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第29話

Ep.29 22 揺蕩う微熱 下  小姓の身体を直々に清拭する主など聞いたことも見たこともない。  だからきっと甘えてもいいのだと判断して、タクトはジュリアンにそうっと手を伸ばした。  抱き上げられ、満足気に息を吐けば、また、ほんのりと甘く、ミントのように冷涼な香りのするシロップを与えられた。 「『白樺の甘露』だ。呪いを『清める』のではなく、ただ『薄める』効果を持つはずだけれど……よく、効いている」  ジュリアンの腕に抱かれ、与えてくれるものなら、ただの水だってタクトはきっと元気になるような気がした。  濡れた唇の端を、この世のものとは思えないジュリアンの美しい指先が、そっと拭った。  タクトの眉根が寄る。それを見たジュリアンの腕が強張った。 「私に、触れられるのは、嫌、か?」 「いいえ違います。ジュリアン様の手、ひどく冷たくて、それで」  手だけではない。タクトの身体を抱くジュリアンの身体はひどく冷えていて、熱気のあるタクトには心地よく感じるが、これではジュリアン自身は辛いはずだ。 「一体何をして、こんなにお身体を冷やされたのですか?」 「……………風邪を」 「風邪、ですか?風邪がどうかされたのですか?」 「……ひいてしまった」 「…………は?」      竜人が、風邪?  なり損ないのタクトでも生まれてこの方、風邪などひいたことがない。風邪をひく竜人などいるのか?  タクトは起き上がって、ジュリアンの額を手のひらで触れた。ひどく冷たい。 「これ……っ、大丈夫なんですか!?」  ジュリアンの頬に手を滑らせば、頬もつめたく冷えていた。  ジュリアンは美しい彫像のように身じろぎ一つしないのをいいことに、タクトがペタペタと両手でジュリアンの身体に触れていると、両手首をやんわりと掴まれた。  濃い灰青瞳の瞳孔が開いて、竜化しそうになっている。興奮している……? 「あまり大丈夫ではない」 「早く休まれた方が。特殊な風邪なんでしょう?竜人が風邪ひくなんて聞いたことありませんから」 「普通の風邪だ」 「普通の……風邪……」 「そうだ。普通の風邪だ。この風邪は問題ない。それからこの風邪は移らないものだと判明した。風邪を移してはいけないと、距離を置いていていたけれど……もしかすれば、タクトに寂しい想いをさせていたかもしれない」 「……!……!してません!」  ぎゅっと、ジュリアンを抱きしめれば、ジュリアンは冷たい身体で抱きしめ返してきた。何か分からないものが胸にグングンと込み上げてくる。 「すまなかった。タクトは私の宝物だ。絶対に傷付けてはならないと、その一心で。その…余裕をなくしていた…」  タクトは自分でも気が付かないうちに、声もなく泣き始めてしまった。  ジュリアンが以前のように髪を梳き、こめかみに口付けてくれるせいだ。ただその手も唇もあまりに冷たく冷え切っている。 「僕は生まれてこの方、風邪なんてひいたことありません。だからこれからも風邪はひくことないでしょう」  ジュリアンの袖をぎゅうっ、と握り締めた。 「だから距離なんか必要ないんです! 分かりましたか!?」 「分かった。もう離れない」 「で、でも、もし、つ、つ、(つがい)様が」 「作らない。タクトが居ればいい」  背中を優しく撫でられて、指先に口付けされて、身体が弛緩した。  いつかリアムを見る目で自分を見てほしい――そんな、訳の分からないことをジュリアンが真顔で言い出すから、タクトは臥牀(ベッド)にジュリアンを引っ張り込んだ。 「タクト……!?」 「少し休んで下さい」  美しい錦で作られた掛け布団――錦被(きんぴ)を上からバサリと被せ、その大きく冷えた身体を小さな身体で懸命に抱き込んだ。  ジュリアンは艶やかな黒髪まで凍りつくように冷たくて、居ても立ってもいられなくなったタクトは、その冷たい黒髪に自身の体温を分けるように、唇を、落とした。 「タクト、それは困る。辛くなる」 「お忙しいのは分かってます。こうして時間を消費してしまえば後が辛くなることも。ですが身体が暖まるまで、しばらくこうして休んでいて下さい。風邪は温めて治すと聞いたことがあります」 「……分かった。けれど」  ジュリアンが身体を滑らせ、タクトの華奢な身体をその大きな体躯で閉じ込めるように抱きしめた。熱い吐息がタクトの耳朶を掠める。 「すぐに熱くなると思う。タクトがあまりに可愛すぎるから」

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