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第二十七話 最後のもうひと踏ん張り
あれから二週間。
まだ本調子ではない凪だったが、少しずつ現場に復帰して、九条グループの後始末に追われていた。
九条邸、本社ビル、凪の入院していた病院、その他九条関係の子会社など、ありとあらゆる場所で報道陣が大勢集まり、凪から話を聞こうと躍起になっていた。
『先日、九条グループ会長・九条凪氏への拉致監禁、及び殺人未遂の現行犯で逮捕された九条グループ元専務取締役・経営企画本部長の九条宗一郎被告の余罪が明らかになりました。警察の調べによりますと九条宗一郎被告は、十九年前の十二月、九条凪氏の両親が乗る車のブレーキに細工をし、事故を引き起こして殺害した疑いが浮上。他にも、同日に逮捕された星崎メディカルホールディングスの元会長・星崎雅臣被告と共同で違法臓器移植の斡旋をしていたとされており、警察は慎重に捜査を進めています』
テレビでは連日、宗一郎と星崎、そして十年前の鳳堂の失踪事件とのつながりが報道されていた。
「大丈夫?」
「……なにが?」
ソファーの後ろから柊が声をかけてきた。
「毎日毎日、このニュースばっかりじゃん。九条凪は元気なの?」
「まあな」
毎日連絡がきているから、生きてはいるだろう。
「会いに行かないの?」
「くんなって言われてんだよ」
「照れ隠しとかじゃなくて?」
「アイツは照れを隠さない」
会いたかったら会いたい、会いに来いとハッキリ言う男だ。
今は、会社の方が大変なんだろう。
「あれだけ完璧な証拠がそろってるんだから、さっさと死刑にしてほしいよね」
「……」
「そう簡単じゃないのよ」
リビングダイニングの扉が開くと、雨宮が外から帰って来た。
「玲さん!」
「ただいま」
無駄にモコモコしているコートを脱ぎながら「たまたま九条エネルギーの前を通ったけど、本当にすごい人だったわ。九条凪に会見をさせろーって叫んでる人が多かったし」とため息をついた。
「綺麗子ちゃんは被害者だって言ってる人と、共犯者だって言ってる人が半々くらいね」
「……だろうな」
これだけデカい犯罪を、日本三大財閥系企業の専務取締役が起こしたんだ。
グループ全体が疑われるのも無理はない。
「ネットで調べても、みーんな好き勝手言ってるだけで本質が見えてないなって感じだし……有名税って大変だね」
「……そうね」
二人が心配そうな顔でオレのことを見るが、オレは「ハッ……」と鼻で笑った。
「あのサイコパス野郎が、顔も見えない不特定多数からの批判で心折れると思ってんのか?」
オレがそう言うと、二人は少し考える素振りを見せたあと「思わない(わね)」と声をそろえてうなずいた。
「だろ」
雨宮は「ほーんとに、綺麗子ちゃんのことならアンタがなんでもお見通しってわけね」と笑う。
「そんな九条凪と、もう二週間も会えてないなんて、朔かわいそー」
「うるせえな!」
そこにオレの携帯が鳴る。
「メール?」
「ああ」
「アンタ、そんな携帯持ってた?」
「アイツ専用」
メール画面を開くと、件名に『仕事依頼』と書かれている。
「あ?」
「なに?」
メールの内容を確認すると、そこには『今後の方針が決まったから、二週間頑張ったご褒美がほしいな』と書かれていた。
「……バーカ」
「え、なに? 朔がにやけてるんだけど!」
「にやけてねえよ」
こんな回りくどい書き方をするんじゃなくて、素直に会いに来いって書けよ。
ソファーから立ち上がると「朔? どこ行くの?」と柊が質問する。
「仕事だ」
そう言って、オレはアジトを出た。
凪のスケジュールを確認して、今日は九条邸の自室にいることを知る。
この道を通るのも、今日で三回目だな。
少しずつ通い慣れていく風景だが、明るい時間帯に歩くのは初めてだ。
そんなことを思いながら道を曲がると、九条邸の前に報道陣による人だかりができていた。
「……チッ」
めんどくせえ。
