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第二十五話 決着
「な、なんだ!?」
余裕のある態度を取り続けていた宗一郎が、初めて焦った様子を見せたのが気配で分かった。
「航! 耳塞いで伏せろ!」
「は、はい!」
入り口に背を向けて、凪を床に下ろしてから覆い被さるように両腕で凪の両耳を全力でふさぐ。
金属が床に転がる音がした。
次の瞬間、強力な白銀の閃光が辺り一面を照らす。
「——ッ!!」
「グアアア! 目が!」
脳内と鼓膜に爆音と多少の衝撃波が直接突き刺してくる。
上下の感覚がなくなって、強烈な吐き気がせり上がってくるが、オレの腕の中には凪がいる。
「確保だ!!」
「はい!」
音は聞こえないが、何人かが倉庫の中に入ってきたのが気配で分かった。
なんとか目をこじ開けると、視界が涙で歪む。
ぼやける視界の中で、親父と黒瀬さんの姿をかろうじて捉えた。
間に合った——。
「朔君……」
オレは吐き気と闘いながら、その場で呼吸を整える。
早く、感覚を取り戻せ。
「さ、朔君……!」
凪の声は聞こえないが、口の動きを読むことはできる。
「……ッ」
頭がガンガンする。
テツさんが本物のフラッシュバンを改良して作った"ロー・リーサル・フラッシュバン"の威力を喰らうのは初めてだが、かなりキツいな。
普通のヤツなら三分は立ち上がれない。
「うわあああ!」
案の定、モロに喰らった宗一郎と林は、床に突っ伏して吐き気やめまいと戦っている。
「朔君……!」
「……凪……」
ようやく音が戻ってきた。
「だ、大丈夫かい……?」
「……ああ」
吐き気とめまいも治った。
オレの隣で床に伏せていた航も、まあ大丈夫だろう。
「朔!」
「親父……テツさん……」
オレ達のもとに、親父とテツさん、黒瀬さんが駆け寄ってきた。
「大丈夫か?」
「……ああ」
「モロ喰らったか?」
「耳はな」
テツさんは「……すまない」と一言謝った。
「いや、ナイスタイミングでしたよ」
「凪」
親父は凪の結束バンドをナイフで切る。
「……ありがとうございます」
「大丈夫か?」
「……はい」
親父が連れてきたスーツの男が二人、宗一郎と林のもとに向かっていくと、ポケットから手錠を出した。
「九条宗一郎、拉致監禁及び殺人未遂の現行犯で逮捕する」
「な、なんだお前は!」
視覚と聴覚が戻った宗一郎は、手錠をかけられながらも抵抗を見せる。
「今までの余罪も、ゆっくり追及させてもらうよ」
「は、放しなさい! 証拠はなにもないだろう!」
宗一郎がそう叫ぶと、凪は「証拠ならありますよ」と笑顔で答える。
「な、なに……?」
凪は腕時計を確認しながら「ああ、叔父さんが言っていた爆発時間まで、あと三分ほどですね」と時間を確認する。
「現場の様子を見てみましょうか?」
「な、なんだと……」
そう言いながら宗一郎は「な、なぜ……お前はそんなピンピンしているんだ……?」とようやく疑問を口にする。
「ようやく気づかれましたか?」
凪は口角を上げると、シャツのボタンを上から三つ外した。
そして中を見せるようにシャツをズラすと宗一郎の顔色が変わった。
「そ、そんなバカな……」
凪が黒いシャツの下に着けているものに気づいた宗一郎は、大きな声で「ぼ、防弾チョッキ!?」と叫んだ。
「大正解です」
テツさんに視線を向けながら「鴉の武器職人のテツさんが作られた特注の血糊入り防弾チョッキです。ただ、さすがにあの至近距離からの発砲だったので、かなりの衝撃でしたよ」と言って苦笑した。
「そ、それじゃあ……あのバラは……」
「叔父さんなら僕の心臓を狙うとは思っていたのですが、確実に狙ってもらえるようにボイスレコーダー搭載のバラに意識を向かせるためですね」
「だ、だからと言って……私が必ず心臓を狙うとは限らないだろう……?」
宗一郎は冷や汗をかきながらそう聞いた。
「そうですね」
凪は肯定するが、そのあとすぐにニヤリと笑った。
「ですが、あなたの性格なら、心臓を必ず狙うと思っていましたよ」
「……っ」
「残念でしたね、叔父さん」
「……サイコパスめ」
宗一郎の小さなつぶやきを聞いた凪は、なにも答えずにただ静かに笑みを返した。
「フンッ……まあいい。ここで捕まったところで追及されるのは今回の凪君に対する罪だけだ。過去のことは、金で解決しよう」
その言葉を聞いて、凪と親父は笑い出した。
「ハッハッハッ! まだそんなこと言ってんのか!」
「本当に、驚きますね」
「さっき言ったろ? 証拠ならあるってな!」
宗一郎は「……は?」と理解が追いついていない顔を見せる。
『はーい! これが、九条宗一郎の本来の姿よ! 会場の皆様、よーく分かったかしら?』
『なんてヤツだ……!』
『家族や凪様を殺そうとするだなんて……』
