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第26話

◇  ◇  ◇ 「……なんか、今日気合い入ってない?」 「そう? いつもと変わらないと思うけどなあ」  ダークカラーのシャツに同系色のジャケット。顔色が綺麗に映るからと、普段は明るめの洋服を選ぶくせに、今日は心境の変化でもあったのだろうか。シックな雰囲気が妖艶さを引き出し、イケメン度が三割り増しだ。  些細な動きに合わせて光彩のエフェクトが掛かり、悪戯にこちらの鼓動を高鳴らせる。目を逸らせたとて、ここまで顔が赤らんでしまえば無意味だった。  馨は柔らかめのワックスで髪を整えると、僅かに眉を上げて、利央へと向き直る。 「また変な顔してる……なにか言いたいことがあるなら、言ってほしいな」 「ちょっ、近い近い近いっ! 今、ゼロ距離のどアップは無理だから!」 「じゃあ言う?」 「……配信終わったら言う」  鼻先が触れ合うほどの距離まで一気に詰められ、心臓が大きく跳ね上がった。  ただでさえ脈拍がおかしく、講義を受けている時ですら、この男のことで頭がいっぱいだというのに。洋介に加えて優吾まで、余計なことを口にするものだから。余計に意識してしまう。  自覚はあれど、口にするにはまだ早い。意地と羞恥と、僅かな不安が、言葉数を減らす。自分らしくないとは思いつつも、こんな感情を、今までに抱いたことがないため、身の振り方がわからなかった。 「利央、行こうか……」  踏ん切りが付かず、挙動不審な利央の手を引き、馨は壁に開かれたゲートへと向かう。薄暗い廊下へと続く穴。それは、彼がゲームへ呼び出された時にのみに開く、出入り口だ。  なだらかな坂道を登り、厚手のカーテンを開いた先。眩しい照度で照らされたスタジオは、柔らかな粉雪を降らせ、寄り添う二人を出迎えた。 「……今回も相手なし? もう企画として成り立ってないじゃん」 「質のいい飼い犬を作るのは、それほど簡単じゃないってことだよ」  舞台へとよじ登る傍ら、利央は左横の空席へと目を向けた。  馨の言うように、過去の対戦相手は様々だった。ネイティブ並みに日本語を理解している者もいれば、椅子に座っていることすら危うい者もいる。どちらであっても、現王者の敵ではなかったが、圧倒的な差は視聴者の興を削ぐものだ。  馨が定位置に着くと、宙に浮かぶスクリーンが赤色に切り替わる。淡い色合いの瞳が吸い込まれるように定められ、利央も頭上へと視線を動かした。 ―― どうとくのじかん ――   いのちのおもさもんだい  真ん中の画面に表示された、ポップなデザインのスライド。きっかり十秒が経過した後に、今画面が二つに分けられる。
左には芽を出したばかりの朝顔の種。そして右には殻が付いたままのヒヨコが現れた。 「なにこれ?」 「言葉のまんまで、どちらの『命』のが重いかって、話じゃないかな?」 「はあ? そんなん比べようがないだろ?」 「でも、どちらかは選ばないと」  手元の画面にも同じものが表示され、二十秒の思考時間が与えられる。全く納得のいく問題ではないが、ここで選ばなければどうなるのか。それは痛いほど理解していた。  馨は手を右へとスライドさせ、自身の選択を確定する。 「……なんか、変な問題だったな。これで終わり?」 「いや、いくらなんでも早すぎる」  視線を動かさずに答えた彼の読みは、当たっていたのだろう。制限時間がゼロになると、途端にスクリーンの中で白い閃光が降り注ぎ、朝顔の種は蹴散らされてしまった。  じんわりと、嫌な汗が背に伝う。しかし、スライドはすでに次の選択へと切り替わっていた。
左には先ほどと同じヒヨコ。そして右には、二匹の駒鳥が仲睦まじく身を寄せ合っている。 「お、お前……これって……っ」 「黙ってて、利央」  短い制限時間の中で、馨は二匹の駒鳥を選んだ。当然、左のヒヨコには、先ほどと同様に白い閃光が放たれる。一直線に心臓を射止めたそれは、悲痛なまでに酷(むご)い量の鮮血を吹かせ、ヒヨコの命を踏み潰した。  次に表示されたものは豚だった。一頭の豚と小さな駒鳥たち、どちらの命が重いかなんて愚問だ。これほど馬鹿馬鹿しい問いはないというのに、答えなければこちらの命が危ぶまれる。その後も、豚と牛、牛と象、象とキリンと、比較対象が切り替わった。 