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第29話 ルート
レンは屋上でアクアと向き合った。
「急に呼び出してごめん」
「いや……かまわねえよ」
アクアは床に視線を落とす。
レンはじっとアクアを見つめた。
屋上には汐風がかすかに吹いている。
屋上から見下ろせる海はきらきらと日の光を反射して輝いている。
とても危機が差し迫っているとは思えない。
アクアは意を決したように口を開いた。
「……あのさ。僕、人魚って、前に言ったでしょ?」
「……おう」
アクアは緊張しているように、ぐっと胸の前で拳を握る。
「……人魚伝説、知ってるよね?」
「……ああ。知ってる」
ユートランティア王国に生まれた者なら、誰もが知っているお伽話だ。
恐ろしい災厄がユートランティア王国を滅ぼそうとした。そんな時、人魚が光の力で王国を救う。
「あれ……ただのお伽話じゃないんだ」
「……」
レンは黙った。
その反応に、アクアはぴくりと眉を上げて目を見開いた。
「……驚かないんだね」
「……」
「もしかして……知ってたの?」
そろそろと訊ねられて、レンはしばらく黙った後、静かに頷いた。
「……悪い」
アクアは何かを言おうとして――結局、うつむいた。
「……そっか」
アクアが苦笑する。
「なんとなく……そんな気はしてた」
そう言って、ぐっと唇を噛んだ。
「リヴァイアサンの封印のためには、僕の力が必要なんだ。でも……今のままじゃ、だめなんだ」
アクアの桃色の瞳が苦しげに歪められる。
「……女神像が言ってたよね。〝絆〟を示せって」
そして、一度ぐっと口をつぐむ。桃色の瞳が迷うように揺れて、やがて意を決したようにレンを見上げた。
「……僕、レンと絆を結びたい」
レンは息を飲んだ。
――それは、つまり。
「レンと絆が示せれば、僕は人魚として覚醒できる」
『蒼ロイ』の裏ルート。最強の悪役令息であるレンと、人魚として覚醒したアクアが、愛の絆の力でリヴァイアサンから世界を救う。
「僕が絆を結びたいって思えるのは……レン、君なんだ」
アクアはその瞬間、少しうつむいた。
耳が赤くなっている。
その様子をぼんやりと眺めながら、鈍い頭の中でぐるぐると理性が囁く。
これで世界は救われる。
アクアも役目を果たせる。
そして――自分も、生き残れる。
それが、最善だ。
そしてそれが、今、目の前に差し出されている。
「……あ」
レンは口を開いた。
――言え。一緒に世界を救おうって。俺たちなら、できるって。
自分の都合で他人を利用しないと決めた。
だけど――これは自分のためじゃない。
世界のため。
……みんなのため。
『アクア。俺と絆を結べ。……お前が好きだ』
勝手に、その台詞が頭の中で再生される。
脳裏に、レンがアクアを抱き寄せる場面がよみがえる。
――それが、〝正解〟だ。
胸に錨 が沈んだように、重い。
喉から声が出ない。
それでも、震える口でなんとか絞り出す。
レンは意を決して、アクアの桃色の瞳を見つめた。
「アクア――」
けれども、おかしいことに、なぜか喉からは声が出ない。
ひゅ、と変な息が漏れるだけで、その先はまるで何かが詰まったかのように続けられなかった。
レンは顔を歪めた。
脳裏には、金の瞳がちらつく。
(まじか……)
――ここまで、大きくなっていたなんて。
レンは祈るように目を閉じた。
そして、静かにうつむいた。
「……悪い」
アクアが息を飲む。
「……できねえ」
――自分はいったい何をしているんだろう。
〝正解〟を捨てるなんて。
でも、嘘はつけなかった。
「やっぱり……」
俯いていると、アクアがぽつりと呟いた。
顔を上げるとアクアはくしゃりと少し苦しげな顔で笑っていた。
「……オルキウスさん、だよね」
その言葉にはっとする。
「……なんで」
「そりゃあ、分かるよ。……レンが安心して笑うのって、オルキウスさんの前だけだもん」
そう言って、アクアは小さく笑った。
レンは目をわずかに見開く。
「レンが僕に友達以上の感情なんて抱いてないこと、なんとなく分かってた。……でも、世界が終わる前に、伝えたかったんだ」
そして、ふと桃色の目を伏せる。
「時間が無いからって……焦った」
はは、と力なく笑うその顔に、レンはぐっと拳を握った。
「アクア」
桃色の瞳をまっすぐに見つめる。
「ありがとな」
すると、アクアはレンを見てなんとも言えない表情で笑った。
◆
先に帰って行ったアクアを見送った後、レンはぼうっと屋上から王国を見下ろしていた。
(何やってんだ、俺……)
見下ろした王都は、夕焼けに赤く染まっていた。
人々の喧騒は消え、石畳の上を物資を積んだ魔晶車が絶え間なく行き交う。
大通りには鎧姿の兵士たちが隊列を組み、貴族街では各家の旗が風にはためいていた。
王城前の広場には、次々と部隊が集結していく。
世界は、確かに動き始めていた。
リヴァイアサンを迎え撃つために。
――それなのに。
自分は、自ら最大の勝ち筋を捨てた。
レンはじわじわと、自分がとんでもない間違いを起こしてしまったのではないかという思いに囚われていった。
ぐっと、屋上の手すりをつかむ。
その時、ふと隣に誰かが立った。
顔を向けると、オルキウスが静かに海を見下ろしていた。
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