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第17話
ep.17 13 灰青の檻、漆黒の情動 上
ジュリアンとリアムが、単なる「新種」という枠に留まらず、古代黄金種に比肩する「先祖返り」として畏怖されるには理由がある。
始祖竜の再来を思わせる混じり気のない青い瞳、見る者を戦慄させる冷徹な美貌、そして他者を一瞥で屈服させる圧倒的な強さ。すべてを兼ね備えた彼らは、畏怖の対象でしかなかった。
ジュリアンは身体を強張らせ、鱗を浮かび上がらせると、声を殺して暗闇に光る己の鱗を剥ぎ取る。
剥がれるたびに、灰青色の瞳は闇色を濃くしていく。
今はまだ青銀色に輝くその瞳も、やがて漆黒の闇に染まりきったとき、彼は「先祖返り」という崇高な名すら失い、ただの黒竜として扱われるようになるのだろう。
「先祖返りは始祖竜の恩恵である」と語る者がいる。もしそれが真実なら、番 でもない者に己の命を削り捧げるジュリアンの献身は、始祖竜からすれば冒涜以外の何物でもない。
実際、彼の瞳から始祖竜の輝きは失われ、色は日ごとに闇を深めていた。タクトの瞳が自分ではなくリアムの影を追い続けている間も、彼は黙して自らを削り続けている。
――黒竜の正体が自分だと、言葉ひとつで告げればいいものを。
だが、身を削り、弱った獣のような姿を晒して同情を請うなど、高潔を極めた己の美学が断固として許さない。
憐れみで結ばれる絆に何の意味があるのか。そんなものは、彼が最も忌避する屈辱でしかない。
始祖竜の恩恵を捨ててまで彼が渇望するのは、タクトからの憐れみではない。
たとえ瞳の光を失い、自らが滅びゆくとしても――彼は最後まで強者として君臨し、何食わぬ顔で守り抜く。そのためなら、この身などいくらでも捧げ尽くせる。
誰にも知られることなく、己の傲慢さだけを糧にして。彼はそうして、自身という『完璧な守護者』を完成させようとしている。
始祖竜が彼を見捨てたとしても無理はない。けれどジュリアンはそれでいいと、心の底から思えた。彼が望むのは神の加護ではなく、ただタクトが穏やかに過ごせる日々を贈ることだけだからだ。
ジュリアンはもともと「高潔でなければ死を選ぶ」ほどの苛烈なプライドを持った男だった。
彼にとって「美しく、強く、高潔であること」は生きるための絶対条件であり、それが損なわれることは、肉体の死よりも耐え難い屈辱のはずだった。
それなのに、彼はタクトのために自ら鱗を剥ぎ、瞳から神聖さを曇らせていく。これは彼にとって、生きながら自分という存在を少しずつナイフで切り刻むに等しい行為だった。
ただ、誇り高い男にとって最も耐えがたいのは、「自分が自分であり続けること(高潔であること)」ではない。「タクトを愛し、守るための役目に足らない、ただの無能な飾りになること」こそが、何よりの屈辱だったのだ。
「始祖竜が傲慢なら、私もまた傲慢でいよう」
剥ぎ取った鱗の冷たさを指先に感じながら、彼は心の中で呟く。
神の恩恵という名誉を捨て去り、誰にも正体を知られぬまま闇に溶けていくことこそが、彼がタクトに捧げる唯一にして最大の証明なのだから。
タクトと初めて対峙した時、彼から漂っていたのは、数多の者に踏み荒らされた「雄の臭い」だった。
だからこそ、ジュリアンは固く誓っていた。たとえ死が訪れようとも、タクトの意思を蹂躙し、力づくで番 にはしない、と。
それが彼の美学であり、譲れないプライドだった。
けれど、その理性とは裏腹に、鱗には呪いのような本能が刻まれている。胡桃を模したその鱗は、ひどく歪に、ジュリアンの竜としての欲望を形取っていた。
ここに、救いようのない矛盾がある。
タクトを救うために鱗を剥ぐ。その行為は崇高な献身であるはずなのに、救えば救うほど、ジュリアンの内側で「番 になりたい」という本能が理性の防壁を食い破っていく。それはタクトを内側から食らい尽くしようとする、抗いがたい情動だ。
鱗を剥ぎ取るたびに、喉の奥からどす黒い衝動が突き上げてくる。
『矜持も誇りも所詮は綺麗事。既成事実で番 にしてしまえ』
その度、ジュリアンは獣の咆哮を、強固な自尊心の檻の中に力ずくでねじ伏せていなければならなかった。
タクトの呪いを純粋に解いてあげたいという理性と、タクトのすべてを暴き出し、食らい尽くしてでも手に入れたいと渇望する本能。
剥がした鱗の境界線はあまりにも曖昧で、ジュリアンの濃い灰青の瞳は、静かに暗く沈んだ。
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