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第2話

「……おい、なに勝手に足崩してんだ? 正座だって言ってんだろ?」 「正座したことないんだけど」 「さらっと嘘こくなっ!」 「こうだっけ?」 「それは姫座りぃ……はあ、もうなんなのお前? 遅めの反抗期? 芸能界行くと、脳の発達が衰退すんのか?」 「ははっ、こいつ本当に口悪い」 「聞こえてんぞてめぇっ!」  罵倒を浴びせる権利はあろうと、浴びせられる謂れはないはず。一体どんな教育を受けてきたのか、是非とも親の顔を拝んでみたいものだ。  憤怒を超過した呆れが漂えば、空気の読めない男が、再びベッドへと攀じ登ってくる。 「……お前さ、いい加減にしろよ? 空気読めないの?」 「まあまあ、謝ったじゃん?」 「お前のAIアシストがな」 「もう過ぎた話だから」 「それって、お前が言っていい台詞じゃないんだけど……」  はぁっと、零れ落ちた溜め息に、疲労感が混じり込む。  高校生のころも、色々とズレてる不思議ちゃんだったが、華やかな業界に身を置いたことで、それが悪化したのだろう。この顔にこの身体、さぞモテはやされたことだ。ど庶民の男がすればドン引き案件も、イケメンがやれば愛嬌になる。不平等な世界だが、それが現実。  やれやれと後頭部を掻き、利央は寝転んだ馨の顔を覗き込む。 「あとさ、こいつじゃなくて伊波な。伊波利央。同じ高校だっただろ?」 「知らないなあ〜」 「『知らない』じゃなくて、『覚えてない』な? 相変わらず日本語変なんだな」 「発音が変?」 「言葉選びが変」 「中村さん、変だって?」 『具体的にどちらが変だったか、お伺いしても宜しいでしょうか?』 「宜しくない、宜しくない。勝手にAIを会話に混ぜるな」  断りもなく話へ割り込んできたAIを蹴散らし、ついでに、無作法な男の耳を引っ張る。強引に起き上がらせると、淡い色の瞳が艶やかに瞬いた。 「……なに?」 「いや、なんだろう……君、誰だっけ? なんかここまで出てきてる気がする」 「もういいよ、思い出さなくて。モブ顔なのは自覚してるから」  全てのパーツが美しく揃った顔面の前で、完全遺伝の三白眼は比較の土台にも上がれない。記憶の端にも掛からずとも、こちらには文句の言いようがなかった。  利央はベッドから降り、正面のガラス窓へと足を向ける。 「なんか外真っ暗でよく見えないんだけど……ここ、どこなんだろうな? 里見、知ってる?」 「俺の部屋だよ」 「お前、立体駐車場にでも住んでんの?」  内装の奇抜さからして、アブノーマル色強めのラブホか、もしくはガチの刑務所か。落差の激しい候補を挙げていたところ、まさかのご自宅で困惑する。  先日、建築学を学ぶ友人に、マイクロセメントを使用したデザインが流行っていると、耳にしたばかりだったが、目前のこれはどうみてもコンクリ。ここが本当に自宅であるのならば、なかなか尖った感性の持ち主だ。 
 「お前の自宅ってことは、都内なんだよな? 最寄駅どこ?」 「わかんないな。中村さん、座標なんだっけ?」 「『住所』な」 『E-856.09667H955-367477-G-DE9245です』 「いやいやいやっ、そんなん言われてもわかんないから。地図で見せてよ」 『…………』 「おいこら、ガン無視か! ……里見、お前のAIアシスト、ちょっと反抗的だぞ」 「はあ〜眠くなってきたなあ。ほどよく喧しくて、二度寝日和だぁ」 「なあ、会話のキャッチボールって知ってる? 三歳児だって、もっとまともな受け答えすんだけど?」 「中村さん、ライト消して」 『消灯します』 「しないでしないで、まだしないで〜」  母国語を使っているはずなのに、なぜか会話が成り立たない。融通が利かないAIは主人にデロ甘で、ゲストには塩対応。照度が落ちると共に、可愛らしいオルゴールの音まで流してくれる溺愛ぶりだ。 「……悪けど、疲れてるんだ。話なら明日聞くから、寝かせて」  くたりと頭部を凭れさせ、馨は重力に引き摺られるまま、ベットへと突っ伏した。よほど疲労しているのだろう、見下ろした顔色は青白く、目元には隈もできている。   「……芸能人って大変なんだな。もっと華やかな生活してんのかと思った」 「芸能人?」 「あれ、モデルだっけ? 駅の広告見たよ、半裸で寝転んでるやつ。股間ギリギリまで攻めてたけど、公共の場でよく許可降りたな」 「ああ、あれか……濡れた?」 「濡れた濡れた、大洪水ですぐ便所駆け込んだわ」 「あはっ、雑すぎ」  どれだけの仕事量をこなしているのかは知らないが、過酷な労働環境にいることは、容易に察せられた。彼の言う「自宅」からは一切の生活感が感じられず、代わりに天井の四方にはカメラが仕込まれている。  所属事務所からの指示なのだろうか。プライベートの時間まで金にしようなんて、まともな人間が考えつくことではない。 ――まあ、赤の他人が口出すことでもないけどな……  カメラが隠しもせずに設置されているということは、本人も了承済みというわけだ。  利央はゴロンッと馨の横に寝転がり、巨大なガラス窓の向こうに広がる暗闇を見つめた。  ただの映像にしては奥行きを感じる。ナノダイヤモンド粒子を用いた透明スクリーンで、映像を重ねているのだろうか。しかし、それにしては解像度が高すぎる。  なんにしても、大掛かりなセットであり、生半可な契約で、専属モデルを飼い殺しにしているわけではないはず。  むむむっと頭を唸らせていると、背後から手を伸ばされる。器用に手探りでボタンを外し、下降した左手が、はっと何かを思い付いたかのように、差し止まった。 「利央……そうか、あの利央か」 「ん? どうした?」 「ちょっと思い出してきたかも、君のこと」 「おおっ! そうだよ、一緒に学祭の実行委員やったもんな?」 「そうだっけ?」 「えっ? それじゃないの?」 「いや、入学初日から教室で大暴れして、呼び出しくらってた大バカだなって」 「……お前さ、なかなかいい性格してんな」  人を煽るだけ煽った後に、服を脱がし始めては、はむはむっと肩を甘噛んでくる。「学習能力のない大バカ野郎はてめぇの方だろ」と活を入れ、利央は馨の背を蹴り飛ばした。

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