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第12話 空回り

 その日、やっとレンはアクアとダンジョンに入れた。  海中ダンジョンではなく、陸上ダンジョンだ。  ジャングルのようなステージを進んでいく。 「あっ」  後ろを歩いていたアクアが木の根につまずいて転びそうになった。  レンは飛び抜けた反射神経でアクアへ飛び込む。 「危ねぇ!」  あと少し。  指先が届く──そう思った瞬間。 「おっと。大丈夫?」 「オルキウスさん」  レンはずっこけた。  アクアの手を、いつのまにかオルキウスが優しく取って体を支えていた。 「ありがとうございます」 「気を付けて」  爽やかに微笑むオルキウス。  レンは固まった。 (……速くね?)  おかしい。  自分は最強なのに。  レンはバネのように飛び起きた。 「アクア! ケガはねえか!」 「……はい? ないですよ」 「俺が助けたの、見てただろ? レン」  アクアは目をぱちぱちと瞬かせた。オルキウスは額に手を当て、小さくため息をつく。  レンはもどかしいのと恥ずかしいのとで、その場にいられず、ずんずんとジャングルを大股で歩く。 「……怒ったんですか?」  アクアがおそるおそる尋ねる。  オルキウスは小さく笑った。 「いや。照れてるだけだよ」  (な、なんか、全部から回ってるぜ……!)  レンは背後の二人の会話も聞こえず、いかついピアスだらけの耳を赤くして進む。  レンは前も見ずにずんずん歩く。 「グギャ!?」  何かを踏み潰した感触がした。 「ギエェ!」  今度は拳が何かに当たった。 「……あ?」  レンはそこでようやく顔を上げた。 「……なんかいたか?」  そう言うレンの耳はまだ赤い。  血飛沫を上げた巨大な樹鬼が光となって崩れていく。周囲の小型モンスターたちも一斉に消滅した。  アクアは呆然と立ち尽くして、ぽかんと口を開けた。 「……今の、ボス級じゃ」 「うん」  オルキウスは苦笑した。 「全部、無意識だね」 「ええ……強すぎる」  アクアがちょっと引いたようにつぶやいた。 「まあ、レンは特別だね。それに、ここは初心者向けだから」 「え、これで初心者向けなんですか?」 「アクアが初めてだからね」 「……早くみなさんに追いつけるように、頑張ります。深いダンジョンでも、お供させてください」  そう言ったアクアに、レンはすかさずアクアを振り返った。 「危ねえから、ダメだ」  アクアがレンを見て目をわずかに見開いた。オルキウスはなぜかじとっと何か言いたげな目を向けてくる。 「……心配してくれるんですね。ありがとうございます」  レンはハッとした。  これは、レンルートで見たことがあるやりとりだ。その時は、初めてレンがアクアを心配しているようなそぶりを見せるシーンで、美麗なスチルもあった。  ゲーム通りなのであれば、自分はさぞかし男前でイケメンに映っただろう。  やっと攻略らしい行動ができたと噛み締めていると、オルキウスが動いた。 「そうだよ。俺も、アクアが心配だ」  アクアの手を取り、王子様スマイルで微笑んで見せる。  (は……はあああああ!?)  レンは目を見開いた。  (そ、そんな顔、俺にも見せたことねえじゃん!!)  わなわなとオルキウスを見つめる。アクアは少し照れたように手を引いた。 「な、なんか、全然知らない間に僕も強くなっている気がします」  照れ隠しのように話題を変えるアクアを、呆然と見つめる。  本人だけ自分のステータスを見ることができる。アクアの驚いた表情をみると、かなり上がったのだろう。  いや、そんなことはどうでもいい。 「……オル。ちょっと、良いか」  レンはオルキウスの腕を引いた。   「なんだ」  少し離れた場所に引っ張ってこられたオルキウスは、すっかり王子様モードではない。  レンはオルキウスの腕をつかんだままつぶやいた。 「……なんで」  よく聞こえなかったのか、オルキウスがレンに身を寄せる。 「…………なんで、アクアの手握ってんだよ」  オルキウスが一瞬、息を止めた。  じっとレンの赤くなった顔を見下ろす。探るようにレンの顔を見て、そして口元を緩めた。 「……気になったのか?」 「お、おう」 「そうか」  なぜかオルキウスは嬉しそうだ。  レンはオルキウスの胸を叩いた。 「お、お前、アクアのこと好きなのかよ」  金色の目が驚いたように見開かれた。  やがて、オルキウスがふっと笑ってレンの手を取った。 「……どう答えて欲しいんだ」  レンはびくりと肩を揺らして、恐る恐るオルキウスを見上げた。 「……違うって、言ってくれ」  オルキウスの金色の瞳がゆっくりと細められる。指先に力がこもった。 (オルは……違うよな?)  もし、ライバルだったら。  胸の奥がぎゅっと締めつけられた。  オルキウスはレンをしばらくじっと見つめて、やがて満足したように頷いた。 「違う。……だから、安心しろ」  ぐっと低い声に甘さが乗ったかと思えば、こつん、と額にオルキウスの額があてられる。 「んなっ……!」  レンはあまりの近さに、思わず身を引いた。  心臓が激しく波打っている。 「ち、ちちちちちちけえよ!!」  吠えて、レンはとっさにオルキウスの体を突き飛ばした。  (あ、やべ)  渾身の力で突き飛ばしてしまったので冷や汗が流れたが、あたりどころが良かったのか、オルキウスは少しよろけただけで、なんともないようにくすくすと笑った。 「悪い」 「わ、悪くはねぇんだけど! い、いきなり近えんだよ!」  レンはふいとそっぽを向く。 「き、聞きてえことはそれだけだったからな! もう戻るぞ!」  ずんずんとアクアの方へ大股で歩くレンの赤くなった耳を見て、オルキウスは口元が緩むのを抑えきれなかった。    

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