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第4話
ep.4 2 星屑の結晶と、隠しきれない焦燥 下
「……あ、ありがとう……僕は、ずっと……人間とも竜人とも違う、なり損ないだって……言われ、思って……僕が竜人……嬉しい……」
彼が一体、何をしたというのだろう。
ただ母親の胎から生まれ落ちた、それだけだ。
それなのに、こんなにも痛々しい姿になり果て、今は黒竜の盾となって呪いに侵され、死にそうになっている――首には、あの忌々しい隷属の首輪を嵌めたまま。
黒竜は、なり損ないの冷たく滑らかな肌を絶対に傷付けないよう、細心の注意で忌々しい隷属の首輪をそっと、しかし完全に握りつぶした。
「はぁっ……! 息が、できる……あ、が……ありがと、う……ございます……っ」
首元から重圧が消え、タクトは必死に空気を肺へと貪るように喘いだ。その頭上に、黒竜の低く響く声が落ちる。
『お前は竜人であり、私の仲間だ。だから私は、こんな真似を許すわけにはいかない』
「……なかま、だから……だから、助けてくれた、んですか……?う、嬉し…僕、なかま…」
今にも呪いに消されてしまいそうだったなり損ないの命の灯火が、ようやく微かに揺れる。その痛々しくも健気な少年の姿を前に、黒竜の胸は締め付けられすぎて、自分でも制御できないほどの感情に呑まれそうになっていた。
『そうだ。仲間だ。君はずっと人間と暮らしてきたのか? ならばこれからは私の故郷に身を寄せるといい。私の仲間たちは、必ず君を歓迎する』
なり損ないは両腕で顔を覆い、抑えきれない嗚咽を漏らして激しく泣き始めた。
涙が地面にぽとぽとと落ちるたび、今にも呪いに消されかけていた命の灯火が、驚くほど力強く輝きを取り戻していく。
彼に欠けていたのは、他でもない「生きようとする希望」だったのだ。だからこそ、人間ではない彼があんなにも深く、理不尽な呪いに沈んでしまったに違いない。
『私はこれから、呪いを解く手立てを必ず獲ってくる。だから――それまで持ち堪えろ。耐えられたなら、お前にとびきりのご褒美をあげよう』
「……ごほうび」
その美しい瞳がわずかに暗く沈むのを見て、黒竜の胸の奥でドス黒い不快な熱が跳ねた。
これまで一体どれほどの理不尽に晒され、踏みにじられてきたのか。容易に想像がつくその痛ましい反応に、静かな、しかし殺意を孕んだ怒りが全身を駆け巡る。
『何が食べたい?』
思いがけない問いに、なり損ないの瞳がパッと明るく輝いた。
「あ……甘いもの。ずっと、食べて、なかったから……」
『分かった。必ず呪いを解く手立てを獲ってくる。甘いものはその後だ。だから、それまで耐えられるな?』
「はい……。ありがとう、ございます……っ」
小さく頷いた少年の命の灯火は、先ほどよりはっきりと光量を増していた。
それでも、あまりに儚い。自分がほんの一瞬でも目を離せば、風前の灯火の如く今度こそ消えてしまいそうで、黒竜は強烈な焦燥に駆られた。
黒竜は迷うことなく、自らの急所である首元から硬質な鱗を一枚、引き剥がした。
生々しい熱を孕んで剥がれ落ちた黒い鱗は、洞窟の微光を反射し、星屑のように美しく、そして残酷に光を放つ。
星屑のようにきらめく鱗の美しさに目を奪われていたなり損ないだったが、それを自分に食べさせようとする黒竜の意図を察した瞬間、血の気が引いたように青ざめた。
それもそのはず、この鱗は世界の理さえ歪めると言われる禁忌の触媒、文字通りの聖遺物なのだ。かつて、黒竜がこれほどの重宝を瀕死の同胞にすら与えたことなど一度たりともない。
だというのに、今、黒竜は不思議でならなかった。
一体なぜ、自分はこの「なり損ない」に対して、ここまで惜しみなく手を尽くそうとしてしまうのかと。
圧倒的な竜気を纏う鱗を前にして、恐怖で小さく震えるなり損ない。その姿を見た瞬間、黒竜の中で冷徹な思考は音を立てて溶け崩れ、ただ「この命を救い出したい」という猛烈な衝動だけが頭蓋を支配した。
黒竜は手元で恐ろしい威圧を放つ鱗にさらなる魔力を通わせ、その硬質な光を穏やかな薄桃色へと書き換えていく。禍々しかった禁忌の触媒は、まるで菓子職人の手仕事のように、甘やかな香りを纏う美しい結晶へと静かに変質した。
『味は保証しない』
黒竜がその甘やかな結晶をなり損ないの唇へとそっと差し出すと、彼は戸惑いながらも、それを恐る恐る口へと含んだ。
わずかに溶け出した甘みが巡ったのだろうか。その青白かった頬が、まるで結晶の色が映ったかのように、ほんのりと美しい桃色に染まっていく。
「甘い……」
黒竜は、まるで心臓を直接わしづかみにされたかのような強烈な衝撃を覚えた。一体なぜなのか、理由はわからない。
胸の奥から波打つようにあふれ出すのは、歓喜か、底知れぬ感動か、あるいはかつてないほど心地よい熱だった。己の身に何が起きたのか理解できず、誇り高いはずの巨獣は激しく動揺し、落ち着きを失っていく。
だが、これ以上あの「なり損ない」の前に居座っては、この強靭な心臓がどうにかなってしまう。そう本能が告げた。誇り高き黒竜は、あろうことか敵前逃亡するように、慌てて洞窟を飛び出した。
わずかに気まずさを隠すように、獣の咆哮をぶつける。
『グロロロロロウ』
[呪いを解く手立てを獲ってくる!]
己の中で暴れ回る甘やかな感情と、それを認めまいとする激しい困惑に、黒竜の青い瞳は落ち着きなく大きく揺れていた。
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