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第4話 悪役令息に転生
レンには、ユートランティア王国で育った記憶の他に、もう一人の人生の記憶があった。
十八歳の時の誕生日に──つまり一ヶ月ほど前──レンが小型海獣人に言い寄っていた時のことだった。
「ちょっとで良いから噛ませろよ」
「す、すみません! すみません!」
そう言って震える小型海獣人。
その恐怖に染まる顔を見て、レンは突如思い出した。
自分は過去にも、同じようなシチュエーションになった時があった。だけどその時は、追い込む側じゃなく、追い込まれる側だった。
大好きな水族館帰りに、運悪くチンピラたちに囲まれて、レン──いや、山田優太は、なすすべもなく有金を差し出した。
首から年間パスポートとシャチのキーホルダーをぶら下げたまま。
しかも、その日買ったばかりの海のいきもの図鑑だけは──別に狙われてもないのに──守ろうとして、チンピラに「なんだこの本」と笑われて取り上げられた挙句に道路に投げ捨てられた。
優太は、小柄でオタク気質だったためか、昔から変な輩に目をつけられることが多かった。
「あっ」
図鑑を投げ捨てられて、思わず追いかけた。
────そして、海のいきもの図鑑を慌てて拾いに行った結果、十八歳の誕生日にトラックに轢かれて死んだ。
全てを思い出して、レンは愕然と目の前の小型海獣人から手を離した。
茫然と、自分のごつくて大きな手を見下ろす。
「あ、あの……?」
自分の手を見つめたまま動かなくなったレンを見て、おそるおそる小型海獣人が震えた声を出した。
はっとして、震える獲物を見下ろす。その顔に前世の自分の顔が重なった。
「……るかった」
「え?」
「……っ、悪かったって言ってんだろ!」
「ひ、ひいぃ!」
怒鳴りつけると、小型海獣人は悲鳴を上げながら全速力で逃げて行った。
遠くなっていく小さな背中を見ながら、レンは顔を歪めた。
(何してんだ、俺……)
ずんと気分が暗く沈む。見下ろせば、大きく開いたシャツから厚い胸筋と、ごついシルバーペンダントが見える。
山田優太とはあまりにも違うその姿に、レンはため息を吐いた。
山田優太としての人生を思い出した瞬間、レンは自分の正体と、この世界──ユートランティア王国についても思い出した。
『蒼海のロイヤルガーデン』、通称『蒼ロイ』というBLゲームがある。
優太はBLゲームなんてものは興味もなかった。しかし、強気オタクの姉からゴリ押しで勧められたのが、『蒼ロイ』だった。断っていたのだが、「海洋獣人系だよ」と言われた瞬間に飛びついた。ちなみにどハマりして設定資料集も買った。攻略本も持っている。
海洋生物の解説は妙に詳しいし、攻略対象たちは全員顔が良い。おまけにストーリーも良かった。
人気投票一位だったホホジロザメの悪役令息、レン。
怖い。
強い。
顔が良い。
なのに裏ルートでは、とんでもなく甘い。
そのギャップに全国のプレイヤーが沼った。
そこまで思い出して、はたと気がついた。
(────俺、『蒼ロイ』のレンじゃん)
人気投票一位。
最強。
めちゃくちゃ格好良い。
あの、レン。
「う……うおおおぉーーーー!!」
思わず叫んでいた。ビリビリと空気が震えるような咆哮が自分の喉から出たことにびっくりした。
慌てて口を閉じて周囲を見回す。学園の目立たない校舎裏だったから、他の人影はない。
ほっとして、それから、全速力で駆け出した。
「きゃっ!?」
「うわ、レンだ!」
全速力で走っていると、すれ違った生徒たちから悲鳴が上がる。
山田優太の時は五十メートル走は十秒台だった。トップレベルのビリだった。でも今は違う。びゅんびゅんと景色が後ろに流れていく。ついでに走るだけで他の生徒たちがさっと道を開け、恐怖の目で見上げてくる。
校舎に突撃し、男子トイレに駆け込む。そして、まっさきに鏡を見た。
銀髪の髪。男らしく整ったワイルドな顔。赤い吊り目。目の下から顎にかけての大きな傷。いー、と口を開けば、チャームポイントのギザ歯が光る。
鏡を見て目を見開いていると、入ってきた男子生徒がぎょっとしてバタバタと踵を返した。「今入んないほうがいい」と他の生徒たちに言っている。
しかし、そんな声も耳に入らず、レンは鏡を凝視した。
王立学園の制服をカスタマイズした、ギザ歯がモチーフの立て襟。ロングコートのような黒いブレザーには切れ込みが入っていて、サメ感が演出されている。大きく開いたシャツからは逞しい筋肉がのぞいていて、シルバーアクセとも相まって危ない色気がある。
「ガチでレンじゃん……。顔|良《よ》……。足長……声良……」
茫然と呟いて、わなわなと震えながら顔をペタペタと触る。
(これが〝異世界転生〟ってやつか……!?)
憧れのシチュエーションに興奮するが、ふと、思い出した。
レンは人気ナンバーワンだが、悪役令息だ。裏ルートに入れば攻略対象として、ヒロインと共に王国を救う。
しかし、それはあくまで裏ルートに入った時のみだ。
それ以外。正規ルートでは、レンは────。
そこまで思い出して、レンは青ざめた。
────正規ルートでは、漏れなくレンは力を奪われて断罪される。
「おぅふ……」
視界が揺れた。倒れるかと思ったが、杞憂だった。そういえば、HP(体力)がべらぼうに高かった。
レンは静かに決意した。赤い目が鏡の中で光る。
────『主人公』のアクアを攻略して、断罪を回避しよう。
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