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第28話 迫る災厄、固い決意

 その後、信じられない思いのまま、アクアとダンジョンへ潜った。  ぼんやりと海中ダンジョンを歩き、襲ってくるモンスターを片っ端から倒していく。  気づけば、何度もアクアの方を見てしまっていた。  モンスターを軽々と倒すレンに、アクアがきらきらと尊敬の目を向けてくるのはいつものことだ。でも、今日はなんだかその目の奥に、今までにはない熱がこもっているようにも見えた。  目が合う。  ちょっと照れたように、にこっと笑われる。 (……いや。  なんか今日、距離近くね?)  目が合うたびに胸がざわついて、レンは慌てて前を向いた。 (嘘だろ……?)  オルキウスへの気持ちだけでも、頭がまだ整理できていないのに。  いや、もっと問題なのは。  (え……俺、どうすりゃいいんだ……?)    以前までなら、間違いなく大喜びしてアクアと仲を深めようとした。  でも。 『信じろ』  まっすぐにレンを見つめる、金の瞳を思い出す。  ずきりと胸が痛む。  アクアは良い奴だ。  好きになる理由なんて、いくらでもある。  ――『絆を携え、再びここへ来なさい』  女神像の言葉を思い出す。    レンとアクアが絆を深めて、遺跡へ向かえばきっとキーアイテムがもらえる。  そうしたら、リヴァイアサンも封印できて、レンの断罪も回避できるかもしれない。  そもそも、最初の目標としてはそうだった。  だけど、もう今は違う。  この世界はゲームなんかじゃない。  自分の都合で、他人を振り回さない。  そう決めた。  その気持ちは今でも変わらない。  ――でも。  レンはアクアを見る。  目が合うと、どこか恥じらうようにその桃色の瞳が揺れる。  ――アクアが、自分を好きだったら?  ……そして、レンもアクアを好きになれたなら?  水底の奥から気泡が浮かんでくるように、冷静な自分の声が頭の隅で聞こえた。  確かに、それが一番正しい選択なのかもしれない。  全員が助かる方法なのかもしれない。 (迷う必要……ねえじゃんか)  ……そう思うのに。  真っ先に浮かぶのは、あの金色の瞳だった。  ――心が、バラバラに千切れそうだ。    ◆  数日後。  海底深くにいたリヴァイアサンが、とうとう進行を始めたという報せが王国中を駆け巡った。  (来た……!)  王国中がどよめいていた。  国外へ逃げ出す者たちが出てきた。  娯楽店はほとんど閉まり、武器屋や防具店ばかりが慌ただしく客をさばいていた。  各武闘派の名門が本格的に軍隊を動かし始め、同盟国から次々と援軍が送られてきていた。  ユートランティア王国だけでなく、世界が戦争に備えていた。  ホワイトファング家も例外ではない。父を筆頭に、迎撃の準備が急ピッチで進められていた。    リヴァイアサンが王国に到着するまで、七十二時間。  その間に、なんとしても封印しなくてはならない。  ――もう、迷っている時間はない。    学園を歩くが、生徒の姿はまばらだ。もしかしたら避難をしているのかもしれない。  レンが生徒会室へ行くと、そこには緊迫した空気が流れていた。 「……揃ったな」  アルシオンが重々しく口を開いた。  レンは生徒会室を見回した。  珍しく表情を強張らせているフィン。  不安そうに瞳を揺らすルカ。  緊張して口を引き結ぶアクア。  補佐たちも落ち着かない様子でざわついている。  その中で、一人だけ。  いつも通り、静かに笑みを浮かべているオルキウス。 「もう、説明は不要だと思うが――リヴァイアサンが進行を始めた」 「……来ちゃったねぇ」  フィンが力なく笑う。 「俺たち『王海の牙』は――前線に立つ」  その言葉に、生徒会室の空気が一段と重くなる。   「……特に、レン」  アルシオンに名指しされ、レンはどきりとした。 「お前には……最前線で戦ってもらう」  ――最前線。  反射的に足がすくみそうになった。    アルシオンは、苦しそうに顔を歪めた。 「……俺が最強の防御壁を貼ってやる」  そう言って、アルシオンは一度口を閉じた。その先を言うか言うまいか、逡巡したようだった。  そして、決意したようにレンに視線を戻した。 「正直なところ……お前は生きて帰れないかもしれん」  思わず、言葉が出なかった。    アクアが息を飲む。  レンは一度だけ息を吐き、天井を見上げる。  そして、ゆっくりと頷いた。  ――トラックに轢かれた日。  ――ゲームの結末を知った日。  断罪を回避したい。  処刑なんてされたくない。  ずっと、生き延びることを考えてきた。  ――死ぬのは、怖い。  痛いのは嫌だ。  最前線? とんでもない。  耐え難い目に遭うかもしれない。  ゲームのレンは、正規ルートでリヴァイアサン戦に参加しなかった。  『命なんて賭けられるか』。  そう言って国外へ逃げようとした。  それでも結局、リヴァイアサン戦後に捕まり、断罪されたが。  ……でも。  レンは生徒会室を見回す。  フィン。  ルカ。  アクア。  そして、オルキウス。    自分が死ぬことより――。  大切な人たちが死ぬ方が、よっぽど怖かった。 「上等だ」  レンは片頬を持ち上げた。  しんと、生徒会室が静まり帰る。  その時。 「……てかさ」  フィンが口を開いた。   「後ろで俺たちも全力で援護するし」 「うん、そうだよ。死なせる訳ない」  続いてルカも力強く言う。  レンは目を見開いた。 「僕も……役目を果たします」  アクアが決意をしたように頷いた。 「レン」  その時。  オルキウスがレンの隣に立った。 「大丈夫だ。俺も、最前線に立つ」  その言葉に、生徒会室がざわつく。 「オルキウスが……最前線に?」 「本気なの?」  フィンとルカが驚いたような声を上げる。  レンも目を見開いた。  オルキウスが前線で戦う姿を、レンも見たことがなかった。  オルキウスは静かに笑った。 「レンは俺が支える。心配はいらない」  そう言って、金の瞳を細めた。  レンはぐっと唇を噛んで、オルキウスを見つめた。    アルシオンがやれやれと肩をすくめてため息を吐く。 「オルキウスも本気なようだな。……レン。お前をむざむざ犬死にさせるつもりはない。貴重な戦力だからな」  アルシオンの言葉に、レンは小さく笑った。  ふと、肩に手が置かれる。  振り向くと、オルキウスが穏やかにレンを見つめていた。その金の瞳にはわずかな迷いもない。  その手の温もりを感じた瞬間、こわばっていた肩からふっと力が抜けた。    レンは、ぐっと口を引き結び、深く頷いた。    ――みんなを、守りたい。    そして、その日の放課後。  レンはアクアに呼び出された。  

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