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第43話

ep.43 32 狂熱の祝祭と平穏の巣  タクトは、竜人であるジュリアンに身体の奥をマーキングされるとどうなってしまうのか、竜人の習性である『蜜月』が何なのかを、学ばずに番った。  熟れた内部がジュリアンを欲しがり、抗いようもなく彼を求め始めることなど、想像もつかなかった。  タクトはみっともないほどに発情してジュリアンの首っ玉に齧り付き、中出しを強請った。ジュリアンはこの時ばかりは邸宅から全ての者を排除し、タクトのためだけに存在し、どこまでも尽くした――いわゆる蜜月である。  やがて霧が晴れるように発情が治まると、タクトは竜人のマーキングと蜜月が何であったのかを、身をもって正しく学んだ。 「最初に教えといて下さいよ!」 「知っているものだとばかり」 「絶対わかっててやってるでしょ!」  ジュリアンはタクトに口付けひとつ。身支度を整え合って二人が部屋から出ると――国中の空気が沸騰していた。 『あの』ジュリアン・ド・ヴレに番ができた。その事実が、シャヴァンヴィルの空気を一瞬にして塗り替え、狂熱の祝祭へと変えていたのだ。  絶対的治安と栄えし獣人の都『シャヴァンヴィル』。その経済的心臓部を握る公爵家嫡男であり、国家最高峰の魔導・聖遺物商会【フェルサン・レリクアリア】の総帥。  先祖返りの青い瞳を持ち、古代種級の竜人に勝るとも劣らない戦闘能力を誇る絶対者。  世界中の生物が美を競い、あの手この手で彼の関心を引こうと躍起になったが、彼は誰に対しても等しく無関心だった。  ヒエラルキーの頂点にいる彼には、やはり古代種の竜人でなければ釣り合わない――誰もがそう噂し、諦めていた。けれど古代種の竜人など、砂の中から砂金を探すより困難なことだ。  ジュリアンは、番を見つけることなく生涯を終える。誰もがそう信じて疑わなかった。  だが、事実は違った。  タクトが、その絶対者を選んだのだ。 (え、そんな認識なの……?)  ジュリアンはあんなにも独占欲をむき出しにして周囲を威嚇し、惜しみなく貢ぎ、思い悩み、シャヴァンヴィルを氷土に変えてしまったというのに。タクトは、彼が必死に紡いできた愛の言葉や行動の数々を、ただの「親切な日常」として受け取っていたようだ。  ジュリアンがタクトを連れて帰還した時、元帥たちは感激のあまり、声を上げて号泣した。  竜人は番至上主義であり、番を得た竜人は当然のように全能の力を番の為に振るう。  経済の心臓部を握る絶対者が番を得たことは、文明と社会構造を一気に加速させた。 【フェルサン・レリクアリア】の全リソースはタクトの衣食住を完璧に整えるために再編され、ジュリアンの求める「最善」が即ち「国益」として、魔導技術は異次元の速度で進化し続けている。  タクトの身を守ことは国家最優先の決定事項となり、近衛騎士の編成にあたってはジュリアン自らが志願者を面接し、直々に模擬戦を行うという苛烈な選別が行われた。  その為、最強の竜人と拳を交えられる好機に、武闘派たちは血を煮えたぎらせ、近衛騎士団の編成は国家プロジェクトという名の「狂乱の饗宴」と化している。  実務的な治安維持を担う下位組織でも、状況は同じだった。職務そのものが、ジュリアンの目に留まるための「最強の鍛錬」の場と見なされていたからだ。街の至る所で猛者たちが競い合い、警邏の現場さえもが高みを目指す者たちの舞台となっている。  タクトが歩くかもしれない、あるいは彼が望むものが届くかもしれない――その可能性のためだけに、大陸全土の交易路は竜人軍によって完全防備され、都は未曾有の繁栄を享受している。  かつて国を凍てつかせたジュリアンの焦燥は、今や「完全な所有」によって満たされ、彼の支配はより冷徹かつ完璧なものとなった。彼にとってこの世界とは、番を囲い込むための揺り籠に他ならない。  その盤石さを揺るがせる者は誰一人としていない。