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第二十八話 光の中へ

「それで、今後の方針はどうなったんだ?」   凪の膝から起き上がり、隣に座り直してから質問をする。 「うん。ちゃんとね、記者会見を開こうと思って」   その言葉に、オレは「……そうか」と一言だけ返した。 「やっぱり、世間は僕の口から聞きたいみたいだよ。僕が、本当に白なのか」   ティーカップに紅茶を注いだあと、オレの前に置いてあるソーサーの上に乗せる。 「ミルクを入れてもいい?」 「ああ」   凪はポットで温めた牛乳をカップに注いでミルクティーを作った。 「はい、どうぞ」 「おう」   期待を込めた眼差しで見つめてくる凪に応えるように、カップを手に取って口につける。 「……うまいな」 「気に入ってもらえてよかった」   嬉しそうに微笑みながら、凪もひと口、ミルクティーを口に含んだ。 「ふぅ……」   小さく息を吐くと「記者会見用の原稿を作ってたら、僕の人生が走馬灯のようによみがえってきて……改めて、僕の人生って……たくさんの人の犠牲があって成り立っていたんだなって思ったんだ」とつぶやいた。 「凪……」 「……だからこそ、僕はずっと君に殺されたかったんだけどね」   そう言うと凪は眉毛をハの字に下げながら「一ヶ月前、君がこの部屋に現れたときは……待ちに待った小さなサンタクロースさんがようやく迎えに来てくれたんだって高揚したよ。あのときには、もう悠真さんに証拠を預けていたし、本当に殺されてもなにも問題はなかった」と、当時の想いを振り返る。 「心臓移植をしてまで生きながらえた命なのに……って、思ったこともあったけど、それ以上に罪悪感で生きているのが辛かったんだ」 「……」   オレは、余計なことは言わずに凪の肩を抱き寄せた。 「……だけど……」   凪はそこで一度止まり、オレの方を見ると「朔君と出会って、一緒に過ごしていく中で……生きてもいいって……自分を赦せたんだ」と微笑む。 「本当にありがとう」 「……それはオレのセリフだな」 「え?」   横を向いて、凪の頬に口を寄せる。 「……」 「朔君?」 「……ヨボヨボのじいさんになるまで生きて、最後はオレの手で殺してやるよ」   オレがそう言うと、凪は声を上げて笑った。 「アハハッ、それじゃあ僕より長生きしてね」 「心配すんなよ」   嬉しそうに笑う凪を見ていると、一ヶ月前まで死にたがってた人間とは思えないほど生き生きとしていて思わず口元が緩みそうになる。 「……会見はいつなんだ?」   口元を隠しながら質問をすると「三日後に予定しているよ」と答えた。 「ずいぶん急だな」 「そうでもないよ。一応、この二週間、取引先との対応と並行して動いていたからね」 「場所は?」 「レガリア東京のパーティー会場。ここで、僕達のやってきたことと真正面から向き合って、再出発をしたい」   そう言った凪に「宗一郎達が、だろ」と訂正する。 「……フフッ。朔君は、本当にやさしいね」 「あ?」 「鴉の人達がみんな温かいのは、きっと神代さんの人柄と……元々みんなが持っていた性質なんだろうな」 「……」   凪はそう言ったあと、申し訳なさそうに顔を歪めると「……奪ってしまったものは返せないけれど、これからできる限りの罪滅ぼしはやっていくつもりだよ」と宣言する。 「……別に、お前がそう思うんなら止めない」 「……うん」 「だけどな」   オレは立ち上がるとソファーの背もたれに両手をついて、座っている凪を上から見下ろした。 「オレと一緒にいる理由が、その罪滅ぼしってんなら……それは許さない」 「え?」 「……」   オレの言葉を聞いた凪は首をかしげたが、すぐに意味を理解したのか、愛おしそうな顔でオレを見つめる。 「僕が、君と一緒にいたいのは、君のことを愛しているからだよ」 「……ならいい」   百点満点の答えを出した凪の唇にやさしく触れるだけの口づけを落とす。 「朔君にお願いがあるんだけど」 「なんだ?」 「記者会見の日、僕のボディガードをやってくれないかな?」 三日後——。 ホテル・レガリア東京の二階、記者会見仕様に変わった宴会場には、スタッフに誘導されて多くの報道陣が集まっていた。   嫌な空気だな。   集まっている報道陣の中継カメラや一眼レフを見ると、吐き気がする。 会場の中ではフラッシュの光が絶え間なく瞬き、記者同士の会話とカメラのシャッター音が混ざり合っていてオレの機嫌は最上級に悪かった。 『中田、態度が悪いぞ』 「……なんでオレが会場配置なんだよ」 『お前のようなヤツを凪様の隣に立たせるわけないだろう。まずはその無駄なロン毛を切ってから文句を言うんだな』   インカムから聞こえてくる相馬の小言が、俺の機嫌をより悪くさせる。 「凪の指名だろうが」 『そこから指をくわえて見張っているんだな』 「おい」   そこで一方的に通話が切れた。 オレが立っているのは会場の、凪が入ってくる出入り口の扉の横。 ここからなら壇上がよく見える。 「……チッ」   壇上の後ろには白いパネル、その前に机が並べられていて、机の上にはマイクが置いてある。 