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第13話 心のありか
◆
実家に帰ると、レンは珍しく父親と鉢合わせた。
「………帰ったのか」
その声を聴いただけで、レンの気分は最低にまで落ち込んでいく。
ギロリと隻眼の赤い目で見つめてくる父親は、杖をついて足を引きずっている。
レンはその足を見て目を伏せた。
「……」
「おい、何か言ったらどうだ」
返事もせずに横を通り過ぎようとすると、呆れたようにため息混じりのしゃがれ声がした。
「……っせーな」
レンはイライラして鋭いギザ歯を剥き出しにした。
「生徒会に入ったそうだな」
「……だからなんだよ」
レンの父は再び大きなため息を吐いた。
「何を考えているのか知らんが、また問題を起こしていないだろうな。一体誰が後処理をしていると思っている」
「……久々に会ったと思ったら、それかよ」
レンは吐き捨てるように言うと、ポケットに手を突っ込みながら、大股で自室へ向かった。途中、使用人に上着を預けるのも雑になってしまう。
「いいか、お前はサメ獣人の中でも、百年ぶりのホホジロザメなんだ。それ相応の振る舞いを……」
「うっせえよ」
口を開けば、体裁のことばかり。
うんざりしながら階段を登っていると、階上からこちらを見下ろしてくる男たちがいた。
「……」
無言でこちらを見下ろしてくるのは、長男と次男だ。二人は忌々しそうにレンを見て顔を見合わせる。
「見てんじゃねえよ」
ついガッと白いギザ歯を剥くと、びくりとしてさっさと二人は引っ込んでいく。
レンは胸に黒煙のように渦巻く胸糞悪さを覚えながら、音も荒く階段を登る。
――家族たちと顔を合わせるといつもこれだ。
レンは自室に戻るとまっさきに、机の上に置いてある真珠のように光輝くほら貝を手に取った。
オルキウスからもらった、聴きたい音が聴こえる女神のオルゴール。
耳に当ててみると、静かに音が鳴りだす。
そこから聞こえてくるのは、美しい子守唄だった。
今世では初めて聴くその唄に、レンはなんだか無性に泣きたい気持ちになった。
「……」
父は、大柄で乱暴な息子が足音も荒く階段の向こうへ消えていくのをじっと見つめた。
やがて視線を外すと、胸にかけてあるブローチを開く。
それを無言で見つめた後、杖をつきながら踵を返した。
◆
「……どうしたんですか?」
翌日。
生徒会室で書類に目を通していたアクアが、ふと顔を上げて隣のレンを見た。
「あ?」
「なんか、今日……ちょっと静かな気がして」
レンは目をしばたたかせた。
赤い吊り目が、わずかに丸くなる。
アクアは前髪の隙間から桃色の瞳をのぞかせて、じっとレンを見ていた。
「そうか?」
「なんとなくですけど……」
レンは首を傾げた。
いつも通りだと思うのだが。
「レン」
その時、聴き慣れた声がした。見ると、オルキウスがにこにこと王子様モードでレン達を見下ろしている。
「オル」
レンはオルキウスの姿に、思わず目元が緩んだ。
そんなレンの姿を、アクアは驚いたような表情で見る。
「用事、終わったんか?」
「ああ」
そう言うオルキウスは、午前中いっぱいまでは学園にいなかった。家の用事があるのだと言っていた。
「お前も忙しいんだなあ」
レンはため息を吐いた。
オルキウスは、週に何度か家の用事で学園を抜けることがある。それは数時間のこともあれば、一日かかる時もある。
公爵家の後継はやっぱり忙しいのだろう。
「待たせたかな? ごめんね。準備ができたらダンジョン行こうか」
そう言って柔らかく笑うオルキウスに、レンは勢いよく頷いた。
すっと胸が軽くなった気がして、そこでようやくレンは今まで気分が重かったのだと気がついた。
そして、よく気がついたな、とアクアの方を見る。
