17 / 47
第17話 生きている
黒墨が晴れてきて、ようやく海の青さが戻ってくる。
レンはしっかりと握っていたアクアの方を振り返った。
「アクア! 大丈夫……か……」
そこにはアクアと――にこにこと黒い笑みを浮かべているオルキウスがいた。
「お、オルっ!?」
(な、なんで……!?)
ぎょっと目を見開くと、アクアのもう片方の腕をオルキウスが掴んでいた。
(え、えええ〜……)
やっと二人になれると思ったのに。
好感度アップの大切なイベントなのに。
「レン。……ちょっと良いかな」
ぽん、と肩に大きな手がかかって、びくりと肩が跳ねた。
「アクア。防御魔法をかけておいた。あと、俺の魔力と紐づけておいたから、何かあったらすぐわかるから。……ちょっとレンと話しても良いかな」
「あ、僕はもちろん大丈夫です。それに、そこまでしていただかなくても……」
「まあ、何かあっても――」
そこでオルキウスはレンの肩に置いた手にぐっと力を込めた。
「この、最強の レンがなんとかするみたいだから」
そう言うオルキウスは満面の笑みだ。
(ひ、ひいぃ……)
「行くよ」
そう言ってずるずると引きずられるように岩陰に連れて行かれてしまう。
「ちょ、オル……っ! なんなんだよ!」
そう言ってオルキウスの顔を見た瞬間。
レンは息を飲んだ。
「……っ」
金の瞳が、静かな怒りをたたえてレンを見据えていた。
その怒気に、思わずびくりとする。
「……お前は」
オルキウスが口を開く。ひどく低く、押し殺したような声だった。
「わざとはぐれたな」
「……」
レンは何も言えなかった。
ひく、と頬がひきつる。
喉から掠れた細い息が漏れた。
「……わ、悪い」
「どれだけ危険なことか、わかっているのか」
「……で、でも」
「――〝俺なら、守れる〟?」
ようやく絞り出した声に、硬い声が被さる。
オルキウスの鋭い眼光に射抜かれて、レンはとっさに目を逸らしてしまう。
「未開拓のダンジョンだぞ。王族部隊も三階層までしか行けなかった。お前は確かに強い。だが――」
顎を掴まれる。
下げていた顔を上げさせられた。
金の目には、怒りと――心配が見えた。
「あまりにも無謀すぎる」
レンは顔を歪めた。
「――お前の目的は知らないが、みんなを……自分自身を危険にさらすような真似はやめろ」
「……っ」
――違うんだ。
断罪を回避したいだけで、みんなを危険に晒したいわけでは――。
とっさに口を開きかけるが、思い直して、ぐっと歯噛みしてうつむく。
「アルシオンたちに合流するぞ」
「……おう」
低く告げたオルキウスに、レンは俯いたまま小さく頷く。
頭上でため息が聞こえた。ぐっと目を瞑る。
すると、ふわりと頭に何かが乗せられた。
はっとして顔を上げると、オルキウスがレンの頭に手を乗せていた。
「……一人で突っ走るのは、悪いクセだ」
やわらいだ声と、目元。
「オル……」
ぐっと喉元に何かが迫り上がってくる。
――本当は、何もかもオルキウスに打ち明けたい。
だけど、言えない。
言えるわけがなかった。
「悪い……」
レンはしょんぼりとしてうなだれるしかなかった。
オルキウスの腕がぴくりと動いてレンに伸びたかと思うと、途中で止まり、静かに下げられる。
「……戻るぞ」
オルキウスに頷いて、レンは重い足取りでその後に続いた。
「おかえりなさい」
そう言って微笑むアクアに、レンは小さく頷く。オルキウスはにこにこと王子モードに戻っている。
「あれ……」
ふと、レンはアクアが左腕を押さえていることに気がついた。
「それ」
「ああ……。ちょっと、流されてる間にどこかにぶつかったみたいで」
そう言うアクアの腕には大きな切り傷があり、まだ少し血が滲んでいる。
「は、早く言え!」
レンは慌てて駆け寄る。しかし、はっとした。
(俺……回復魔法、使えねえ)
レンは攻撃特化だ。モンスターを一撃で倒せても、防御を張ったり回復をしたりすることはできない。
アクアの赤い血を見ながら、愕然とする。
「アクア、腕を出せ」
その時、オルキウスがそっとその腕をとった。大きな手をかざすと、やわらかな白い光と共に、みるみるアクアの傷が塞がっていく。
「わ……。すごい。ありがとうございます」
「回復魔法も習得しておいて良かった」
感動するアクアに、にこりとオルキウスが笑う。
レンは俯いた。
「……どうした?」
オルキウスが覗き込んでくる。
だけど、レンはしばらく顔を上げられなかった。
ぐっと拳をきつく握りしめる。
アクアから流れる赤い血。
『攻略対象として――』
『イベントを回収して――』
『ゲームでの正解は――』
「大丈夫ですか?」
アクアが心配そうに声をかけてくる。
はっとその顔を見た。
ゲームのスチルとはもちろん違う。
人間の顔。
生きている、人だ。
レンは目をわずかに見開いた後、その赤い目を苦しげにすがめた。
(何やってんだ、俺は……)
アクアも。
オルキウスも。
アルシオンやフィン、ルカも。
名も知らない、生徒たちも。
みんな。
ここに――現実に、生きている。
「オル。一つ頼んでもいいか」
レンはすっと顔を上げる。赤い目は鋭く光り、魔力が満ちていくのを感じる。
両手が黒鉄 のように鋭く硬化していく。
腰からはサメの尾ひれが生え、力強く波を起こす。
ぐぐぐ、と体が軋むように膨らみ、背びれが生える。
戦闘形態に入ったレンを見て、アクアが感嘆の声を上げる。
「すごい……! かっこいい!」
目を輝かせるアクア。
肩をすくめたオルキウスが言う。
「アクアは任せておけ」
その言葉に、レンは頷いた。
集中して深く息をする。
「――……一気に戻る」
レンは海底に着いた両足にぐっと力を込めた。
十分力をためる。
そして――全力で跳躍した。
その瞬間、ゴウっと音を立てて激流が起こる。
オルキウスはしっかりとアクアをつかんで、流されないようにする。
――最強のホホジロザメが通った後には、モンスターどころか海藻までも根こそぎ薙ぎ払われていた。
彗星の如くあっという間に消えてしまった男の後を、オルキウスはふっと口角を上げて見つめた。
ともだちにシェアしよう!