そこから距離をとって、規則正しく並べられたパイプイスがズラリ。 いったい何脚置いてあるんだよ。 最前列にはキー局や全国紙の記者とカメラマン。 後方には地方紙やネットメディア、さらには海外メディアの連中まで座っている。 この会見は日本だけじゃなく、海外からの注目度も高いようだ。 「……」   会場の照明がわずかに落ちると、ざわめいていた報道陣が一斉に出入り口の扉に視線を向ける。 会場内が静寂に包まれた。 次の瞬間、扉がゆっくりと開いて黒いスーツに黒いネクタイを着けた凪と、その後ろから二階堂が現れた。 二人は登壇すると机の前に立ち、頭を深々と下げた。 一眼レフのフラッシュが一斉に焚かれて眩しい。 二十秒ほどその体勢を保ったあと、凪はゆっくりと頭を上げてイスに座る。 二階堂も同じように座ったところで、話し始めた。 『本日は、お忙しい中お集まりいただきまして、誠にありがとうございます。このたび、九条グループ元専務取締役・九条宗一郎の違法臓器移植の斡旋や児童誘拐殺人など、重大な犯罪が明らかとなりました。被害に遭われた皆様、ご遺族の皆様、そして社会の皆様に、九条グループの一員として心よりお詫び申し上げます』   凪はもう一度頭を下げると『私は、事件の真相を明確にするための調査を続けてまいりましたが、結果としてこの長期にわたる犯罪を止めることができませんでした。九条グループの代表として、その責任を重く受け止めています』と続けた。   凪が続きを話す前に、記者から質問が上がる。 「あなたが、隣にいる二階堂氏と協力して叔父である宗一郎被告を告発したことに間違いはありませんか?」 『間違いありません』 「迷いはなかったのでしょうか?」 『家族なので迷いは、ありました。ですが、それ以上に守らなければならない命があることを、私は知っています。九条家の人間として、責任を果たすべきだと思いました』   凪の回答を聞いていた他の記者が手を挙げると「あなたも過去に心臓移植を受けていますよね? 違法臓器移植についてどう考えていますか?」と凪の傷をえぐるような質問を投げかける。 『……私は、幼い頃正規の医療によって命を救われました。人は、一人では生きていけないということを一番実感しております。私の命をつなげてくれた……名前も顔も分からない大切なドナーの方に、恥じない生き方をしたい。だからこそ、人の命を売買するような犯罪を決して許すことはできません』 「あなた自身はこの犯罪には無関係だと? もっと早く宗一郎被告の罪を暴くこともできたんじゃないでしょうか?」   その質問を聞いて、思わず飛び出そうになったが堪えた。 ここで、オレが出たら凪の立場を悪くさせるだけだ。 オレは、拳を握り締めたまま、凪のことを見つめる。 『無関係……。正直に申しますと、家族である叔父が犯した罪なので、完全に無関係とは言えないと思っています。私に対する批判があることも理解しております。もっとやり方があったのではないかと、今でも考えます。ですが、様々なリスクを考えた結果、このタイミングで告発したのが最善だったと感じております』 「今後はどのようにしていくのでしょうか?」 「このまま九条グループの会長をされるのでしょうか?」   凪はほんの少し下を向いて、軽く深呼吸をすると、また真っ直ぐに前を見る。 『九条グループは、第三者委員会を設置して過去の不正をすべて調査します。必要であれば、会長も辞任いたします。ですが、逃げるための辞任はいたしません。責任を果たした上で、私の進退は第三者委員会および取締役会の判断に委ねます』   凪は、そこでいったん言葉を切ってから『"隠す"のではなく"正す"ために動く……それが私の目指す新しい九条グループです』と続けた。 凪がそう言うと、記者達は黙った。 『……失われた命は戻りません。だからこそ私は、一つひとつの命と"忘れない"で向き合い、二度と同じ悲劇を生まない企業へと生まれ変わらせる。それが、被害に遭われた方々への私なりの贖罪です』   凪は立ち上がると、机の前に移動する。 『この事件の被害者の皆様に、心よりお詫び申し上げます。私は、皆様の苦しみを生涯忘れることなく償い続けます。この度は、本当に申し訳ございませんでした』   凪が頭を下げると、フラッシュの光とシャッターの音だけが会場内に響き渡った。 後ろにいた二階堂が『会見は以上とさせていただきます。本日はお忙しい中、お集まりいただきましてありがとうございました』と終わりを告げた。 降壇して出入り口に向かってくる凪のために扉を開ける。 凪と二階堂と一緒に会場から出た。 外にいた久世のオッサン達と合流して誰もいないところまで移動すると、凪が「……ハァ」とため息をついた。 「……終わった」   オレは凪の体を後ろから抱きしめると「……お疲れ」と耳元でつぶやく。 「……うん、ありがとう」   抱きしめた凪の体は張り詰めていた感情から解放されたせいか、少しだけ震えていた。

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