだと確信した宗一郎は「メンバーがメンバーなら、この組織をまとめるリーダーも大したことはないな」と苦笑する。 「依頼ひとつまともに遂行できないんだ。君は、組織イチの凄腕暗殺者と聞いていたが……失望したよ」 「……」 「それとも……君も、凪君に絆されてしまったのかな?」 「あ゙?」   その言葉にキレそうになるオレの耳に「さ……くく、ん……」という凪の消え入りそうな声が届いた。 「凪!?」 「……ハァ……ハァ……」 「大丈夫か!?」   短い呼吸を繰り返す凪はオレの質問には答えずに「……やっと、来て、くれたね……朔君」と笑う。 「凪……」 「しん、じて……待ってた、よ……」 「……遅くなった」   顔を歪めながらそう言ったオレに、凪はただただやさしい笑顔を見せた。 「ハッハッハッ……しぶといねぇ凪君」 「……お、じ……さん……」 「まあ、君達の作戦はすべてお見通しだから、これ以上恥を晒す必要はないよ」   宗一郎はそう言うと、凪の胸元を指さした。 「そのバラは……ボイスレコーダーかな?」 「!?」   なんで分かったんだ。   顔に出さないようにそう思うと、宗一郎は「凪君が、わざわざ落ちたソレを拾ったときに、怪しいと思ったんだよ」と理由を説明した。 「わざわざ落ちたバラを自ら挿し直す……なにかあるんだと思ったが、ボイスレコーダーで私の自白を録音していたのかな?」 「……フフッ……分かっていて、なぜ……ネタバラシを?」 「半信半疑だったからね」   宗一郎は「証拠と、さらに私の自白まで揃ってしまったら言い逃れは難しい……よく考えられた作戦だ」と言いながらオレ達の方に歩いてきた。 「とても分かりやすいが、確実に私を破滅させるにはピッタリだね」   オレ達の前にしゃがむと、凪に手を伸ばそうとする。 「触るな」 「凪君には興味ないよ」   黒瀬さんが出入り口にいるとはいえ、オレは後ろから林に狙われている。 オレが下手に動いて流れ弾が凪に当たったらマズい。 さらに、倉庫の中にも人間の気配がふたつ。 チッ……。 宗一郎は凪の胸ポケット挿さっているバラを抜き取る。 「やはり、壊れてしまったがボイスレコーダーだね」   弾が貫通して機械の部分が露出しているのを確認すると「これで、私の自白による証拠もなくなってしまったね」と笑った。 宗一郎は立ち上がり、バラを地面に落とすと右足で踏みつけた。 そして、そのまま一歩ずつ進んでオレ達から少し距離を取る。 「外にいた暗殺者達は君達にやられてしまったのだろうが、私の目的はすでにほぼ果たされた」 「……アンタの目的は、凪の殺害と……証拠を託されたであろう人間を、パーティー会場を爆破させることか?」   オレの言葉に「その通り!」と少し大きな声を出した。 「パーティーが終わるのは午後七時。その五分前には会場は爆炎に包まれるんだ。人も証拠も、すべて炎の中に消えていく」   宗一郎はそう言うと「これで私達の裏の顔を知っている者はいなくなり、新会長へは私が就任したあと息子に権限を譲渡する」と宣言した。 「そ、そんなのいらないよ!」   大きな声で叫びながら航が倉庫の中に入ってきた。 「航……なぜお前がここにいるんだ」 「父さん……凪……!」   航は宗一郎を見たあと、オレ達に駆け寄る。 「凪……大丈夫……?」 「わ、たる君……」   胸元を赤黒く染めた凪を見て、航は眉毛を下げると「……ごめん……」と謝った。 そして、宗一郎を睨みつけると「ぼ、僕は父さんの言いなりにはならない! ちゃんと罪を……一緒に罪を……償おうよ……!」と叫んだ。 航の真剣な訴えに、宗一郎は沈黙する。 そして、口を開いたと思ったら大きなため息をついた。 「……残念だよ、航」 「!」   そう言ったあと、宗一郎は航に銃口を向けた。 「お、おい!」 「っ!」 「……私はね」   感情のない目で、どこか遠くを見ている宗一郎は引き金に指をかける。 「私の思い通りにならないのなら、身内であっても切り捨てることができるんだ」 「ど、うして……いつからそんな風になっちゃったんだよ……父さん」 「……航……」   航は宗一郎と真正面から向き合った。 「僕の父さんは……仕事熱心で家庭を顧みない人だったけど……人の命を蔑ろにするような人じゃなかったよ……」   震える声で自分の気持ちを伝える航に、宗一郎は「それは、お前が私のことをなにひとつ分かっていない証拠だな」とあきれたように笑う。 「私以外のことは、どうでもいい」 「……父さん……」   その言葉にショックを受けている航に「もうコイツになにを言っても無駄だ」と現実を突きつける。 「……っ」   航は拳を握りしめながらうつむいた。 「……」   コイツが息子でも簡単に切り捨てるクズ野郎ということが分かって、改めて社会的に抹殺しようと決意した。 だけど今は、凪だ。 早くこの場から離脱して病院に連れて行きたい。 出入り口にいる黒瀬さんと連絡を取りたいが、やはりインカムはつながらない。 ここもジャミングが使われている。 黒瀬さんも、倉庫の中にいるヤツも動かないのはお互い出方を伺っているからか。 「……凪」 「……ん?」 「……まだ頑張れるか?」 「……うん」   そう言って弱々しく微笑む凪の顔を見て、オレは凪の体を横抱きして立ち上がる。 「動くな」   そんなオレ達に、宗一郎と林が銃口を向けてきた。 「……」 「勝手なことをしてもらっては困るんだよね」 「通してもらうぜ」 「それはできないな」   あと少し。 宗一郎の気を引けるものがあれば、この場所を突破できる。   まだか——。 「……朔君」   凪の体をオレの方に引き寄せるように腕に力を入れる。 「君達三人……あの世でも仲良くね」   宗一郎の拳銃が、オレ達に向く。 「……」 「今度こそ、本当にさようなら」   きた——。 「凪、目ぇつぶれ」   そう言った瞬間、倉庫の出入り口がパッと明るくなった。

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