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第14話
ep.14 11 届かぬ鼓動、断たれた指先 上
竜人殺し の残虐さを、タクトは理解していなかった。
竜人から「愛」を強制的に、かつ永久に剥奪すること。それは肉体的な死を遥かに凌駕する、魂を殺すに等しい行為だ。だからこそ、ジュリアンはこの忌まわしき呪具を宝物庫の奥底に封印し、激しく嫌悪していた。
それにもかかわらず、タクトは「自分がジュリアン様の番になること」を交換条件に掲げ、その剣でリアムが運命の番 を刺すよう仕向けた。
竜人殺しを向けられたリアムは当然、運命の番への愛を失うことに断固として拒否した。
そしてジュリアンと全身全霊で戦う道を選んだ。……あんなにも仲の良かった、唯一無二の双子の兄弟というのに。
殺し合いとも呼べる死闘の末、勝利したのはジュリアンだった。
その影で、リアムの運命の番であるヴォルフは、白刃によって容赦なく貫かれた――。
ジュリアンはタクトが口にした「勝てば番になる」という約束を盾に、彼を半ば強引にシャンヴァンヴィルへと連れ帰った。
◇
「胸くそ悪い……っ」
シャンヴァンヴィルに戻って以来、タクトの吐き気は止まらなかった。
リアムから運命の番 という呪縛を切り離せば、彼は救われ、楽になると信じていた。にもかかわらず――。脳裏から離れないのは、「やめろ!」と叫んだリアムの戦慄に満ちた絶叫だ。そして、刃がその胸を貫いた瞬間に崩れ落ちたヴォルフの姿。それを見つめるリアムの、世界の終わりを見たかのような絶望的な瞳。
それらはまるで呪いのように、タクトの精神を蝕み続けている。
達成感など、どこにもなかった。
そこにあるのは、自らの浅知恵と我儘のせいで、リアムの心から最愛を殺すよう仕向けたという、拭い去れない自己嫌悪だけだ。
「気持ちが悪い、僕なんて……」
タクトはリアムを心から敬愛し、慕っていた。それは、偽ることのできない紛れもない事実だった。
それと同時に、ジュリアンには初対面の時から、理由のない絶対的な安らぎを覚えていた。何をしても、どんな生意気を言っても見捨てられない――そんな単純な甘えを、タクトは抱いていた。
かつて、一度目のプロポーズを断った時も、ジュリアンは力ずくでタクトを番 にしようとしなかった。タクトの意思を尊重し、ただ小姓として側に置くことだけを選んだ。
ジュリアンが向けた特別扱いと、過保護なほどの安らぎ。それに浸るうちに、タクトの頑なな心はいつしか「なし崩し」に解かされていった。
やがてタクトは、自らが誰よりも、ジュリアン様の番になることを自ら切望するようになってしまっていた。あの安らぎを与えてくれるのは生涯、ジュリアンだけだ。そんな妙な確信があった。
だから、タクトはお互いを思い合って身を寄せ、夢のように愛し、愛される。そんな未来を描いてしまっていた。ジュリアンを愛してしまっていた。
「……身の程知らず」
そう呟くのは、心の中に卑屈なタクトが確かに存在するせいだ。
タクトはなり損ないだ。過去、散々男達の欲望に晒されていた『下賎な存在』だ。世界中の誰もが頭 を垂れる古代種級の竜人、ジュリアン・ド・ヴレの番に選んでもらえるはずがない。運命の番でもなんでもないのに。
それでも、もう一度、ジュリアンがもしも、番に望んでくれたなら、タクトは素直にその胸に飛び込もうと思っていた。
でもあれ以来、ジュリアンはタクトに求婚することなかった。
彼の沈黙が喉元を締め付ける。タクトは独り、救いのない焦燥と後悔に溺れていた。
自分から「番にしてほしい」などと身の程知らずなこと、口にできるはずがなかった。断られるのは当然のこと。笑い者にはなりたくなかった。タクトにも矜持はある。