「なんだよ、これ……誰が当たり外れの判定してんの?」 「きっと正解なんてどっちでもいいんだ。多分狙いはそこじゃない」  すぅっと手を左に移動させ、馨は淡々と事務的に業務をこなしていく。答えがあって、ないような問題。初見はインパクトがあったものの、白けた始めた空気を悟ったのか。気まぐれな企画担当者は、さして表情を変えることなく、非道な結末を指示した。 「か、馨……っ、あれって……っ!」  白い降雪の中で、ふわりと浮かぶ巨大スクリーン。二つに分けられた枠の中、ライブ映像で浮かび上がった自分の顔に、利央は血の気を引かせる。 「……ど、うしようっ、……どうすんだよっ、馨っ!?」  居ても立っても居られず、馨の肩を鷲掴むが、彼の視線は手元に定まったまま。それもそのはず、間を置かずに表示された、もう一人の顔は、紛れもない馨自身のものであった。 「……俺、雪に言われたんだ。本当に愛があるなら、大切な人には生きていて欲しいって思うはずだって。たとえそれが、自分のいない未来だとしても」 「か……馨?」 「でも、俺はそんなの嫌だって言った。利央が誰かに取られるぐらいなら、壊された方がマシだって」 「だ、だめだ……っ! 馨、やめろ……っ!」 「ごめんね、利央」  止める声も聞かず、馨は左手をスライドさせる。眉を下げて笑って見せるが、そんな軽い謝罪で誤魔化せる状況じゃない。  迷うことなく彼が選んだものは、自分の未来ではなく、大切な想い人の命だった。  利央は馨へと掴み掛かり、今すぐ選択を変えるようにと迫る。  あの日、まだ一緒にいたいと言った言葉は嘘だったのか。こんなところで死にたくないと、強く願ったことすら忘れたのか。  制限時間が切れると同時に照度が落とされ、最後に一人、取り残された利央の泣き顔だけが、ぼんやりとスクリーンに映し出される。 「……離れてて、利央。危ないから」 「だ、駄目だっ! そ、んな……っ、こんなんおかしいだろっ!」 「利央は誰にも渡したくない……でも、君が壊されるのはもっと嫌だ」 「俺だって嫌だ! 絶対にいやだっ、馨……馨っ!!」  トンッと胸を押されて、身が剥がされる。硬く握り締めていた右手が離れた一瞬。そのたった一瞬の合間に、白い閃光は鋭い刃で馨の肩を撃ち抜いた。  神々しい白光を放つ直線は美しい。光芒のような無垢さで肉を裂き、赤い血飛沫を吹き零させる。彼が崩れるように膝を突く中、いつの間に二発目が放たれていたのだろう。胸を射抜いた光線は大量の血液を溢れ出させ、冷徹な温度でその胸を抉った。 「あっ……ぁっあ……っ、馨……っ、馨……っ!」 「り、……お……どいて、撃たれちゃう」 「いやだっ! 退かない、お前をこんな……こんなクソみたいな場所で、死なせたりしないっ!」  倒れ込んだ背へ覆い被さり、利央は馨の身を抱き締めた。  全てを諦めていた彼が、やっと自らの意思で生きたいと願ったばかりだというのに。  こんな仕打ちはないだろう。  娯楽のために生み出され、誰かの私利私欲を満たすために生かされた。  個人が抱くべき感情なんて関係ない。  どうすれば売れるか、何をすればより多くの支持を得られるか。  そんな商品としての人格ばかり優先される中、やっと、彼が自ら望んだものがあるというのに。 ――あんまりじゃないか……っ、こんな人生……っ  愛されることを知らず、温もりを知らぬまま死んでいく。使い捨ての玩具同然の扱いだ。ペットであろうが、作り物だろうが、彼の中で感情は確かに育っていた。声を枯らせるほどに愛を欲し、生きたいと、思うようになっていた。そのことに、彼らは気付いていたのだろうか。  握り締めた指先が徐々に温度を失っていく。降りしきる雪の中で、静かに息を引き取るように。  馨は最後の力で利央を引き寄せると、キスを強請るように頬を擦り当てた。 「……やっぱり、愛、だったのかも」 「な、に……馨?」 「……痛いのが、俺だけで……よかっ、た」  そう残すと、引き寄せられた唇は口付けを与えることなく、その場に取り残される。  閉ざされた瞼は、もう開かれることはない。  ライトの消えた舞台の中心。  折り重なる二人の姿を、無機質なカメラだけが見つめていた。

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