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第3話 深海ピクニック

 ユートランティア王国の領内には、定期的に〝ダンジョン〟が出現する。  ダンジョンは陸上、海中、深海の三種類。  中でも深海ダンジョンは最高難易度で、上級冒険者でなければ立ち入ることすらできない。  そしてその深海ダンジョンには、ある幻の隠しスポットが存在すると噂されていた。  ────その幻の場所に、今日は二人の男がいた。 「きれーだなあ」  レンの阿呆みたいなつぶやきが、海底に敷いたカラフルなレジャーシートにぽつりと落ちた。 「そうだな」  そう言うオルキウスは、大きな体をなんとかレジャーシートに納めて座っている。そうだな、と言うものの、その声はさほど感動している様子はない。  レンが用意したレジャーシートはごく普通のサイズだったのだが、百八十センチをゆうに越す男二人が座るにはいささか心許なかったようだ。二人はぎゅうぎゅうになりながら座っていた。  オルキウスの膝が何度もレンの膝に当たるが、レンは周りの景色に圧倒されていて気にも留めていない。  オルキウスは黙って、レンのきらきらと輝く赤い目を見つめた。 「天国みてえだ」  子供のようにそうつぶやくレンの口はポカンと開かれていて、自慢のギザ歯がのぞいている。その歯に噛み砕かれたモンスターは、一体どれほどの数が天国へ送られたのだろう。  ドーム状の巨大な泡に包まれたこの空間には、海底だというのに酸素があった。  蓄光性の巨大な珊瑚礁が輪を描くように群生し、暗い深海を照らしている。  クマノミやイソギンチャクたちがゆらゆらと揺れ、小魚の群れが星屑のように瞬いていた。  深海だというのに、まるで星空の花畑のようだった。 「レン」  名前を呼ばれて、レンははっと隣を見た。オルキウスの金色の目が緩んだ気がした。 「用意してきたもの、あるんだろ?」  そう言われて、レンは「おお」と声を漏らし、いそいそとアイテムバッグを開いた。  黒と白のシャチ柄の風呂敷に包まれた大きな弁当箱を取り出して、狭いレジャーシートの上に置く。弁当箱を置いたおかげで、レンの尻は少しレジャーシートからはみ出た。 「見やがれ!」  ぱかっと蓋を外すと、そこには朝早くから起きて一生懸命に作った可愛らしいシャチさんのキャラ弁当が現れる。  中央にはシャチさんの横顔を描いた海苔ご飯。右側には四本足のタコさんウインナー。左側には星型の卵焼きと、お花の形のにんじん、ハートのハム。彩り担当のブロッコリーまで添えられている。そして肉食のシャチのために、唐揚げもしっかり入っていた。 「どうだ! 朝四時から起きて作ったんだぜ!」  レンはふんす、と鼻息を漏らして得意げに腕を組んで見せる。  オルキウスはというと、しばらく可愛らしい弁当をじっと黙って見つめていた。  シャチのきゅるんとした目と目が合う。 「……これは、俺か?」  やっと話したと思ったら、そんなことをぽつりと言った。レンは胸を張る。 「おう! かわいいだろ!」 「かわ……いい……」  オルキウスは茫然とおうむ返しし、まばたきをした。 「……お前には、俺がこう見えてるのか?」 「ん? ああ、まあ、そんな感じだ」  ほら食えよ、とレンは持参したお箸をオルキウスに渡す。 「飲みもんもあるからな!」  ドン、と水筒を置いて、レンはわくわくとオルキウスの様子をうかがった。  オルキウスは数秒固まってレンを見た後、ぎこちなく箸を弁当に伸ばす。  一番手に選ばれたのは、タコさんウインナーだった。 「……これは、なんだ」 「タコさんウインナーだ!」 「タコ? 足が……四本だな」 「……仕様だ!」 「……」  オルキウスはレンには分からない不思議な表情をした後、タコさんウインナーをおそるおそる口に運ぶ。足から食べられたタコさんウインナーは、頭だけの無惨な姿になった。 「……うまいか?」  覗き込むと、タコさんウインナーを咀嚼しながら、オルキウスは静かに頷いた。 「……うまい」 「しゃあ!」  レンは思わずガッツポーズをしながら、達成感に笑みを浮かべた。ぎらりとギザ歯が光る。  その眩しい笑顔を見て、オルキウスはふっとまなじりを下げた。  指先を見てみると、レンの指にはいくつも絆創膏が不器用に巻かれている。 「うまいな……」  しみじみと同じ言葉をつぶやくオルキウスに、レンはにやにやが止まらない。 「だろ?!」  あー、頑張って良かった! そう思いながら、レンは思わず出そうになる大きいあくびを噛み殺した。  オルキウスが丁寧に食べてくれるので、レンは嬉しくなってつい詳しく味付けや飾り付けの解説をしてしまう。それでも、うんうんと最後まで聞いてくれるオルキウスに、レンはますます嬉しくなった。 「────あー、食ったな」  大量に用意していた弁当をすっかり食べ終えて、レンは大きく伸びをして腹に手を当てた。 「ごちそうさま」  静かにレンに礼を言ったオルキウスが弁当箱をしまう。レンはふわふわとした満腹感にぼんやりとしながら、うとうとと光る珊瑚礁の森を見つめた。 「……ピクニック、どうよ」  きらきらとした天の川のような魚群たち。絶景に囲まれながら、隣には学園の王子様がいる。 「……悪くないな」  ふっとオルキウスが低く笑う気配がした。レンは目を細めた。 「……レン」  ふと、レンを呼ぶ声が温度を含んだ気がして、レンはゆっくりとオルキウスを見た。  オルキウスの優しい笑みに、胸が小さく波打つ。 「ありがとう」  耳に心地よい、低い声。  レンはぷい、とそっぽを向いた。 「べ、別に……」  そっぽを向いたレンの耳たぶにはいくつものピアスが開いている。その耳が真っ赤になっていることに、レンは気が付かなかった。そして、その耳を見て、オルキウスがことさらに甘い笑みを浮かべたことにも。  ────本当は、こんなことをしている場合じゃない。  もうすぐ『主人公』が来る。  そうなれば、この穏やかな時間はきっと終わる。    ────そもそも、なぜこんなことになったのだったか。    レンはふと、ここに至るまでのことを振り返った。  

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