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第5話 推しのシャチを探せ
山田優太としての前世の記憶を思い出しても、レンとして過ごした十八年間が消えるわけではない。
臆病で小心者だった海洋オタクの記憶が、凶暴で獰猛なホホジロザメのレンにインストールされた。
それはどういうことかと言うと。
「──おわあー! すっげえー……!」
前世の記憶を取り戻した翌日。
内海を泳ぐ海獣人たちに、レンは双眼鏡越しに赤い目をきらきらと輝かせた。
目の前ではザトウクジラやジンベエザメ、ホッキョクグマなどが悠々と泳いでいる。
「今までぜんっぜん気にして無かったけど、どうなってんだ……!? 生息する海域が全然ちげぇだろ……! なんでホッキョクグマとジンベエザメが同じ海で泳いでんだよ!?」
レンは興奮して海を眺めた。凶悪なギザ歯をのぞかせながら、ぶつぶつと感想や疑問をつぶやいている。
そして、はっと思い当たった。
「てか、俺もホホジロザメじゃん!? 超レアじゃねえか! 飼育不可能だから生でなんて見れねえんだぞ!? あああちくしょー、自分じゃ見れねえよ!」
入り江で大声を出しながらぎゃあぎゃあと騒ぐレンを、泳ぎにきた生徒たちがおぞましいものを見る目で遠巻きに見ている。
ここはユートランティア王立学園に与えられた海域だ。生徒たちは学園の目の前にあるこの入り江から、息抜きで昼休みや放課後に泳ぐことが日課となっている。
普段は人型で生活している海獣人たちだが、疲れた時や息抜きがしたい時などは海獣化して、内海で海洋生物の姿になって泳いでいる。
レンも普段はホホジロザメの姿になって内海を泳いでいた。
しかし、今日はそれどころじゃなかった。
「ジンベエザメ、でけえー! ザトウクジラの胸びれ長っ! ……え、あれ、シロナガスクジラ!? でっっっっっけえ〜〜〜!!! ……あ、あれ会長か」
目の前で迫力満点に泳いでいる海洋生物たち。水族館とはまるでスケールが違うその様子に、レンは大興奮していた。
(断罪とかで萎えてたけど、たっのしい〜……!)
昨日はけっこう、いや、マリアナ海溝に沈むほど落ち込んでいた。でもよく考えれば、断罪まではまだけっこう時間がある。
対策はまだ練れる。
主人公が来るまではイベントは始まらないはずだ。それまでは、真面目に授業に出て、情報を集めながら品行方正に過ごしていれば良い。
対策ノートは昨日から作成し始めている。
そうと決まれば、レンがまずやることといったら、内海を泳ぐ海洋生物たちの観察なのだった。
(水族館はねえけど、それ以上……!!)
じいんと感動に打ち震えていると、ひそひそ声が聞こえて来る。
「なんか昨日から様子おかしいよね……」
「ね……。近づかないでおこ……」
生徒たちがレンを見てびくびくとしていたが、生まれてからこれまでずっとそうだったので気にも留めない。
ふと、レンははっと思いついた。
────これ、自分もホホジロザメになって泳いだら、間近でいろんな生き物が見れちゃうのでは?
目から鱗。ぽろりと手から双眼鏡が落ちた。
「そうじゃんそうじゃん! やっべー! なんですぐ思いつかなかったんだよ!」
頭を両手で押さえて吠える。その声に、周囲の生徒たちがびくりと体を震わせた。
急いで海に入る。制服はそのままで良い。さすがゲーム。海獣化する時は、どんな格好をしていても不思議と問題はない。
じゃぶじゃぶと勢いよく波に突っ込み、泳ぎ出す。優太はカナヅチだったが、レンは違う。オリンピック選手も真っ青の速さで、あっという間に水深が深いところまで辿り着いた。
「ここらへんなら良いか……」
目を閉じて、水中に潜る。魔力を集中させると、だんだんと体の感覚がぼやけてきた。グググ、と体が大きくなっていくのがわかる。どこからか沸いてきた水泡に包まれる。
やがて体の変化が終わると、水泡が消えていく。目を開けると、海中がよく見えた。
透き通ったマリンブルーの海。珊瑚礁や海藻が美しく海底に繁茂している。太陽の光を浴びて、魚たちがきらきらと輝いていた。
レンが動くと、海底に落ちた巨大な影も動く。影が落ちると、魚たちはさっと身を隠すように岩陰や海藻に隠れる。
爽快な気分で泳ぐ。
気持ちが良くて、心が休まる。
断罪のこと、主人公攻略のこと。
考えなければいけないことはたくさんある。
しかし、今はそれよりも大切なことがあった。
──シャチ。シャチはいないのか……!?