だからタクトは、あの場で咄嗟に「リアムを救う」という大義名分を掲げ、それを盾にして、ジュリアンに自分を娶らせようとしたのだ。タクトの弱い心が、断られても仕方ないという状況を無理やり作り出した。
タクトはなんて愚かで、浅はかなことをしてしまったのだろう。
リアムが苦しみから解放されて、いつか幸せに笑える手助けをしたかったのは本当だ。彼が苦しみから解放され、いつか心からの笑顔を取り戻せるようにと願ったのも本当だ。でもそこにタクトの欲が混じってしまった。
ジュリアンは竜人殺しでリアムの運命の番 を刺すこと、初めから反対していた。ジュリアンが何を思ってリアムに竜人殺しを向けたのか、タクトにはもう分からない。
ただ、単純にタクトを娶りたいと思った訳ではないのは分かる。ジュリアンはいつも通り。タクトに愛を囁くこともなければ、閨に誘うこともない。
リアムの心から最愛を奪った。自分のずるい欲求を盾にした事実だけが今は横たわっている。
こうなってしまうと、ジュリアンが番にしてくれなかったことに、安堵してしまう自分がいる。リアムの心から最愛を奪った自分が、大罪を強要させたジュリアンと幸せになる資格なんて、あるはずがないから。
リアム様に申し訳なくて、申し訳なくて、いっそこの世界から自らを消し去ってしまいたくなった。
身の置き所などどこにもない。どこへ逃げても胸が引き裂かれるように苦しく、ひどく落ち着かない。
――その時だった。
しばらく鳴りを潜めていたはずの呪いが、タクトの身体を再び激しく蝕み始めた。
でも、もう二度と、あの呪いを和らげてくれる胡桃を求めることなどタクトにはできなかった。
リアムを陥れ、ジュリアンを卑劣な手段で動かしてしまった大罪人が、これ以上彼の慈悲にすがるなど、到底許されるはずがない。
呪いは、呪われるべき者に降りかかる。――そう思ってタクトは呪いに抗うことを諦めた。
諦めることだけは、誰よりも得意だから。
幸い、タクトは『痛みの切り離し方』を知っている。
物心つく頃から、痛みを切り捨てなければやっていけない環境下にいた。親に暴力を振るわれたことはない。ただ、タクトは透明人間だった。どれほど訴えても誰も反応してくれない。だからこそ、痛みを「気のせいだ」と切り離す術を覚えた。
それでも隷属の首輪に繋がれ、勇者の狂気的な愉悦を満たす日々の中で、それは通用しなくなった。なり損ないの竜人とはいえ、タクトには超回復がある。そのせいで、彼は勇者にとって格好の、何度でも壊せる玩具に成り下がったからだ。
だから、タクトは痛みの切り離し方をそこできっちりと学んだ。
だから、思い出せばいい。
痛みなんか、ただの情報の欠片に過ぎない。どこかに隠すか、無に帰せばいい。
そうすれば、誰かの前でくらいは、いつものように平然としていられる。
ただ、あまりに強い痛みに精神は耐えられても、肉体が抗いきれない。肌は熱を帯び、動悸が激しくなり、冷や汗が止まらなくなる。こうなると、もうジュリアンに誤魔化しは効かなくなるだろう。あの方は目端が効く。
その時は「街で買いたいものがある」と適当な理由を並べ、その場を抜け出すしかない。自分の限界を誰にも悟られないように、徹底して隠し通せばいい。
嘘をつくことなど、物心ついた頃から慣れきっている。……洞窟で黒竜に出会ってからは、その必要もなくなっていたけれど。今でも心の奥底にある引き出しを開ければ、あの頃の錆びついた手口など、いくらでも取り出せる。
ぞわぞわと悪寒が走り出した。
……念のため、ジュリアンからは距離を置けるだけおこう。
あの方もすぐ、こんなくだらないタクトのことなんか忘れる。
『運命の番』など冗談にしか過ぎないのだから。
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