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第40話
ep.40 30 青き瞳の微熱、本能の淵で眠る 下
タクトが目覚めると、見覚えのない部屋で寝かされていた。重厚で逞しい存在感、さらには気高さや威厳をも感じさせる美しく広い部屋は素材に技と粋とが凝縮された名品とも言うべき調度品が揃っていた。
ジュリアン・ド・ヴレ、その名に恥じない堂々とした美意識がそこには幾多にも詰まっている。
大きな窓から差し込む月光が、天蓋の帳を透かして床に長い影を落としている。衣服の微かにすれる音。帳を指先が払いのけられ、ジュリアンが侵入してきた。その瞳は真っ青だった。瞼に口付けしたいなと思っていると、ジュリアンの綺麗な片方の眉が上がった。
「目が覚めたのなら、これを飲みなさい」
まるで宝石のようなグラスを受け取ると、輝く琥珀色の液体が揺れていた。その辺で売られている量販物の飲み物ではないのが一目で分かる。
こんなに甘やかされていいのだろうかと、飲むのを躊躇していると、頬に口付けられた。ジュリアンから狂おしいほどにタクトを求める熱情が伝わってくる。
声まで聞こえる気がする。欲しい、愛おしいと囁く心の声が。
音にならない声が響くたび、タクトの心は甘く疼き、どうにかなってしまいそうだった。
「ジュリアン様」
意識的になのか無意識なのか分からないので、はっきりと咎めることはできないけれど、タクトが真っ赤になって名を呼ぶことくらいは許されるだろう。額に又、音を立てて唇が落ちてくる。
「呪いという『常に魂を削る冷たい棘』が消え去ったことで、タクトの身体は休息を必要としている。それを飲んでもう一度寝なさい」
早く、と促されて琥珀色の液体を飲み干すと、眠気が又、タクトを襲ってきた。
横になって、ジュリアンの袖を引けば呆気なく、その身体はタクトの元に落ちてくる。重さはない。ジュリアンはきちんと自分の体重を自身で支えている。
重くてもいい。抱きしめて欲しい。そう思って衣装の裾を引くと、頭頂に口付けが落ちてくる。
きっちりと整えられた襟を掴んだまま顔を上げると、顔中に唇を押し当ててきた。タクトがくすぐったさに首をすくめれば、ジュリアンが喉を鳴らして笑った。
「早く休みなさい」
「は、離れたくないって、言ったら…?」
「……離さない」
すっぽりと囲われたまま、タクトはとろとろと眠りに誘われていく。
「次、起きたら、絶対に番にして下さいね」
「ああ」
「その…ジュリアン様もそうでしょうけど、僕にも自浄効果があるので、どこもかしこも綺麗ですから、がっついて大丈夫ですよ」
「がっついて…分かった」
「あと、あと、僕にも超回復がありますから、遠慮なく、いっぱい可愛がって下さいね」
「タクト」
ジュリアンが切羽詰まった表情でタクトを見下ろし、吐息が触れそうな距離まで近づいてきた。
「……余裕がない。愛しているんだ、タクト、ずっと、ずっと前から」
「僕も同じ……ん、ぅっ」
唇を塞がれた。ジュリアンの唇がタクトの唇を激しく吸い、角度を変えて深く重なっていく。ぞくりとする感覚が這い上がり、ジュリアンにしがみつくと薄く開いた唇から彼の舌が口内に入ってきた。絡まり合うと強烈な快楽が生まれてタクトは息を乱し、身体を擦り付ければ、お互いの昂りを確認し合うことができた。
濡れた音が響いて唇が離れると、ジュリアンの青い瞳が情欲に濡れていた。
ゾクゾクする。
竜人は番を繋ぎ止めるために、優れた容姿と優れた性技を誇る特性がある。
上位種ならなおさら、口付けだけでタクトの快楽をきっちりしっかり引き出していた。身体は泥のように疲れていたけれど、ジュリアンが今すぐ欲しくて、たまらなかった。
ジュリアンがなだめるように、タクトの肩を撫でてくる。
「身体を休めるのが先だ」
「……っ、……っく!この、状態で……っ!?」
くつくつと笑うジュリアンに抱きしめられながら、抵抗できないほどの睡魔が襲ってくる。
「呪いを解くために使ったエネルギーが『タクト自身の生命力(生存本能)』そのものだった。間違いなく強烈な反動がある。無理はしないでいい」
「……起きたら……」
「番にする。ただ、私には……子供を授かる力が足りないかもしれない」
すとんと腑に落ちることがあった。
人間界には馬とロバの間に生まれる「ラバ」がいた。両親の強靭さを受け継ぎながらも、ラバには子をなす能力を持っていなかった。
なり損ないと言われるタクトもやはり、同じなのだろう。
けれど、ジュリアンはタクトの肩から「不完全であることの重圧」をすべて剥ぎ取ろうとしている。泥を被ってまで。
きっと、ジュリアンはタクトとの間に子供ができないことを以前から知っていた。それでもタクトと番いたいと望んでくれた。
タクトの目に涙が滲んだ。悲しかった訳でも悔しかった訳でもない。ジュリアンの深い思いやりがどこまでも嬉しかった。
ジュリアンにしがみつくと彼は優しくタクトの背を撫でながら、髪に優しく口付けを落とした。
「恨むなら、私を恨むがいい。それでも私は生涯タクトを誰よりも何よりも大切にする」
「恨みません。恨むはずなんてないでしょう。僕も精一杯、ジュリアン様を大切にすると誓います。だからずっとそばに置いて下さい」
口付けを望めば、触れるだけの口付けを与えてくれた。
「…ずっと怖くて聞けなかったことがあります。聞いてもいいですか?」
「タクトが望むなら」
「ジュリアン様を庇って僕は呪われましたけど、今の僕なら分かります。ジュリアン様なら、呪いを跳ね返せましたよね?僕は余計なことをしてしまったんでしょうか?」
髪に何度も口付けが落ちてくる。
「守ることはあっても守られたのは初めてだった。あんな風に嬉しく思えるのだな。守ってもらえると言うのは。さぁ、今は目をとじなさい。ここで離れず、目覚めるのを待っているから」
「……ジュリアン様、愛してます……」
(僕はジュリアン様に出会ってから、ずっと守られていた)
洞窟、シャンヴァンヴィルでの保護、鱗、呪いを解くための呪具。
(でもいつか、ジュリアン様を守れる強さが僕にも欲しい)
ジュリアンに抱きつくと、安堵に包まれ、タクトは微笑んだまま、子供のような深い眠りへと落ちていった。
その髪を優しく撫でるジュリアンの手は、ただただ温かかった。
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