優太の最推し海洋生物は、何を隠そうシャチだった。
あの黒と白の模様。笑っているような口元。海のギャングなのに愛嬌がある。
子供の頃に見たシャチショーで、一目惚れした。それ以来、優太の部屋はシャチのぬいぐるみで埋め尽くされた。水族館には年パスで通った。
そして今。
この『蒼ロイ』の世界なら、シャチを間近で見られるかもしれない。
レンは生まれて今までで一番の集中力を発揮した。
魚群たちが不自然に逃げたりしていないか。独特のあの鳴き声が聞こえないか。
集中していると、巨大なホホジロザメが急にぼんやりとして静止したように見えたのだろう。遠くでアザラシやラッコたちがレンの方をうかがって怯えている。
──ダメだ。……かくなる上は。
レンは思いっきり浮上する。海面に勢いよく顔を出し、きょろきょろと周りを見回した。
目があったアザラシや小型クジラが飛び上がり、慌てて水面に潜り逃げていく。
獲物を見つける時などに行うスパイホップ(海面から顔を出す行為)。まさか自分がやることになるとは思わなかった。
血眼で探すが、それらしい影や背びれはない。
レンは必死で記憶を辿った。
攻略対象にシャチはいなかった。「なんでシャチいないの!? シャチこそ王道の攻略対象じゃん!」と優太はむせび泣いた記憶がある。
レンはがっくりと項垂れた。
シロナガスクジラも良い。ジンベエザメも良い。でもやっぱり、シャチが見たかった。
結局、その日は日が暮れるまで探した。
シャチだけは見つからなかった。
もうこの世界には、いないのかもしれない。
そして、その次の日。
「こんにちは、レン」
放課後、校門から出ると誰もがレンを避けていく中で声をかけてくる人物がいた。
「あ?」
反射的に睨みつけてしまうが、その男は落ち着いていた。
持ち上がった口角。それなのに、どこか底知れなさを感じる金色の目。黒と白の髪。体格の良いレンよりも、さらに大きい体躯。
「ちょっと良いかな」
金色の目が、にこりと細められる。レンはぎろりと赤い目を剣呑に細めた。
「あんだよ」
(カツアゲか……?)
前世の記憶も相まって、思わず身構える。
「悪いようにはしないさ」
途端に周囲がざわつく。
「オ、オルキウス様……!?」
「なんで暴れ鮫なんかに話しかけて……!?」
オルキウスはちらりと騒ぐ生徒たちを見ると、目を細めた。
「ちょっと移動しようか」
連れてこられたのは、ひと気のない校舎裏だった。
ここで小型海獣人に迫ってたな……と気まずい思いになっていると、ふと目の前に手が差し出された。
「オルキウス・ノワールヴルだ」
その言葉に、ぴくりとレンの眉が上がる。
どこかで聞き覚えがある。
記憶を辿り、すぐに思い出した。
オルキウス・ノワールヴル。生徒会本部の副会長で、学園の王子様。そして────。
「いきなりだけど、友達にならないか?」
きらきらとエフェクトがかかっていそうな、王子様スマイル。
レンは目の前の男のことを思い出して、わなわなと体が震えた。
「突然でごめんね。嫌ならことわっ────」
「いいぜ!!」
食い気味で吠えた。
瞳孔が開いて、顔が興奮で赤らんでいく。
オルキウスが一瞬だけ目を丸くする。黒と白の髪が揺れた。
────オルキウスは、シャチだ!
レンは赤い目を無邪気に輝かせた。
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