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第25話 不穏な噂
――結局あの後、天井絵以外に収穫はなく、レンたちは神殿を後にした。
屋敷に帰ってからも、レンはあの絵に描かれた巨大な鮫のことが頭から離れなかった。
そして、それから数日後。
にわかに学園の雰囲気が変わった。
生徒たちはどこか落ち着かず、廊下ではひそひそと噂話が飛び交っている。
「聞いたか?」
「リヴァイアサン、ついに来るらしいよね」
「逃げる?」
「どこに?」
レンが近づくと、生徒たちはぎょっとして道を開けていく。
それはいつも通りだ。
ただ、その日は少し違った。
「……ねえ、聞いた?」
生徒たちがレンを見る目に、恐怖だけではないものが混じっている。
「聞いた聞いた」
「――リヴァイアサン、暴れ鮫が関係してるんでしょ?」
レンはぴたりと足を止めた。
「……は?」
生徒たちがびくりと震える。
その目には、怯えだけじゃなく――疑るような色が浮かんでいた。
「……おい、今なんつった」
鼓動がどくりと跳ねる。
――自分が、リヴァイアサンと?
「な、なんでもないです……っ!」
そう言ってさっと生徒たちは逃げていってしまう。
残されたレンの脳裏に、『蒼ロイ』のレンの断罪理由が浮かんだ。
――国家転覆を企てた重罪人。
血の気が引いた。
レンは縫い止められたように、その場から動けなかった。
その日から、学園でのレンを見る目は変わった。
恐怖だけではない。
疑念、好奇、そして憎悪までが、そこに混じり始めていた。
「暴れ鮫……」
「なんでのうのうと学校来てんの?」
「神殿の噂聞いた? リヴァイアサンの後ろに、大きい鮫の絵が描かれてたらしいよ」
「え、なにそれ。それって敵だったってこと?」
ひそひそ。
耳の良いレンにはすべて丸聞こえだ。
どうやら、あの神殿の天井絵が、どこかから情報が漏れて噂になっているらしい。
(極秘だったんじゃねえのかよ……?)
アルシオンの厳しい顔つきと、今の状況に矛盾を感じてレンは眉をひそめた。
それに、噂の広がり方がやけに早いような気もする。
レンは噂を話している生徒たちに歯を剥き出す。
すると、生徒たちは相変わらず怖がって散り散りになっていく。
「やっぱり……」
「リヴァイアサンと関係あるんだよ」
「だから強いんじゃない」
しかし、レンが牙を剥けば剥くほど、生徒たちは疑念を確信に変えつつあるようだった。
「生徒会に急に入ったのも、リヴァイアサンの情報つかむためだったりして」
その瞬間。
レンはどこかでぷちりと切れる音がした。
「王海の牙も……ひっ!?」
生徒の顔にレンの影がかかっている。
見上げてくる生徒の顔は、今にも失神してしまいそうな恐怖に染まっていた。
「……おい」
ぐっと声が低くなる。
――いつもため息を吐いて、気だるそうにしながらもちゃんと仕事をこなすアルシオン。
軽口を叩きながら、実は誰よりも周りを見ているフィン。
おっとりしているが、一番丁寧に仕事をするルカ。
そして――裏では文句を言いながらも、表では笑顔で誰よりも仕事をしているオルキウス。
(あいつらを、巻き込むな……!)
「――うるせえ」
低く唸り、制服の胸ぐらを掴む。
「その口、閉じられねえようにしてやろうか?」
ギザ歯を見せて凄んで見せる。
生徒は短い悲鳴をあげて、へなへなと腰を抜かした。
その様子を見下ろし、レンはぐっと目をすがめた。
「……次はねえ」
ぱっと手を離し、踵を返すと後ろから泣き声が聞こえてくる。
レンは乱暴にがりがりと頭をかく。
思わず舌打ちが漏れる。
ふと、今の自分の姿は、まるで昔の『暴れ鮫』のようだと気がついた。
――最悪だ。
レンは深くため息を吐き、うつむいた。
レンは生徒会室の扉の前で立ち止まった。
「……」
入るべきか躊躇っていると、突然肩を叩かれた。
「入らないのか?」
「オル」
見てみると、そこには笑顔のオルキウスが立っていた。
学園にいるのは珍しい。
レンは思わず表情を緩めた。
「今日はいるんだな」
「ああ」
心が浮きかけたその時。
「――ねえ、見てよ、あれ」
「オルキウス様、なんで暴れ鮫と……?」
こちらを陰から見ながら声を潜める生徒たち。
その瞬間、浮きかけた心急降下していく。
「……や、やっぱ、俺、今日は帰るわ」
うつむき、レンが帰ろうとした時。
「待て」
腕を掴まれた。
振り返ると、オルキウスは笑顔を消していた。
「オル……」
ごくりとレンは喉を鳴らす。
オルキウスの口がゆっくりと開かれた。
「お前、例の物 は持ってきたのか?」
その言葉に、レンは思わずまばたきをした。
「あ、持ってるけど……」
小さく頷くと、陰でこちらを見ている生徒たちがざわつく。
「え!? なに……!?」
「危険な物……?」
レンはごそごそとバッグを開く。
渡していいものか躊躇っていると、オルキウスにそっと取られた。
「あっ」
「あるじゃないか。――クッキー」
オルキウスの手にあるのは、透明な袋に入り、可愛くラッピングされたクッキーだった。
シャチのシールが貼ってある。
「クッ……キー…………?」
「え…………?」
生徒たちがぽかんと拍子抜けしている。
「今日はルカと約束したんだろ?」
(覚えてたのか)
生徒会室で少し話しただけだった。
レンはぎこちなく頷いた。
ぐい、とオルキウスに手を引かれる。
「せっかく焼いたんだ。無駄にするな」
「ちょ、おい……っ」
そう言って、オルキウスはレンを強引に生徒会室に連れ込んでしまった。
パタン、と閉まった扉。
生徒たちは呆然とその扉を見つめた。
「なにあのクッキー……可愛いんですけど。え、手作り……?」
「てかオルキウス様、ちょっとキャラ違くない……?」
「あんな顔するんだ……」
「てか距離近……」
呆然とする生徒たちの視線の先。
生徒会室の向こうでは、わいわいと賑やかな声が漏れてきていた。
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