『信じられない……』
聞こえてきた会話に「な、なんだ……?」と宗一郎がつぶやいた。
コンテナの影からカメラを持った千里が顔を出す。
「カ、メラ……だと……?」
「そーですよ!」
千里は「あんたの悪事は、おれがずーっと会場にライブ中継してたんですよねー!」と笑いながら真実を伝えた。
「ジャミングは……!?」
「柊さんが解除済みです!」
千里は誇らしそうな顔をすると、左手で持っている携帯電話を見せる。
「ちなみにさっきの玲さんと会場の音声は、携帯も繋がってるからリアルタイムの反応ですよー!」
「ありえない……!」
宗一郎は、目を見開いて信じられないという顔を見せる。
オレは、宗一郎に近づきながら「お前の自白は、ほぼ最初から会場にリアルタイムで伝わってたんだよ」と、もう一度分かりやすく説明する。
「お前の仕掛けた爆弾も、とっくに爆処が解体済みだ」
親父に視線を向けると「全部綺麗にただのおもちゃになったぜ」と親指を上げた。
「二階堂の持つ証拠と、お前の自白。……そして、会場にいる二百人が証人だ」
宗一郎の肩に左手を置く。
「ゲーム・オーバーだな」
オレは左手に力を込めると「凪を撃ったことを、豚箱の中で後悔しろ」と睨みつけた。
「……クソッ!!」
倉庫から出ると宗一郎と林、そして自首をした航をパトカーに乗せる。
親父の元同僚・捜査一課の刑事、伴がオレ達の方に来ると「世話になったな」と親父に声をかける。
「こっちこそ。助かったぜ」
「お前の頼みだからな」
「さすがにウチの子達が大集合してるところに、警察を呼ぶのはマズいからな」
親父が笑うと「俺も現役の刑事なんだかな」と伴が苦笑する。
「……まぁ、よかったな。お前が刑事を辞めてまで追ってたあの事件の真犯人が捕まって」
「会場にいる星崎も頼んだぜ」
「ああ」
伴は「……今回は目をつぶるが……この先、お前が悪事に手を染めようとしたときは、刑事としてお前を逮捕するからな」と忠告してきた。
「捕まらないように頑張るよ」
「アホか」
伴はあきれた顔をすると「それじゃあ、またな」と言ってパトカーに乗って警視庁に戻って行った。
「朔さんお疲れ様です!」
「ああ」
オレは凪に「大丈夫か?」と聞く。
「……さすがテツさん特注のセラミックプレート入りの防弾チョッキだよね。多分、肋骨にヒビが入ったくらいかな?」
「病院だな」
オレがそう言うと、凪は「そうだね」と同意した。
「それにしても、今回の作戦は大成功だったね」
「本当ですね! こんなにうまくいくとは思わなかったです!」
千里は興奮しながら「まさに三人集まると文殊の知恵ですね!」と嬉しそうにする。
「それを言うなら三人寄ると、だね」
「ありゃ、そうなんですか?」
初対面のはずの凪と千里が楽しげに会話をしているのを見て、少しだけイラッとした。
「……凪」
親父が真剣な顔をして凪のことを呼ぶ。
「はい?」
「……」
親父はゆっくりと頭を下げると「巻き込んで、悪かったな」と謝った。
「神代さん……頭を上げてください」
凪がそう言うと「僕の方こそ、身内のゴタゴタに巻き込んでしまって申し訳ございませんでした」と眉毛を下げる。
「……本当に立派だな」
「……そんなことはないですよ」
親父は「……これから、九条グループは大変だと思う」と続けた。
「……そうですね」
「だがな、凪……。お前は"隠す"ことじゃなくて"正す"ことを選んだ」
「……」
親父は凪の頭に手を置くと、ゆっくりなでる。
「きっと、大丈夫だ。お前なら、九条グループを生まれ変わらせることができるよ」
「……っ」
凪は恥ずかしそうに右手で顔を半分隠しながら「あ、りがとう……ございます」と小さな声で礼を言った。
「まあ、どうしても無理ってんなら、鴉はお前を歓迎するぜえ! なあ?」
親父が黒瀬さん達を見ると「そうですね」と黒瀬さんが同意したあと、テツさんも無言でうなずいた。
「おれも! 凪さんみたいな綺麗でやさしい人なら大歓迎でーす!」
歓迎モードの鴉メンバーに一瞬面を食らった凪だったが、すぐにいつもの笑顔に戻ると「考えておきますね」と答えた。
「よし! そろそろ凪を病院に連れて行ってやるか」
「防弾チョッキ越しとはいえ、相当な衝撃だったと思いますね」
「ありがとうございます」
親父はオレに「朔、凪のことを頼んだぞ」と肩を叩く。
「ああ」
「ケガ人だからな? 間違っても送り狼にはなるなよ?」
「分かってるよ!」
オレが凪のことを横抱きにすると「歩けるよ?」と凪が笑う。
「いいから、甘えとけ」
「フフッ、ありがとう」
そう言って笑う凪。
この笑顔を守ることができた。
——それだけで今は十分だ。
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