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第24話

ep.24 19話 すれ違う距離と、届かない渇望  困惑の挙措(きょそ)でさえ様になるのは、自分でも知っていた。男でも女でも、すべてを投げ打って力を貸したくなる風情であることも。  ジュリアンは、夢うつつに蕩けてしまったタクトの華奢な指ごと茶器をふわりと包み込み、彼の可憐な唇に寄せた。 「ほら、冷めてしまう」  タクトの理性を搦め捕るような、低い声音をわざと選んで逃げ場を塞げば、タクトはその視線を奪う微笑みに魅入られ、抗うことすら忘れてコクンと喉を鳴らした。  きめ細やかな白い、喉。  ジュリアンの濃い灰青の瞳に仄かな焔が揺らめいたのも一瞬、タクトの体調の変化を見逃さないように、その美しい瞳を凝らした。  ――呪いは解け……なかったか。  わずかに期待していただけに、内心の落胆は隠せなかった。  タクトの呼吸は浅く、その白い首筋には、呪いが未だ彼を侵食している微かな影が這い戻っていた。 「タクト、これを」  ジュリアンは懐から、あらかじめ用意しておいた『夜明草の雫』の小瓶を取り出し、タクトへと手渡した。その指先は、焦燥でわずかに強張っている。  タクトが大人しくその純粋な薬液を口に含み、ゆっくりと飲み下す。  ――その瞬間、タクトの身体に劇的な変化が現れた。  薬が喉を通ると同時に、タクトは小さく、掠れた呼吸を漏らして身悶えした。呪いの毒素と、夜明草の凄まじい魔力が体内で激しく衝突しているのだ。タクトの白い肌がじわじわと上気し、熱に浮かされたように赤みを帯びていく。  額にじっとりとにじむ汗。きゅっと苦しげに細められた――あの瞳。  けれど、それも一時のこと。やがて荒かった呼吸が一段落ち着くと、呪いの影がほんの少しだけ肌の奥へと退いていくのが見えた。  効果はあった。けれど、これは対症療法に過ぎない。呪いを根絶やしにできたわけではなかった。ジュリアンは思わずため息を吐いた。 「あの……っ、楽になりました。ありがとうございました」 「呪いが解ける反動として、一時的に激しい倦怠感があるはずだ」 「……はい、ありますけど、呪いは本当に、楽になりました」 「ならば、この薬を試した甲斐があったものだ」 「あのっ……この薬、もしかして、恐ろしく高価なものでは?」 「それほどでもない」 「正直に教えてください。ジュリアン様、どうかお願いします」  この『夜明草の雫』は、千年の時をかけて聖樹の精髄が結晶化した、まさに「命の根源」とも呼ぶべき代物だ。  世界に現存するのはわずか数滴。王族の命を繋ぐ『秘められた伝承』としてのみ語られ、市場価値などという尺度では到底測れない、値の付けようのない至宝だった。  正直に言えば、タクトは萎縮してしまうだろう。けれど、ジュリアンはタクトの真っ直ぐなお願いに酷く弱かった。逡巡していると、タクトの次の言葉が、返事の決定打となった。 「きちんと働いてお返ししますから」 「大した価値はない。子供のお小遣い程度のものだ」  あまりに不自然なはぐらかしに、薬の確かな効能を体感したタクトの表情が、疑念で渦巻いていた。 「フェルサン公爵家が統べる『フェルサン・レリクアリア』は貿易商会だ。シロップ程度のもの、無償で分け与えられないとでも?」 「ジュリアン様、知らない愚か者かもしれません。ですが……」  タクトは熱を帯びた瞳で、ジュリアンの濃い灰青色の瞳を見つめた。 「『フェルサン・レリクアリア』が、人間には不可能な超高難易度の聖遺物を天才的な力で調達・管理し、他国との外交を有利に進めていることも、竜人の長寿を活かした古代魔術や霊薬の開発で、世界が喉から手が出るほど欲しがる特許を握っていることも知っています。……そこから生まれるライセンス料だけで、公爵家が一生遊んで暮らせるほどの富を生み出す機関、その主導権を握っているのがジュリアン様だということも。……これ以上、甘えられません。どうか、私に報いさせてください」 「いい子だ。タクト, 学ばせたわけではないのに、よく知っている」 「ジュリアン様!はぐらかさないで下さい。これまでたくさんの呪いを解くものを無償でいただいてきました。しかしこれ以上、甘えることなどできません。なり損ないでも、それなりの戦闘力はあります。獣人達に混じり、前線に立てばそれなりの成果を発揮することもできるでしょう。どうか前衛職として、戦うための席を与えて下さい!」 「……今の仕事はどうするつもりだ?」 「これ以上、幻滅されたくありません。これからは戦闘職として勤めさせていただきます」 (誰が、番にしたいほど愛しく想う者を他の雄どもと混じらせて、あんな過酷な戦場に置けるというのか) 「言い換えよう。夜明草の雫など、私にとって小遣いで買える程度のものだ。タクトは傷一つない綺麗な身体のままで、私のそばで勤めていればいい」   タクトが小さく息を呑み、拳をぎゅっと握りしめた。  ジュリアンはその動作を見逃さず、自分の失言を悟った。ただ、何がタクトの琴線に触れたのかまでは理解し難く、それでも物理的距離を取られることだけは防がなければならなかった。 「タクト, 君は我々の仲間だ。呪われていい存在ではない。フェルサン公爵家嫡男、ジュリアン・ド・ヴレの名にかけて, 君の呪いは必ず解いてみせよう。――話は以上だ。下がりなさい」  あとで甘いお菓子を届けさせよう。  ジュリアンのその言葉にタクトは、人形のお手本のような笑顔を浮かべ、お礼を言った。 「ありがとうございます、ジュリアン様」

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