アクアはレンと目が合うと、今度は怖がらずに微笑んだ。
その姿は芯が強そうで、やっぱり眩しく見えた。
◆
「わあ……す、すごい」
海中ダンジョンに潜るため、水深が十分な深さになったところで、レンとオルキウスは海獣化した。
アクアが巨大なホホジロザメとシャチを見て、圧倒されたように感嘆の声を漏らす。
「迫力満点だ……」
呆けたようにつぶやくアクアは、人型のままだ。
レンはハッとした。
「アクア、つかまれよ」
「え?」
レンはアクアに背びれを近づけた。
「そっちの方がはええだろ」
そう言いながら、レンは頭の中で『断罪回避』を唱えていた。
レンのルートでは、アクアとダンジョンに潜る時に必ずホホジロザメの姿になったレンの背びれに掴まらせていた。
もうゲームは崩れているのかもしれない。
でも、レンにはこうするしか思いつかない。
「人型のままだと、泳ぎにくいよな」
「え?」
アクアが目を丸くした。
「なんで……僕が海獣化できないこと、知ってるんですか?」
「あ」
レンはぎくりとした。
訝しげな目で見てくるアクアに、ぶんぶんと頭を振る。
「知ってるわけじゃねえ! な、なんとなくだ!」
そう。アクアは実は海獣化ができない〝なりそこない〟という設定だ。
ごく稀に生まれる〝なりそこない〟は、海獣化した時の姿が重要なこの海獣人社会の中では最底辺のヒエラルキーに組み込まれる。
だけど、本当はアクアの正体は伝説上にしか存在しないとされる人魚種だ。
アクアは覚醒するまで海獣化も魔法も使えない。
この秘密は終盤まで誰にも明かされない。
(……危ねえ。思い出して良かった。一緒に泳ぐの忘れるとこだった)
「そう、ですか……」
アクアの桃色の瞳がじっとレンを探る。
レンは内心冷や汗をかきながら、「ほら、つかまれよ」と話を逸らした。
「でも……触って、いいんですか?」
アクアはハッとしたような顔をした。
海獣化した姿に触らせる。
それが何を意味するのか。
レンは一瞬ためらった。
でも、頭の中には再び処刑シーンのスチルが過ぎる。
ちらりとシャチの姿のオルキウスを見る。
ゲームの本筋には、すでに大きな変化が起きていている。
(やれることはやろう)
レンは頷いた。
「いいぜ」
「えっ」
アクアが少し照れたようにうつむく。
「あ、じゃ、じゃあ……」
そう言ってアクアの手が伸びてきた時。
「これに捕まりなよ」
低い声が遮った。
振り返って見ると、オルキウスがどこからか持ってきたのか、大きな流木を口に咥えていた。
「こっちの方が捕まりやすいし、レンは鮫肌だから痛いよ」
「お、オル」
レンはびくりと心臓が跳ねた。
(え、お、怒ってる……?)
「別に、鮫肌でも……」
レンが魔力調整をすれば痛みはないはずだ。
そう言おうとしても、オルキウスがずいっとその巨体を二人の間に割り込ませてくる。
「はい。つかまって」
そう言ってアクアに流木を向ける。
「あ、ありがとうございます」
アクアは素直につかまった。
それを見て、レンは内心でがくりと項垂れる。
(せっかく距離縮められると思ったのに……!)
少し落ち込んでいると、オルキウスと目があった。
金色の目が冷たい。
レンはずきりと胸が痛くなった。
「あの、僕が海獣化できないことは……」
「大丈夫。誰にも言わないよ。ね、レン」
「……お、おう……」
オルキウスとアクアが前を泳いでいく。
レンは二人の後ろを泳ぎながら、ざわざわとした気持ちのまま、巨大なシャチの後ろ姿を見つめる。
朝のように、また胸が重苦しくなった。
嫌われることは慣れている。
レンは暴れ鮫で、海の嫌われ者だ。
誰に嫌われても構わない。
だけど、オルキウスにだけは嫌われたくなかった。
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