オレはサングラスをかけてからいつもの木がある裏手に回ろうとする。
「あ、九条グループの関係者の方ですか!?」
「少しお話よろしいでしょうか?」
「九条凪会長とはどのような関係で!?」
「凪会長は本当に潔白なのでしょうか!」
最後の質問に眉をひそめた。
凪が潔白なのか? んなもん、あの証拠見たら分かんだろうが。
イラつく質問と許可なくカメラとマイクを向けてくる報道陣に、オレは思いっきり舌打ちをした。
そして、一番近いカメラマンのカメラのレンズを左手でつかむと、力を入れる。
「なっ!」
皮の手袋とカメラのレンズ周りの金属製のパーツが擦れ合ってギュッという嫌なきしみ音が聞こえてくるが、オレはかまわずにぎりつぶす勢いでつかむ。
「おい……カメラを向ける相手が違うだろうが」
「は……?」
カメラマンはほうけた顔をする。
「被害者にカメラを向けてる暇があんのかよ?」
「だ、だから……真実を暴くために九条凪会長に話を……」
そう言った記者に顔を向けると「てめえらのやってることは、真実を伝えることじゃなくて、ただただ視聴率の取れるように内容を改悪して面白おかしく報道してるだけだろうが」とサングラス越しから睨みつけた。
「ッ!」
「この事件の真実を、本当に暴こうと思ってんなら……アイツが用意した告発文と証拠を確認してから発言しろ」
そう言ってつかんでいたカメラのレンズを思いっきり押した。
「……」
報道陣でできた人だかりを抜けて裏手に回り、いつものように木に登って凪の部屋のバルコニーに飛び移る。
寝室ではなく隣のプライベートリビングの方に続く窓を開けると「やあ、朔君」とソファーに座った凪が笑顔で出迎えた。
「おう」
「フフッ、なんだか初めて会った日を思い出すね」
かけていたサングラスと皮の手袋を外して胸ポケットにしまう。
「初めて会ったのはコンテナヤードだろ」
「あれは、僕が一方的に覗いてただけだからね」
凪は立ち上がると「今日は、ようやくゆっくり紅茶が楽しめそうだ。僕の淹れた紅茶を飲んでくれるかな?」と質問する。
「そうだな」
オレがそう答えると、凪は嬉しそうな顔を見せた。
「それじゃあ、寒い時期だし、僕のおすすめのアッサムにしようかな。ミルクティーにして飲むとより美味しいんだよ」
「紅茶なんてどれも同じだろ?」
「風情がないことを言うね」
凪はそう言うと「男なんて誰でも一緒だろ、って言っているようなものだよ」と苦笑する。
「みんな一人ひとり個性があるでしょ? 紅茶もそう。茶葉によって、特徴や飲み方、香りが違うんだよ」
お湯で温めたポットに茶葉を入れている凪の膝に頭を乗せて寝転んだ。
ソファーのひじ掛けから少し足がはみ出るが、これはこれで快適だな。
「フフフッ、甘えん坊さん?」
「二週間ぶりだ」
「ごめんね。各所での対応に追われてて、なかなか会えなかったね」
「言ってくれれば会いに来た。それこそ、お前専用のボディガードも引き受ける」
オレがそう言うと、凪は一瞬目を丸くしたあと、すぐに微笑んだ。
「僕にはすでに二人の優秀なボディガードがいるからなぁ」
「その優秀なボディガードを何度も出し抜いといて、なに言ってんだよ」
あきれた顔でそう言うと、凪は「そうだね」と肯定した。
「朔君がいると、甘えたくなっちゃうから。全部終わって、最後のもうひと踏ん張りになるまでは会わないって決めてたんだ」
「勝手に決めんなよ」
今日、オレが呼ばれたということは、最後のもうひと踏ん張りの段階になったってことだな。
オレは凪に手を伸ばすと、頬に触れた。
「……」
「ん?」
「……凪」
「どうしたの?」
少しやつれたか。
目の下のクマも気になる。
だけど、それ以上に——やっぱり綺麗だな。
「お疲れ」
「……ありがとう、朔君」
そう言って笑った凪の顔は、少し疲れて見えたが、オレにとっては非の打ち所がない完璧な笑顔だった。
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