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第7話
「……なにこれ? ランキング表?」
「そう、オンタイムの人気ランキング」
「へえ〜。お前、ぶっちぎりの一位じゃん」
開かれたアプリに表示されたランキング表。どこの言語だかわからない文字で埋め尽くされる中、馨の顔が王座に添えられていた。
横のゲージが、彼の所有ポイント数を示しているのだろう。下に並ぶ者とは圧倒的な差があり、その人気度が窺える。
「定期的に知能テストがあって、その数字がそのままランキングに反映されるんだ」
「この前のやつのこと?」
「そう。でも馬鹿だからダメかっていうと、そうでもなくて。愛嬌があるだけで、順位が上がる奴もいる。フォロワーが増えたり、投げ銭が入れば、それだけでも数字が加算されるからね」
「ガチで言ってる?」
「ガチだよ」
話を盛っているにしては、随分と大掛かりだ。第一、そんな嘘をつくメリットが見出せない。
グラつき掛けた『常識』に、追い討ちを掛けるように、馨は先を続けた。
「俺の飼い主 はバックに太い会社が付いてるから、こうやって外で社会経験 させてもらえるんだけど。酷いとこだと、子供の遊び道具にされて、ぐちゃぐちゃにされるらしいよ」
「ぐちゃぐちゃって……お前も腹に傷が……」
「ん? ……ああ、これか。そうだよ、兄さんたちに付けられたんだ。俺がまだ五歳の時だったかな? ヌルは愛着が湧くと噛む癖があって、油断してたらガブッてやられた」
あははっと声を出して、まるで大したことではないかのように言ってのける。
昨日見せられた傷は大層なものであり、痛々しい縫い痕も確認できた。命を落とさなかったのが不思議なほどの大傷だ。
トラウマになっても、おかしくはないはずなのに――この男には恐れというものが、ないのだろうか。軽く口にできる感覚が理解できず、利央は瞳を震わせる。
「お前さ……なに、笑ってんの? お……おかしいだろ? ……いっぱい、血出たんじゃないのか? なんで……そんな平気な顔してんだ?」
「全然平気じゃない。痛かったし、唇が裂けるぐらい大きな声で叫んだ。……だけど、誰も助けに来てくれなかったんだ。泣いても叫んでも、俺はずっとあの部屋で一人だった……」
ボソッと落とされた台詞に奮い立てられ、落ち掛けていた視線が引き上がる。見据えた顔は相変わらず、お綺麗な微笑を携えていたが、淡い色合いの虹彩が一度だけ収縮する。
たったそれがだけの動きで、察してしまった。それが、ただの強がりであるということに。
「そ……だよなっ、こんなに傷跡が残ってんだから。痛かったよな……っ、一人で、誰も助けに来てくれなくて、怖かった、よな……っ」
目尻が熱くなり、ボロッと大きな雫が頬を流れる。利央は慌てて手で押さえるも、溢れる涙は重力に抗えぬまま落下した。
幼い頃の脳は未熟だ。
楽しいことと面白いこと、そして安心感で満たされている。大切に扱われ、たくさんの愛を吸収して育つもの。そんな中、突然の痛みは、心を抉られるような経験だったはず。
いくら声を張り上げて助けを求めても、やめてくれと泣き叫んでも。非道な行いは止まらない。生きながらにして味わう苦痛は精神を蝕み、絶望を与えたことだろう。
彼が今、この場で笑っていられることは、奇跡なんかじゃない。
何百、何千回と繰り返し練習し、作り上げた笑顔なのだ。
「――えっ? ……利央、泣いてる?」
「ちょっ、ごめん、……今こっち見ないでっ」
「なんで? 俺なんか痛めることした? どこが痛いの?」
ポタポタッと滴る雫を前に、驚いたのだろう。馨は利央の涙を拭い、強引に顔を押し上げた。
生温い液体の中に沈み込んだ瞳が、遠い景色を映し出す。
ぼんやりと浮かんだ提灯の灯り。
鮮やかな浴衣が視界を彩る夏の宵。
息を切らし、汗を滴らせながら探し求めた簪は見つからず。緩く握られた右手は空を掴むばかりだった。
利央は一度だけゆっくりと瞬きをすると、自身を見下ろす馨へと視線を定める。
「……痛める、じゃなくて、『傷付ける』だろ? 小学六年で習う漢字だからな」
「ごめん、傷付けるつもりはなかった」
「お前は誰も傷付けてないよ……これは、お前のせいじゃない」
「でも、利央が泣いてる」
せっかく否定したというのに、まだ懸念は拭えなかったのか。
馨は利央の背に手を回し、力強い抱擁を与えた。
触れ合った箇所から、相手の体温が感じ取れる。自分とは異なる鼓動の速さ、大きな肺が膨らむ呼吸の深さ。お互いを知り始めてまだ数日だというのに、心地よさを感じしてしまうのはなぜなのか。
子供のような温かさの温度に絆され、トロンっと目が潤んでしまう。抱き締める腕の力が緩まると共に、大きな手は徐々に下降する。脚衣の中へと押し入り、尾骨あたりで硬い指先の感触を覚えると、利央は強めに馨の頭部を叩いた。
「……おい、どさくさに紛れてなにしてんだ。手退けろよ」
「でも、喧嘩の後の交尾はすごく興奮するって聞いたから」
「誰も喧嘩してないし、そもそもどこ情報だそれ?」
「昨日見た動画、『ドキッ♡ 肉厚我儘ボディーのNTR妻・朝まで元気にお清め搾り』から」
「どいつもこいつも、性癖がアブノーマルだなあ~」
そんな変な教材ばかり与えるから、肝心の常用漢字が伸びないのだ。日本語のチューターうんぬんの前に、まずこの問題児が、どの程度の常識を持ち合わせているのかを、知る必要がある。
長期戦だなと溜め息を漏らし、利央は首筋に歯を立て始めた男を、容赦無く蹴り飛ばした。
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