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第20話 改めて、よろしく
◆
数日後。
昼休憩を知らせる鐘が鳴った。
レンが腰を上げた時、アクアが声をかけてきた。
「レンさん」
「おう、アクア」
アクアは後ろ手に持っていた弁当箱を、照れくさそうにレンに見せる。
「一緒に食べませんか」
レンは赤く鋭い目を丸くし、アクアと弁当箱を交互に見て、ぱちぱちとまばたきをした。
「――わあ、ここ、すごいですね」
「……おう」
屋上に来たアクアは、目をきらきらと輝かせた。
学園の屋上には、他の生徒たちは誰もいない。
レンたちだけの貸切状態だった。
「すごい! 内海も見えるし……国中が見渡せる……!」
わあ、と感嘆の声を上げるアクアを、レンは戸惑いながら見つめた。
(何でアクアが、俺を……?)
今まで、アクアがレンを昼食に誘うことなどなかった。
むしろ、一度レンが勇気を振り絞って昼食に誘った時には、「ごめんなさい、先約がいて」と断られた。それ以来、心折れて誘っていなかったのだが……なぜ、急に?
以前までのレンなら、「攻略が進んだ!」と大喜びしていた展開だ。
でも、もうそんな気にはなれなかった。
アクアは『攻略対象』じゃない。
生きている、一人の人間だ。
そう思ってから、もう無理に距離を縮めようとはしていなかった。
「……レンさんが来てくれてよかった。僕、何かしたのかなって、気になってたんです」
「え?」
「ほら……前までは、毎日話しかけてくれてたでしょう? でも、ここ数日……なんか、避けられてる気がして」
レンは思わず息を飲んだ。
確かに、以前まではもはや「しつこいと思われてないか?」と自分でも不安になるくらい絡みに行っていた。
常に隣をキープするように心がけたし、毎日話しかけていた。
まさか、避けられていると思われていたなんて。
「そんなんじゃねえよ。……ただ――」
ただ、少し怖かった。
また以前みたいに、自分の都合だけでアクアに近づいてしまいそうで。
「……今まで、ちょっとしつこかったかなって思ってよ。……悪かった」
すると、アクアが目を見開いた。
さあっと風が吹いて、桃色の瞳が露 わになる。
「……確かに、最初はちょっと怖かったです」
そして、にっこりと微笑んだ。
「カフェテリアで話しかけてくれた時……。怖かったけど、実はちょっと嬉しかったんです。僕、あんまり人と話すのって得意な方じゃなかったんで」
カフェテリアでのことを思い出す。
頑張って話しかけようとして……そして自爆した。
「あ、あんときは、悪い。あんな風にするつもりなくて……」
「知ってます」
「え」
「だって、ちょっと震えてたじゃないですか」
レンはハッとした。
アクアは相変わらずやわらかい笑みを浮かべていた。
――気づいてたのか。
「その時、あれ? って思ったんです。だから……もっと話してみたいって思ったんです」
喉が詰まったように、レンはとっさに言葉が出なかった。
今まで、そんな風に言ってくれる人などいなかった。
「じゃないと、一緒に生徒会行こうなんて誘いませんよ」
そう言って笑うアクア。
レンは、途端に消えたいほどの羞恥心に襲われた。
それと同時に、胸が潰れそうに痛んだ。
「……こ、怖くねえの」
レンはごくりと喉を鳴らした。
「はい」
アクアは間髪入れずに頷いた。
「前は怖かったけど……今はもう、怖くないです」
レンはぐっと唇を噛んだ。
なぜか、泣きたくなる。
「……あ、あのさ」
「はい」
レンはおそるおそる口を開いた。
「……タメなんだし、敬語、やめろよ」
すると、アクアは驚いたように目を見開いて。
「――うん」
少し照れくさそうに、きれいに笑った。
その日から、昼休みはアクアと屋上で一緒にいることが増えた。
アクアはいつも手作り弁当を持ってきている。
「うち、そんなに裕福じゃないし、カフェテリアは毎日使うと高いから」と少し恥ずかしそうに言うアクアに、確か一般家庭だったな、と思い出して、ハッとして慌ててブンブンと首を振った。
(ゲームのことはもう考えねえ!)
