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第27話
Ep.27 21 瓦解する白布 下
理論上、その絶望を塗り替える方法は一つしかない。
絶望する燃料である感情を、脳を麻痺させるほどの膨大な「快楽」で塗り潰してしまえばいい。
エサがなければ、魔王の呪怨も生きてはいられない。
呪怨が尽きるまで、心も体も快楽で満たし尽くしてしまえば、タクトの呪いは消滅する。
ジュリアンが抱いてやればいいのだ。一度では無理だろう。
何度も、何度も、何度も抱いて、快楽で満たし、呪怨を小さくし、やがて消滅させる。
タクトの過去を支配した者達と同じにはならない。ジュリアンはタクトを強く愛している。
『黒竜、僕の言葉が分かるなら、お願いだ。僕も殺して』
『これのせいで、僕は自害できない』
そんなことは思いもさせない。どこまでも深く愛して、溺れさせて、必ず幸せにしてしまえばいい。
そうすればタクトの呪いは解け、ジュリアンの番 になり、あとは幸せにすることだけに心血注げばいい。
けれど――脳裏をよぎった不吉な仮説に、ジュリアンは静かに崩れ落ちた。
タクトが少しでも嫌だと思う相手に抱かれれば、拒絶の絶望によって呪いはさらに悪化する。
バシャリ、と滝壺の水面が大きく揺れる。
もしも、タクトが少しでも嫌だと思う相手が、このジュリアン自身であったなら?
タクトの心の奥底にある「勇者の玩具にされたトラウマ」が最悪の形でフラッシュバックしてしまえば、魔王の呪怨はさらに巨大化してしまう。
さらには「ジュリアン様も勇者と同じ。僕を玩具にする」という、これ以上ない深い絶望の海に突き落とすことになる。
信頼関係を築いてきた相手だからこそ、その裏切りの絶望感は、より一層深いものになる。
鱗の効果で行為をしている最中はいい。問題は、すべてが終わった後だ。タクトが我に返って絶望すれば、呪怨は無限に大増殖し、タクトの命を完全に終わらせてしまう。
どこまでも深く愛して、溺れさせて、必ず幸せにしてしまう前に――。
そこまで考えたジュリアンの背筋に、悍 ましい戦慄が走った。
思考を強制的に切り替えるように、ジュリアンは拳を強く握りしめ、目の前の岩肌を激しく叩いた。
ドォン、と凄絶な衝撃と冷気が走り、落ちてくる滝の最下部が一瞬にして氷の刃となって砕け散る。
タクトが呪いで苦しまないようにするために、今の自分にできること。
それは、タクトが負の感情を抱かないように、今まで通り優しく接し、優しく肩を抱き、甘やかに微笑んであげることだけだ。
その役割を他の誰かに譲るつもりも託すつもりもないのだから、自分がするしかない。
理性を保つために、呪いが解けるまで距離を置くという措置は取れない。
距離を置けば、孤独で彼の呪いが悪化する。
これから先、タクトの肉体を維持するためには胡桃も必要になるだろう。
それも、ジュリアンの欲望や欲情を一切取り除いた、純粋な治療としての胡桃が。
そんなもの、作れるだろうか。
こんなに飢えているのに。求めているのに。
(……ならば、リアムに頼り、リアムの鱗をタクトに与えれば……?)
――その瞬間、ジュリアンが嫉妬で狂う。
タクトはリアムを強く慕っている。
そしてリアムは未だ、運命の番 に相手にされていない。タクトがリアムを慕い、その人生を懸けるというのなら、それがタクトの本当の幸せだというのなら、自分は身を引くべきなのだろう――理屈では理解できる。けれど感情では理解できない。したくない。
こんな想いのまま鱗を剥げば、リアムに譲りたくないという強い執着が、独占欲が、不純物として確実に鱗に混ざる。
いや、潜在意識の裡 で、絶対に混ぜ込んでしまう。
――“タクトは私のものだ”と。
ジュリアンの濃密な情欲がそのままタクトの体内へと流れ込み、融け合い、鱗の効果によって肉体レベルで強制的に同期までさせ、タクトを激しく欲情させる。
つまりタクトは、ジュリアンの底なしの欲望をその肉体で強制的に体現させられ――「ジュリアン様に抱かれたい!」と切実な要求へと裏返されて、心まで狂わされてしまうのだ。
もう、ぐちゃぐちゃだ。
これは、彼の「理想」と「獰猛な本能」が引き起こす、完璧な自己矛盾のループだった。
手を出せばタクトを絶望のショックで死なせ、身を引けば己の執着でタクトを精神汚染し、現状維持のまま優しく寄り添えば自分の理性が破滅する。
ジュリアンは、全方位に逃げ道のない地獄の中に囚われていた。
激しい水飛沫の中、握りしめていた拳は力なく解け、ジュリアンは深いため息を、銀月の浮かぶ静寂の夜に静かに落とした。
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