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第9話
◇ ◇ ◇
仄暗い洞窟のような廊下を通り、滑らかなカーテンを開いた先。視界いっぱいに広がる桜吹雪は幻想的で、しばらく声を失ってしまった。
黒い空からヒラヒラと舞い落ちる薄桃色の花びら。それらが肌に触れることはなく、すうっと透過しては、身体をすり抜けていく。ただの映像だとわかっていても、視界を埋める桜色は圧感だ。
利央は馨に手を引かれ、薄く乳白色の微温湯が張った床を歩く。
一体どのような映像技術を用いているのか。前後左右に首を振っても、境界線は見当たらない。代わりに、天空から吊るされた球状のガラスは遠くまで列をなし、まるで生き物のように、眼球を瞬かせていた。
間もなくしてBGMが流れ、濡れた足で舞台の上に這い上がる。緩やかに鼓膜を揺らす曲は、雰囲気どハマりの雅楽。所々で音程の不安定さは否めないが、むしろそれが味を出していた。
使えない音響担当も、この出来栄えであれば鼻高々。今期のボーナスは二割増しだ!と、テンションMAXの雄叫びを上げれば、過電流により主幹ブレーカーが落ちる。
ミュート設定をし忘れて、消費電力の合計が、設定アンペア数を超えてしまったのだろう。期待値を超えてくる愚鈍さだ。
「素晴らしい演出だったけど。昨日の読解問題といい、なんで日本なの?」
「運営が日本推しらしいよ。それに最近は円安だから」
「異世界の化け物も、為替レートとか気にすんだな」
親日であるのは有難いが、どれも日本クオリティには程遠い。真っ暗闇になったセットの中、復旧に手間取っているのか。あちらこちらでバタバタと、小動物が蠢く音が響いていた。暫くすると電気の供給が戻り、視界に映るすべてのものが真っ白へと切り替わる。
「…………」
「…………」
あれほど手を込んで準備した演出も、電源が落ちたことで全てリセットされた。あちらこちらで聞こえてくる、落胆の声。さすがに、なんとコメントすればいいのかがわからない。
「これライブ配信なんだっけ? いいの、こんなグダグダで」
「いつものことだから」
「これがデフォルトなのかあ」
利央は気怠げに頭を掻き、中途半端に出現した椅子へと腰掛ける。
散々な演出にも関わらず、ニコニコと微笑を崩さない馨は、さすがプロ。すかさずライトの点灯した2カメめと視線を定め、視聴者サービスを行っていた。
「なるほどな。ガチガチに着込んでるなって思ったら、そうやって脱ぐためなのか」
「全裸よりも、偶発的な露出の方が興奮するんだって」
「エロの真理だよな」
なんだかなあと視線を巡らせると、ふと馨が立つ向こう側に、別の人物の姿を捉える。
淡い色合いの髪に褐色の肌。朱鷺色のシャツを着た青年の表情は薄く、感情が出にくいタイプに見える。背格好も馨とは対照的で、細く、あまり活動的な人物であるようには思えなかった。
白いテーブルに白い椅子。参加証を置く台までこちらと同じ――となれば必然的に、彼が本日の対戦相手であることが察せられる。
「利央、キスしていい?」
「は? なに言ってんだっ! いいわけないだ、ろ……んむぅッ! んんーンッ……ぷはぁッ! てめぇッ、なにすんだっ!」
「あははっ、怒る前にあっちのスクリーン見て。投げ銭の量がヤバいから」
グイッと顎が押し上げられ、目にした巨大スクリーンは、ちょうど再起動を終えたところなのだろう。長々と回っていたレインボーサークルが消え、参加者のポイント数を表示した。
直感を信じるのであれば、右端が現在の総合ポイントで、中心のゲージは本日のゲーム分といったところか。以前説明を受けた通り、ゲームでの獲得ポイント以外に、視聴者からの投げ銭が、加算されるシステムになっているのか。ぴゅろろんっ♡と、ちゃめっ気たっぷりな課金音が流れている。
「……どこの世界でも、エロは需要が高いんだな」
「利央が脱げばもっと入ると思うよ」
「ふざけてんの? 殴るよ?」
軽口を叩けば、途端に照度が落ち、舞台の中心へスポットライトが当てられる。正面のスクリーンも同時に切り替わり、真っ赤に染まった四角い画面の中央には、「ずこうのじかん」と表示された。
ぴりっと走った緊張感。数秒すると文字が消え、今度は、とある生き物を模したモニュメントが浮かび上がる。
「……懐かしい、折り鶴だ」
「作ったことある?」
「昔、婆ちゃんと折ったけど、もううる覚えかな」
「覚えてるところまででいいから、教えて」
「途中までじゃだめなんだろ?」
「大丈夫、あとは想像で折る」
「はあ? 想像でって、どうやって……」
――ドグォンドワヮヮヮヮヮヮ――――ッンッッッ!!!!!
「うるっさ……なんで銅鑼なんだよ?」
「これ音量大丈夫かな?」
けたたましい銅鑼の音で、ゲームの開始を告げる――はずが、案の定、再びブレーカーが落ちた。「まさか、二度も同じミスをするなんて……」と、現場の狼狽が最高値に達するも、起きてしまったからには仕方ない。
利央は慌ててスマホを取り出し、フラッシュライトで手元を照らす。与えられた時間は三分間。限られた視界の中、紙を折る馨へ指示を与えていく。
折り方を知っていれば余裕だが、悪環境下では思うように進まない。悪戦苦闘を繰り返し、どうにか完成させた時には、制限時間ギリギリになっていた。
利央はふぅっと胸を撫で下ろし、馨の肩へと頭部を凭れ掛ける。
――ド……ドワヮヮ……ンっ
「あ、今回は控えめだ」
「これで三度目ミスったら、クビだろ」
撮れ高がクソレベルのライブ中継。やっとのことで照明が点灯し、速やかに採点が行われる。
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