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第21話 さみしくない
◆
新ダンジョンを『王海の牙』たちが攻略してから一週間後。
レンはいつも通り生徒会室に足を運ぶと、アルシオンに呼び止められた。
「おい、レン」
「……」
「レン!」
「おわぁ!?」
急に大きい声を出されて、レンはびくっと肩を震わせた。
「あんだよ、んなデケぇ声出しやがって」
一瞬、自分が呼ばれていると思わなかった。
「呼ばれてるのに無視している方が悪いだろう」
アルシオンはふぅ、とため息を吐いた。
会長席に深く腰掛け、緩慢にレンを見る。
「リヴァイアサン復活の件があってから、生徒会選挙がうやむやになってしまっていたが……。今日、お前たちを選挙なしで特例で本部役員にすることが決まった」
「……は?」
「え?」
レンはぽかんと口を開けた。レンの隣にいたアクアも、驚いた声を上げる。
「選挙、しなくていいんかよ」
「非常事態だ。特例だと言っただろう。……それに、新ダンジョンの攻略は、正直レンなしでは難しかった」
「……アルシオンは、それで良いんかよ」
レンはじっとアルシオンを見つめた。
アルシオンは深くため息を吐いてわずらわしそうに手を振った。
「なんだ。反対して欲しいのか?」
「いや、そう言うわけじゃねえけど……」
「なら、もう話すことはなかろう。……レン、お前はルカと同じ庶務だ。アクアは会計監査だな」
レンは拍子抜けした気持ちでシロナガスクジラの会長を見つめた。
もっとこう……認めないぞ、と反対される気がしていたのに。
「よかったね」
アクアが背伸びをして、こそっとレンに耳打ちをしてくる。
レンはぎこちなく頷いた。
「……てか、オルは?」
レンはきょろきょろと生徒会室を見回した。
「オルキウスはしばらく休みが増えるそうだ。……まあ、この緊急事態だ。ノワールヴルも忙しいのだろう」
「そ、そっか。あいつ、次期公爵家当主だもんな……」
明らかにレンのテンションが落ちたのを見て、アクアが覗き込んでくる。
「オルキウスさんが戻ってくるまで、僕たちでバリバリ仕事こなしちゃおうか」
「……おう。そうだな」
「レン」
名前を呼ばれて、レンはアルシオンの方を向く。
「仕事はたくさんあるからな。特にお前は貴重な戦力だ。働いてもらうぞ」
「お、おう」
改めてそう言われると、嬉しいやら恐ろしいやらで複雑な気持ちだ。
「アルシオン、レンのこと名前で呼んでるね」
その時、トトトっと近づいてきたルカにこそっと言われた。
レンははたと気がついた。
「そうじゃん!!」
その大きな声にアルシオンはうんざりしたような表情をする。
ルカは嬉しそうにニコニコしていた。
(だから最初呼ばれても気づかなかったのか)
アルシオンから『暴れ鮫』『お前』以外で初めて呼ばれた。
「認めてるんだよ。でもはっきりと言わないの。素直じゃないよね」
そう言うルカに、アクアも思わず笑っている。
レンは口元が緩んだ。
「会計監査!! 嬉しい! 今まで空席だったもんね」
「よろしくお願いします」
嬉しそうに椅子を回すフィンに、アクアがぺこりと頭を下げる。レンもおずおずと頭を下げようとして……ガン飛ばした。
「……足引っ張んなよ」
赤い目がギンと光る。
見覚えのある流れ。
(なっ、なんでいつもこうなんだーー!?)
何が足引っ張るなだ。むしろルカのセリフじゃないか。
「ふふ。はいはい。じゃあ、よろしくね、レン」
だけど、ルカは特に気にしていないように笑った。
レンは泣きたい気持ちだったが、その笑顔にぱちぱちと瞬きをした。
(怖がらねえ……?)
「あ、今なんで怖くねえんだ、と思ったでしょ! 残念! 俺たち、レンなんてもう怖くないもんねぇ〜!」
フィンがいひひと笑う。
レンは思わず黙り込んだ。
「……ん? どしたの」
――『怖くない』。
そんなことを、言われるなんて。
「じゃあ、レン。改めて、同じ庶務としてよろしく。とりあえず、親睦を深める目的として一緒にプリン食べようか」
「あ! ルカ! ずるい! 俺もー!」
「フィンの分はないよ」
「なんでぇー!」
ルカとフィンの軽快なやりとりに、アクアが笑っている。
「ほら、食べよ」
ルカに腕を取られて、レンは戸惑いながら着いていく。自分より一回り小さいルカのつむじを見下ろしながら、レンは信じられない気持ちだった。
「ルカが人にプリンあげるなんて珍しい〜。俺なんて、もらうまで結構かかったんだから」
「フィンはうるさいから」
「関係なくない!? てかレンもうるさいよ!?」
レンは二人の会話を聞きながら、目頭がじんと熱くなってくるのを感じた。
(こんな日が来るなんて……)
ふと、幼い頃の記憶が過ぎる。
――『……べつに、さみしくないもん』。
そう言って赤い目をさらに赤くしていた、小さな自分。
レンはぐっと奥歯を噛んだ。
「えっ、レンどうしたのその顔!?」
「……るせぇ」
囃し立てるフィンにレンは口をへの字に結んだ。
「プリン、あげるから元気出して」
ルカから皿に盛られたプリンを差し出される。
スプーンで一口すくい、口に運ぶ。
カラメルのほろ苦さと、卵の甘さが広がった。
「……うまい」
ちょっとだけしょっぱい気がしたのは、汐風のせいに違いない。
◆
レンはそわそわとひと気のない校舎裏で待っていた。
地面にガリガリと木の枝で絵を描く。
「……待たせたか?」
何度聞いても、聞き心地の良い低い声。
レンはバッと顔を上げた。
「オル!」
そこには、実に一週間ぶりに見るオルキウスの姿があった。
レンは立ち上がって、オルキウスに駆け寄る。
「ひ、久しぶりだなっ」
声がついうわずってしまう。オルキウスはそんなレンを見て口元に笑みを浮かべる。
「寂しかったんだな」
「……えっ! ば、っち、ちげえし!」
「そうか」
「本当だからな!」
「そうだな」
全然、伝わっていない気がする!
レンは顔の火照りを冷ますように頬に左手の甲を押し付ける。
ふと、オルキウスが、レンの描いていた地面の絵に目を留めた。
「……この、丸いものたちはなんだ」
「え?」
レンは自分が描いた絵を見た。
「オル!」
「……俺? お前は飽きないな」
「おう!」
シャチの丸っこい姿がでかでかと描かれている。
「で、こっちはアクアで、これはアルシオンで、こっちはフィン、これがルカ!」
シャチの周りには、水しぶきと、シロナガスクジラ、イルカ、ラッコの絵が描かれていた。シャチよりはやや小さいが、しっかり描き込まれている。
「……そうか」
オルキウスがふと目を伏せた。
口元は笑っているのに、金の瞳にはわずかに翳りが落ちていた。
「……一つ、忘れているぞ」
そう言って、オルキウスが木の枝を拾う。
オルキウスの手で描き足されたそれを見て、レンは首を傾げた。
「それ、まりもか?」
「……ホホジロザメだ」
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