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第14話 二匹で、泳ぐ
ダンジョン攻略が終わった後。
オルキウスたちは入り江に上がって解散をした。
アクアが帰るのを待って、レンがおずおずと口を開く。
オルキウスは、その伏せられた赤い目をじっと見下ろした。
「……あ、のさ。なんか、怒ってねえ……?」
「怒っていない」
即答すると、レンは眉を下げる。
「……嘘だあ」
泣きそうに顔を歪ませるレンの姿に、なにかもどかしいような、腹立たしいような不思議な感情が湧き上がる。
(なぜ俺はこんなサメ一匹に振り回されているんだ)
読心しても流れ込んでくるのは悲しみと不安ばかりだった。
オルキウスが少し冷たい態度をとっただけで、こんなにもぐずぐずになってしまう。
それなのに。
『触って、いいんですか?』
『いいぜ』
レンとアクアの会話を思い出して、ぎり、と奥歯を噛む。
拳を固く握って、オルキウスはレンを見下ろした。
「なぜ、あいつに触らせようとした」
「え……?」
なんのことかぴんときていない様子のレンに、腹にうずまく不快感が増していく。
レンの手を取る。
「お前は、誰にでも触って……誰にでも触らせるのか?」
嬉しそうにオルキウスの海獣化した姿にはしゃいでいた姿を思い出す。
ひどく興奮して、あふれんばかりの好意を向けてきていた。
あれほど真っ直ぐで純粋な好意を向けられたのは、生まれて初めてだった。
『――良いか。他人は皆、自分の手足に過ぎない』
『所詮人間など腹で何を考えているかわからん』
幼い頃から父は、そう言い聞かせてきた。
その通りだと思っていたし、それで良いと思っていた。
けれど、レンに出会ってからオルキウスは、自分が思っていたよりもこのサメに入れ込んでしまっていたことに、今日はっきりと気がついた。
どうやら、レンだけは自分を裏切らないと――オルキウスのそばにいて、そのまっすぐな好意を注いでくるものだと思い込んでしまっていたらしい。
レンの顔をじっと見下ろす。
赤い吊り目。
大きな傷。
銀髪。
ほとんど同じ目線。
凶悪な暴れ鮫。
その印象しかなかった。
それなのに。
『――いいぜ!』
友人になろうと言った瞬間、きらきらとした目でこちらを見てきたあの時。
あの日以来、この男が可愛く見える瞬間がある。
そして、その瞬間は少しずつ増えていた。
オルキウスは、いつしかその切れ長の赤い目が他に向けられていると我慢ならないようになってきていた。
(――いったい、俺はどうしたんだ)
自分で自分がわからない。
こんなことも初めてだ。
昔からなんでも見透せた。
予想できた。
それなのに。
目の前にいる男のことがわからない。
「誰にでも……って、そんなことねえよ!」
レンがハッとしたように叫ぶ。オルキウスは目を細めた。
「じゃあなぜあいつに触らせるのを許した」
「それは……」
途端に言い淀んで、レンはうつむく。
何かぐるぐると考えているようだが、結局は諦めたように口をつぐむ。
何かを隠している。
それなのに、読心しなくても伝わるほどの好意を感じる。
――なぜ、他の男に近寄ろうとする。
「……もういい」
低くつぶやき、オルキウスは波の方へ踵を返した。
「オル? どこ行くんだ?」
「少し泳ぐ」
不安そうな声が背中の向こうから聞こえる。
海獣化して、夕焼けで赤く染まった海を泳ぐ。
深くまで潜る。
そうすると、日の光も届かない暗い海中に辿り着く。
整然としない胸の内をもてあましながら、ひたすら泳いだ。
冷たい海の中で、頭を冷やす。
――そうしていると、何かが近づいてくるのがわかった。
泳ぐ速度を上げる。
すると、そいつも追いかけてくる。
また速度を上げる。
シャチの自分の方が、ホホジロザメよりも持久力がある。
しばらくするとだんだん距離が開いてくるが、そいつは諦めない。
「……」
オルキウスは、ふっと速度を緩めた。
しばらくして、隣に誰かが並ぶ。
そちらを見ないまま泳いでいると、控えめに体当たりされた。
「……」
まだ無視をしていると、とんとんと、諦めずに体当たりされる。
じろりとその顔を見ると、ホホジロザメがぴったりと寄り添ってきた。
(こいつは……本当に……)
とたんに、腹あたりに巣食っていた重々しい炎が勢いを弱めていく。
仕方なく泳ぐ速度を緩めると、心なしか嬉しそうにその尾びれが動いた。
オルキウスは、しばらくホホジロザメと寄り添いながら、暗い海の底を静かに泳いでいた。
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