もはやこの都において、タクト自身の出自や能力など重要ではなかった。  街を行き交う竜人たちの視線は、タクトをただの「なり損ない」として見ているのではない。それは、かつてこの地に舞い降りた「神」を拝む眼差しに近い。  元帥たちにとって、タクトはすでに信仰の対象そのものだった。ジュリアンという絶対強者を完全に手懐け、この国を無双状態へと導いた「奇跡の番」として、彼らが抱く感情は敬意を遥かに超えた、熱狂的な信仰へと変貌していたのだ。 「やめて下さいよ! 大袈裟でしょ! 第一、僕、まだ後継者問題をクリアしてなくて……」  だが、ジュリアンの寿命は、彼ら新種よりも四倍、五倍と長い。後継者問題など、現時点では些事に過ぎなかった。 「いずれジュリアン様とタクト様に子が授かるかもしれないし、あるいは都合よく先祖返りが生まれるか、それもなければ、遠縁から最も適した個体を選べばよいだけの話だ」  それがフェルサン家が数多の時代を生き抜いてきた「やり方」であり、絶対的な論理であり、彼らは後継者問題になど微塵も執着していなかった。 「ついに……! ついにジュリアンが、我々の生きている時代で運命の番を見つけてくれた……!」  と、感無量で号泣しているのはジュリアンの両親達だ。 「タクト様! 何か御入用はございませんか! 国中の宝でも、星の欠片でも、何なりとお申し付けください!」 「そうだ! 我々の加護など微々たるものですが、どうか! どうかタクト様の健やかなる日々のために!」  彼らは全力を挙げてタクトを甘やかし、神輿に担ぎ上げようとした――けれど、それをジュリアンが許さない。  そんなことをすればジュリアンがタクトを自分以外の視線から完全に遮断しようと、その細い腰を抱き寄せてしまうのを、国中の誰もが知っていたからだ。  だからこそ、国中の竜人たちが、タクトを「我らの一員」として全力で受け入れ、全力で守ろうとした。 「なり損ない」という、タクトがずっと抱えていたであろう劣等感や自己評価の低さを、竜人たちが「そんなの関係ない!」と粉砕したのだ。 「なり損ないだろうが何だろうが、ジュリアン様が選んだ番なら、それはもう我らの誇りだ」  その、竜人たちの「強者の論理(番至上主義)」が、タクトを全肯定した。  圧倒的な承認の波に飲まれ、タクトはふと、隣に控えるジュリアンを見上げた。 「ジュリアン様は、こうなるのが分かって……?」  あの日、洞窟であった会話をタクトは忘れていない。  ジュリアンはなり損ないのタクトを同じ仲間、竜人だと『ぎこちなく』肯定してくれた。  それが黒竜(ジュリアン)の慈悲(優しい嘘)であることは分かっていた。  黒竜はこうも言っていた。 『そうだ。仲間だ。君はずっと人間と暮らしてきたのだろう? ならばこれからは、私の故郷に身を寄せるといい。私の同胞たちは、必ず君を歓迎する』と。  感動するタクトに、神授の美貌を持つジュリアンはゆったりと首を振り、「考え過ぎだ」と目を細めて微笑んだ。 「こ、こんなにうまく行き過ぎると怖い……」  タクトが両腕で自身を抱きしめてそう零すと、翌日からタクトの望んだ通り、以前のような平穏な日々が戻ってきた。  ただ、その日常の随所には、ジュリアンからの逃げ場のない甘い日々が、たっぷりと言い含められるように織り交ぜられていたのは言うまでもない。  ◇  穏やかに紅茶を啜る番を眺め、ジュリアンは口元を優美に綻ばせる。  タクトが望むのであれば、この都の空気すらも常に心地よい温度に保ち続けたいと切実に思っていた。  かつて国を凍てつかせたその力は、今やただ、タクトの穏やかな微笑みを守るためだけに最適化されている。  誰にも邪魔させない。何一つ不安など感じさせない。  この楽園で、ジュリアンの愛は今日も、誰よりも静かに、そして誰よりも深く、タクトの日常を慈しみ包み込んでいる。

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