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第36話
Ep.36 27 ほどける誤解と白銀の悲嘆 下
ヴァロアを先頭に、ガレルに抱えられたタクトは、視界を染める青々とした広大な緑を一瞬で通り抜けた。
弾かれるようにして飛び込んだのは、そびえ立つ岩肌の裂け目――あの一年前、黒竜と共に過ごした見覚えのある洞窟だった。
「――ここは……っ」
タクトは息を呑み、目を見開いた。一年前に黒竜と過ごした、あの懐かしくも切ない洞窟が目の前に広がっていたからだ。
「ん? そういえばジュリアン様がここでタクトと二年過ごしたって話、聞いたな」
ガレルの何気ない一言に、隣でヴァロアが「ガレル!死にたいのか!?」と凄まじい形相で睨みつけた。
これ以上踏み込んではいけない。タクトが反射的に身をすくめ、息を止める。
でもそんな張り詰めた空気を物ともせず、ガレルは不敵に笑い飛ばした。
「心配するな。教えてやるよ」
ヴァロアが顔色を失い、絶句してガレルを凝視するのもお構いなしだ。ガレルは前を見据えたまま、淡々と事実を語り始めた。
「この神寂 びの洞窟は、代々フェルサン公爵家『次期当主』が管理している。一年ほど前までジュリアン様が管理なさっていた。リアム様に次期当主を譲ったのは、番 候補ーーつまりタクトを見つけたからだ」
息を呑むタクトを見て、ヴァロアは小さくため息を吐いた。
「……もうそこまで話したのなら、すべて教えて差し上げなさい」
その言葉に、ガレルは肩をすくめて快活に笑う。
「今も昔も『フェルサン・レリクアリア』の実質的なトップはジュリアン様なんだよ。その知性と武力で大陸の経済をずっと牛耳っておられた。ただ、一年前、タクトを最優先にするため、ジュリアン様は総帥の座つまり次期当主を弟君であるリアム様に譲り、せかせかした実務から離れられた。すべてはタクトの呪いを解くための研究や、聖遺物の調達に己の全力を捧げるためだ。で、最近、総帥となったリアム様がまさかの『運命の番』を見つけてしまわれた。そこで本能に支配されたリアム様に代わり、仕事がすべてジュリアン様の元へ逆流し、強制復帰させられたってわけだ」
「……そんなこと、知らなかった。僕はずっとリアム様が黒竜様だとばかり……」
「箝口令敷かれてたから、知らなくて当然だ」
「どうして…そんな、こと」
ガレルは前方を突き進む足を緩めず、ふっと口角を上げた。
「一人の男として、タクトに選ばれたかったんじゃないのか?正体を隠し、『何も知らないタクト』が自分を求めてくれることを願い、自分の全存在をかけて努力し続けてきた――俺にはそう見えるがな」
景色に浸る暇もなく、ガレルの足は矢のような速度で深い暗闇を突き進んでいく。やがて辿り着いた最奥の開けた空間に、それは厳かに鎮座していた。
視界を圧倒する、巨大な氷の門。
「タクト様、鍵を」
ヴァロアの促しに、タクトは震える手で砂糖菓子とベリーの繊細な装飾の施された美しい宝石付きの鍵を取り出した。
鍵が神秘的な光を放ち、二人がその重厚な門を開放した瞬間――。
凄まじい暴風とともに、一気に絶対零度の神聖な空気が吹き荒れ、世界の色が鮮やかな「藍と氷」へと切り替わった。
「――っ、く、やはりここまで……か……!」
凄まじい暴風とともに一気に絶対零度の神威が吹き荒れ、ガレルがその場に膝を折り、ヴァロアが苦渋に満ちた声を漏らした。
その激しい冷気の嵐の中でただ一人、タクトだけが平然と立ち尽くしていた。
手にしている鍵。ほんのりとジュリアンの気配がするーー首に飾った項圏 からも。
ヴァロアから事前に聞いていた。
巨大な氷の門の向こうは「タクトしか入れない」と。「ジュリアンを見つければ、引きずってでもいい、連れて来て欲しい。あとは我々が何とかするから」とも。
「タクト様、ジュリアン様を、どうか、頼みます。結界の揺らぎ方からして、あの方の限界は近い。古代種級の竜人といえど、短時間でそこまで生命の結晶を削れば、さすがに限界を迎えているはずです……!」
門から最奥の祭壇まで、真っ直ぐに一本の道が伸びていた。床は透き通った結晶氷でできており、歩くたびに微かに星屑のような燐光が舞い上がった。
広大で、誰もいない、時が止まった天井の高い氷の神殿。その遙か先――一番奥にある祭壇の前で、何もかも忘れさせるような美貌を持ったジュリアンを見つけた。
深い闇のようにも、濡れた極上の黒絹のようにも見える漆黒の鱗が、あたり一面に広がっている。
青白い光芒 が神殿を染め、中心で小さな稲妻が発生した。
「タクト、どうしてここに来た?」
氷よりも冷たい空気が流れてきた。
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