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第33話
Ep.33 25 零れる熱情とすれ違う心 下
「黒竜の鱗」が本来持っているのは、相反する二つの力を反発させずに、完璧に融和、安定させる力だ。ジュリアン自身がその鱗の持ち主であるなら、タクトが彼の首に腕を回して密着した瞬間、ジュリアンの放つ強力な竜気と体温が、タクトの体内に眠る「鱗の成分」を一気に活性化させる呼び水となった。
タクトの心に絶望が走った瞬間、呪いは確かに暴走しかけた。本来なら、その拒絶反応に普通の人間である身体が耐えきれず、そのまま壊れて死に至るところだった。しかし、ジュリアンに必死にしがみついたことで、鱗の効果は最大化された。
暴走する「呪い」という死の拒絶。 そして、内側からせり上がる強烈な「劣情」が混じる生への執着。
この二つの相反する熱が、ジュリアンの体温と混ざり合うことで爆発を免れ、タクトの体内でギリギリの均衡を保ったまま融和した。
そうして、これ以上の崩壊を防ぐ安全装置のように、安定した状態(昏睡状態)のまま沈静化されたのだ。
(──助かった、のか)
目の前で、タクトが緊張の糸が切れたようにふっと力を抜き、ジュリアンの腕の中で完全に意識を失った。
「タクト……っ」
ジュリアンは言葉にならない安堵の吐息を漏らし、気を失った小さな身体を、壊れ物を扱うようにそっと、けれど離すまいと強くその胸に抱きしめた。
――タクトは、自分が拒絶されたと思って絶望したのだろうか。
違う。ジュリアンはタクトを拒絶したつもりなどなかった。タクトをこれ以上怯えさせないために、ただ身を引いただけだった。
タクトが口にした「ジュリアン様でいっぱいにして下さい」という、あまりにも無防備で従順な言葉。まるで過去の所有者たちにそう教え込まれたかのような『歪んだ懐き方』の型に、ジュリアンの胸は酷く抉られた。
「誰に、そんな歪んだ懐き方を教わったのか」と問い詰め、タクトを穢した過去の男どもをこの手で蹂躙し、その存在ごと世界から跡形もなく消滅させてやろうと考えた。
けれど今はその時ではなかった。
タクトが自ら名を呼んだガレルに引き継ぎ、彼のもとでタクトを休ませてあげようとしただけだった。これ以上不安にさせないよう、己の肌すら触れさせないようにして。
それなのに、その配慮が、タクトを絶望させて呪いを暴走させてしまった。
『ジュリアン様が、いいんです! ジュリアン様じゃないと、無理……っ!怖い…っ!』
縋りつくようなその叫びを前にしても、ジュリアンは素直に喜ぶことができなかった。
鱗を介してタクトの身体に流れ込むのは、「生きて欲しい」という純粋な願いだけではない。相反する力を融和させる過程で、ジュリアン自身の抑えきれない「情欲」そのものもまた、その衝動に混ざり合ってしまう。
だからこそ彼は、タクトの心に宿る熱い想いを――自分の強い情欲が鱗を伝ってタクトの神経を強制的に支配し、形作っている「偽りの感情」にすぎないと思い込んでいた。
鱗の同期は、言わば操り人形の糸だ。
ジュリアンが昂ぶれば、その欲は容赦なく鱗を伝い、タクトの心を自分の欲のままに狂わせ、飼い慣らすように染め上げてしまう。ジュリアンが動けばタクトの心も動く――その現象は、愛の証などでは決してない。
自分がタクトという存在を意のままに操り、その内側を毒のように侵食しているのだという、強烈な罪悪感を生む。
だから彼は、タクトの「ジュリアン様がいい!」という切実な訴えさえも、自分の欲に仕立て上げられた人形の悲鳴なのだと勘違いし、真っ直ぐに受け取ることができずにいた。
──しかし、ジュリアンは知らない。 タクトが彼にすがりつき、その身を焦がした熱が、鱗による強制的な同期などではなく、タクト自身の魂から溢れ出した純粋な恋慕だったことを。
彼は己の罪悪感を罰するように、タクトの額に深く唇を寄せた。
(鱗があれば、タクトを意のままに操れる。けれど、それでは──)
それをしてしまえば、自分が愛したタクトはもう、どこにもいなくなってしまう。
ジュリアンはその事実がひどく悲しく、ただひたすらに、目の前のタクトを抱きしめることしかできなかった。
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