21 / 47

第21話 さみしくない

◆    新ダンジョンを『王海の牙』たちが攻略してから一週間後。  レンはいつも通り生徒会室に足を運ぶと、アルシオンに呼び止められた。 「おい、レン」 「……」 「レン!」 「おわぁ!?」  急に大きい声を出されて、レンはびくっと肩を震わせた。 「あんだよ、んなデケぇ声出しやがって」  一瞬、自分が呼ばれていると思わなかった。 「呼ばれてるのに無視している方が悪いだろう」  アルシオンはふぅ、とため息を吐いた。  会長席に深く腰掛け、緩慢にレンを見る。 「リヴァイアサン復活の件があってから、生徒会選挙がうやむやになってしまっていたが……。今日、お前たちを選挙なしで特例で本部役員にすることが決まった」 「……は?」 「え?」  レンはぽかんと口を開けた。レンの隣にいたアクアも、驚いた声を上げる。 「選挙、しなくていいんかよ」 「非常事態だ。特例だと言っただろう。……それに、新ダンジョンの攻略は、正直レンなしでは難しかった」 「……アルシオンは、それで良いんかよ」  レンはじっとアルシオンを見つめた。  アルシオンは深くため息を吐いてわずらわしそうに手を振った。 「なんだ。反対して欲しいのか?」 「いや、そう言うわけじゃねえけど……」 「なら、もう話すことはなかろう。……レン、お前はルカと同じ庶務だ。アクアは会計監査だな」  レンは拍子抜けした気持ちでシロナガスクジラの会長を見つめた。    もっとこう……認めないぞ、と反対される気がしていたのに。 「よかったね」  アクアが背伸びをして、こそっとレンに耳打ちをしてくる。  レンはぎこちなく頷いた。 「……てか、オルは?」  レンはきょろきょろと生徒会室を見回した。 「オルキウスはしばらく休みが増えるそうだ。……まあ、この緊急事態だ。ノワールヴルも忙しいのだろう」 「そ、そっか。あいつ、次期公爵家当主だもんな……」  明らかにレンのテンションが落ちたのを見て、アクアが覗き込んでくる。 「オルキウスさんが戻ってくるまで、僕たちでバリバリ仕事こなしちゃおうか」 「……おう。そうだな」 「レン」  名前を呼ばれて、レンはアルシオンの方を向く。 「仕事はたくさんあるからな。特にお前は貴重な戦力だ。働いてもらうぞ」 「お、おう」  改めてそう言われると、嬉しいやら恐ろしいやらで複雑な気持ちだ。 「アルシオン、レンのこと名前で呼んでるね」  その時、トトトっと近づいてきたルカにこそっと言われた。  レンははたと気がついた。 「そうじゃん!!」  その大きな声にアルシオンはうんざりしたような表情をする。  ルカは嬉しそうにニコニコしていた。  (だから最初呼ばれても気づかなかったのか)  アルシオンから『暴れ鮫』『お前』以外で初めて呼ばれた。 「認めてるんだよ。でもはっきりと言わないの。素直じゃないよね」  そう言うルカに、アクアも思わず笑っている。  レンは口元が緩んだ。 「会計監査!! 嬉しい! 今まで空席だったもんね」 「よろしくお願いします」  嬉しそうに椅子を回すフィンに、アクアがぺこりと頭を下げる。レンもおずおずと頭を下げようとして……ガン飛ばした。 「……足引っ張んなよ」  赤い目がギンと光る。  見覚えのある流れ。    (なっ、なんでいつもこうなんだーー!?)  何が足引っ張るなだ。むしろルカのセリフじゃないか。 「ふふ。はいはい。じゃあ、よろしくね、レン」  だけど、ルカは特に気にしていないように笑った。  レンは泣きたい気持ちだったが、その笑顔にぱちぱちと瞬きをした。  (怖がらねえ……?) 「あ、今なんで怖くねえんだ、と思ったでしょ! 残念! 俺たち、レンなんてもう怖くないもんねぇ〜!」  フィンがいひひと笑う。    レンは思わず黙り込んだ。 「……ん? どしたの」  ――『怖くない』。  そんなことを、言われるなんて。 「じゃあ、レン。改めて、同じ庶務としてよろしく。とりあえず、親睦を深める目的として一緒にプリン食べようか」 「あ! ルカ! ずるい! 俺もー!」 「フィンの分はないよ」 「なんでぇー!」  ルカとフィンの軽快なやりとりに、アクアが笑っている。 「ほら、食べよ」  ルカに腕を取られて、レンは戸惑いながら着いていく。自分より一回り小さいルカのつむじを見下ろしながら、レンは信じられない気持ちだった。 「ルカが人にプリンあげるなんて珍しい〜。俺なんて、もらうまで結構かかったんだから」 「フィンはうるさいから」 「関係なくない!? てかレンもうるさいよ!?」  レンは二人の会話を聞きながら、目頭がじんと熱くなってくるのを感じた。 (こんな日が来るなんて……)  ふと、幼い頃の記憶が過ぎる。  ――『……べつに、さみしくないもん』。  そう言って赤い目をさらに赤くしていた、小さな自分。  レンはぐっと奥歯を噛んだ。 「えっ、レンどうしたのその顔!?」 「……るせぇ」  囃し立てるフィンにレンは口をへの字に結んだ。 「プリン、あげるから元気出して」  ルカから皿に盛られたプリンを差し出される。  スプーンで一口すくい、口に運ぶ。  カラメルのほろ苦さと、卵の甘さが広がった。 「……うまい」  ちょっとだけしょっぱい気がしたのは、汐風のせいに違いない。  ◆  レンはそわそわとひと気のない校舎裏で待っていた。  地面にガリガリと木の枝で絵を描く。 「……待たせたか?」  何度聞いても、聞き心地の良い低い声。  レンはバッと顔を上げた。 「オル!」  そこには、実に一週間ぶりに見るオルキウスの姿があった。  レンは立ち上がって、オルキウスに駆け寄る。 「ひ、久しぶりだなっ」  声がついうわずってしまう。オルキウスはそんなレンを見て口元に笑みを浮かべる。 「寂しかったんだな」 「……えっ! ば、っち、ちげえし!」 「そうか」 「本当だからな!」 「そうだな」  全然、伝わっていない気がする!  レンは顔の火照りを冷ますように頬に左手の甲を押し付ける。  ふと、オルキウスが、レンの描いていた地面の絵に目を留めた。 「……この、丸いものたちはなんだ」 「え?」  レンは自分が描いた絵を見た。 「オル!」 「……俺? お前は飽きないな」 「おう!」  シャチの丸っこい姿がでかでかと描かれている。 「で、こっちはアクアで、これはアルシオンで、こっちはフィン、これがルカ!」  シャチの周りには、水しぶきと、シロナガスクジラ、イルカ、ラッコの絵が描かれていた。シャチよりはやや小さいが、しっかり描き込まれている。 「……そうか」  オルキウスがふと目を伏せた。  口元は笑っているのに、金の瞳にはわずかに翳りが落ちていた。 「……一つ、忘れているぞ」  そう言って、オルキウスが木の枝を拾う。  オルキウスの手で描き足されたそれを見て、レンは首を傾げた。 「それ、まりもか?」 「……ホホジロザメだ」

ともだちにシェアしよう!