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第2話

ep.2 1 プロローグ 成り損ないの業 下  どれほど遠い異郷の地へ流されようと、人の欲だけはどこへ行っても変わらず、際限なく渦巻いていた。  異界へ堕とされたタクトの身には、なり損ないとはいえ竜人の稀有(けう)な血が流れ、その容姿には、かつての支配者によって磨き尽くされたきらびやかな美貌が、残酷なほど完成されたまま残されていた。  そうして、世界を救うはずの「勇者」の生け贄にされた。  囚われの身となったタクトは、男の支配欲を満たす新たな玩具(おもちゃ)として、再び深く囲われることになる。  両親に疎まれた幼少期に始まり、売られた先々で、昼は蝶よ花よともてはやされ、夜は特権階級の欲望を満たす(かて)として肌を晒してきた。  ――その残酷な巡り合わせは、この異郷の地でも何一つ変わらなかった。  タクトの人生は、常に誰かの「欲」の器として消費されることの連続でしかなかった。  彼は身をもって知っている。  孤独が強すぎて自らの空虚に耐えられない者ほど、その性欲は暴力的になり、他者への精神的欲求は閉鎖的に病んでいくのだと。  ──結局、彼らは誰を愛しているのか。  タクトには理解できそうになかったし、もはや、理解しようとも思わなかった。  勇者に弄ばれながら、タクトは何度も「許して」と懇願し、「竜人とは思えない姿だな!」と嘲笑われた。そのうち自分を、どこか遠いところから他人事のように見つめるようになっていた。  心が壊れてしまったと笑っているのは、自分なのか、それとも勇者なのか。  タクトにはもう、判別すらつかなかった。  勇者は破格に強かった。 「なり損ない」とはいえ、竜人である自分でさえ決して敵わない。他のパーティーメンバーなど、その足元にすら及ぶはずがなかった。  だからこそ、彼らがタクトに向ける気遣いや優しさが、ひどく滑稽(こっけい)に映った。  己の罪悪感を埋めるために紡がれるその慰めは、タクトの矜持を痛烈に傷付けるだけでしかなかった。  ――せめて、知らない顔をしてくれれば良かったのだ。毎夜、自分が勇者に何をされているのかを知りながら、あえて優しさを演じるその偽善が、タクトには耐え難かった。  たどり着いた魔王城の王座の間。  そこには、凄まじい死闘の痕跡が刻まれていた。周囲の調度品は砕け散り、漂う血の臭いと焦げた魔力の残滓が、ここで起きたことの凄惨(せいさん)さを物語っている。  魔王は、黒竜との熾烈な死闘の果てに、その牙に(たお)れ、絶命していた。  勇者たちが黒竜を恐れるあまり、柱の影から様子を窺いながら勝利に沸き立つ中、タクトはまろび出るように黒竜の足元へと進み出た。  その瞳には、恐怖など何一つ映り込んではいなかった。 「黒竜、僕の言葉が分かるなら、お願いだ。僕も殺して」  黒竜が不気味なほど静かにタクトを凝視する。タクトは首元に巻かれた呪いの首輪を露わにし、震える指でそれを指し示した。 「これのせいで、僕は自害できない」  背後で、勇者が慌てたように小声で叫ぶのが聞こえた。 「タクト! 戻ってこい! 獣に人の言葉が分かるはずないだろう……!」  タクトは勇者の声を完全に無視し、黒竜の、掛け値なしに純粋な青い瞳を真っ直ぐに見つめ、あらん限りの声を絞り出した。 「なり損ないだって、僕は竜人だ。……僕は、もうこれ以上、尊厳を踏みにじられたくない……っ!」  黒竜は、タクトの鼻先まで巨大な頭を近づけ、すん、と音を立ててその匂いをひと嗅ぎした。その青い瞳に、冷酷なまでの理解と、どこか憐れむような色が宿る。  バサリ、と巨大な黒い翼が広がり、激しい風が巻き起こった。  その翼が振るわれる直前、タクトは覚悟を決めたようにそっと目を閉じる。  次の瞬間。  勇者が踏み潰される生々しい肉の音と、パーティーメンバーたちの絶叫が、王座の間に木霊した。  轟く悲鳴の余韻を切り裂き、魔王の亡骸から、漆黒の蛇のような呪怨が勢いよく立ち昇った。  それは凄まじい速度でうねり、黒竜を喰らうべく牙を剥いて突き進む。  黒竜に激突する、まさにその寸前――タクトは黒竜を庇うように、その身を投げ出していた。  黒竜の喉から、驚愕と拒絶の入り混じった、低く重い唸り声が漏れた。  タクトの全身を、魔王の呪いが残酷な黒い紋様となって、みるみるうちに侵食していく。  激痛に耐えかね、力なく床へと崩れ落ちながら――タクトの唇には穏やかな微笑みが浮かんでいた。 「いつか……死ぬつもりだったから、気にしないで」  視界がぐにゃりと歪み、タクトの意識が急速に遠のいていく。  激しく動揺し、狂ったように咆哮する黒竜の気配を最期に感じながら、タクトの身体は、突如として生じた空間の歪みへと吸い込まれていった。

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