アクアを攻略してレンルートに引き込む。それだけが生き残る道だと思っていた。だが、今はもうゲームのシナリオとまるで違っている。
未来は分からない。怖くないわけでもない。
それでも、人を利用して生き延びるのは違う。断罪される未来には、自分自身で向き合う。
そう決めてから、レンはゲームも攻略も極力考えないようにしていた。
「レン、タコさんウインナー一本ちょうだい」
「あぁ? ったく、しゃあねえな」
「レンのタコさんウインナー、美味しいんだよね。はい、交換。海苔巻あげる」
レンは内心ちょっと喜びながらおかずの交換っこをした。
不思議と、アクアにちゃんと向き合うように意識するようになってから、距離が縮まっている気がする。
(なんか皮肉だな)
ぼんやりとそんなことを思っていると、アクアが屋上を見回しながら不思議そうに呟いた。
「でも、ここってすごい穴場だよね。絶景スポットなのに、誰もいない」
「ああ。俺がいるからな」
「え?」
レンは頷いた。
「ここ、俺がよく来るから、誰も来なくなったんだよ」
「……」
アクアが黙り込む。
レンは海苔巻きを「うめえ」と口に運びながら、淡々と言った。
「まあ俺、『暴れ鮫』だし、みんなから嫌われてるしな」
「……そんな」
アクアが言葉をなくしてしまったのに気がついて、レンは切り替えるように笑って見せた。
「静かだから、好きなんだけどな」
「……」
アクアは広い屋上を見回した。
それから、一人で弁当を食べるレンの姿でも想像したのか、きゅっと口をつぐんだ。
「……これからは、僕もここで食べる」
「? おう」
意を決したような顔をするアクアに、きょとんとしながらレンは頷いた。
アクアが気を取り直したようにレンの弁当を見る。
「レンって意外に料理上手だよね。そもそも手作り勢だったのもびっくりだし」
「おう。前まではコックに作らせてたんだけどよ。意外と楽しいんだよな」
「……ふふ」
アクアが笑ったので、レンは首を傾げた。
自分は何かおもしろいことを言っただろうか。
アクアはレンの顔を見て、「あ、違うよ」と手を振った。
「あんまり、楽しそうだからさ」
「……お、おう」
なんかちょっと恥ずかしい。
レンはそわそわと座り直した。
「なんで手作りするようになったの?」
「それは……」
――『友達がすること、思いついたか?』
――『……ピクニックとか?』
二人きりの岩場。
海を眺めていた。
思い出して、ふっと口元を緩めた。
「ピクニックのためだ」
「……ピクニック?」
アクアが首を傾げる。
「おう。そのために包丁も借りて、練習して……」
(……あ、やべ。料研に包丁返してねえ!)
そういえば料理研究部に返し損ねていた。
思い出して内心慌てていると、アクアが驚いたように声を上げた。
「めちゃくちゃ意外。ピクニックなんてするんだね」
「おう」
「誰と? ご家族?」
家族。その言葉に一瞬胸に暗い影が差すが、レンはすぐに振り払って答えた。
「オルだ」
「オルって……え? オルキウスさん?」
「おう」
えええ、と驚いているアクアに、レンはもぞもぞといてもたってもいられず、弁当を手早くかきこむ。
「悪い、アクア。俺、行くとこできた」
「え?」
「借りたもん返さねえと」
そう言うと、アクアは桃色の目を大きくして、首を傾げた。
「包丁。……料研から借りっぱなしだった」
「えっ、ええ!」
カバンを開く。ごちゃごちゃしたカバンに手を突っ込むと、奥底で固い物に触れた。
取り出してみると、白い布でぐるぐる巻きにされた物が出てくる。
自分でもわかった。
これはやばい。
(か、完全に『ブツ』じゃねえか……!)
――だいぶ前に返そうと思って、包丁をカバンに入れた。
だが、その日は料理研究部の活動日ではなく、部室には誰もいなかった。結局返せないまま、カバンに入れっぱなしになった。
そして今の今まで、完全に忘れていた。
つまり自分はずっと、包丁をカバンに入れたまま学園をうろついていたことになる。
レンの顔から、さあっと血の気が引いた。
(……え。俺って、はたから見たらすげえやべえ奴じゃね……?)
カバンの中に包丁を忍ばせた、学園最恐の暴れ鮫。
レンはぶるぶると震えた。
(完全にいつでも誰か刺せるように持ち歩いてる奴じゃねえか……!)
アクアは白い布に巻かれた包丁とレンを交互に見た。
「……レン」
アクアが神妙な顔で静かに言う。
「返しに行こう。……今すぐ」
「……おう」
レンは大人しく頷いた。
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