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第35話 夢想

 しばらく、その言葉の意味を理解するのに時間がかかった。 「にげ、る……?」  ようやくつぶやくと、オルキウスが頷く。すり、と頬を撫でられる。 「お前はここで死んだことにすればいい。……リヴァイアサンの脅威も届かないところで、二人で暮らさないか」  その言葉が、強烈にレンの胸を揺さぶった。 「そ、そんなこと……できるわけないだろ……」 「俺ならできる」  強く言い切ったオルキウスの金色の瞳は、寸分たりとも揺らがない。  そんなこと、できるはずがない。  そう思うのに、なぜかオルキウスを見ていると、できる気がしてきた。 「二人で……暮らすのか?」 「ああ。内海がある国に行こう」 「毎日……オルと泳げるのか?」 「ああ。……ピクニックもしよう」  オルキウスの言葉に、恐怖で冷えていた心がほぐれていく。  二人で暮らす未来を想像する。  シャチになったオルキウスの背びれにつかまって、泳いで。大ジャンプを見せてもらって、興奮して。  そして、疲れたら手を繋いで帰って、一緒のベッドで、オルキウスの隣で眠る。  カーテンの隙間から差し込む光で目を覚まして、オルキウスを起こさないようにベッドを出る。  お弁当を作っていると、オルキウスが起きてきて、少し眠そうにしながらキッチンにやってくる。後ろから抱きつかれて、危うく卵焼きを焦がしそうになる。  海が見える丘でレジャーシートを広げて、ぎゅうぎゅうになりながら座って、二人でお弁当を食べて。  そして、弁当の感想なんか言い合いながら、笑い合う。  そんな毎日。  戦いのない、平和な毎日。 「……最高だな」  レンはつぶやいた。  オルキウスに抱き寄せられる。 「大ジャンプ、見せてくれよ」 「ああ」 「それで、水もかけて欲しい」 「……ああ」 「それで……それで…………」  ふと、喉が詰まった。  続きが言えなくなる。息が苦しい。  オルキウスに、そっと目尻を優しく拭われた。  オルキウスの顔がぼやける。 「……泣くな」  レンは目を閉じた。  涙がこぼれる。  震える声で、そっと告げた。 「……できねえ」  脳裏によぎる、生徒会のみんなの姿。  フィン。ルカ。アルシオン。アクア。  広間には、地響きが相変わらず鳴っている。 「できねえよ……」  レンは繰り返して、涙をこぼした。  しばらく、広間にはレンの啜り泣く音だけが響いた。  やがて、オルキウスがレンの額に、自分の額を合わせる。 「……お前なら、そう言うよな」  はっとその顔を見ると、オルキウスは仕方なさそうに微笑んでいた。   「そういうやつだ。……だから、俺もお前が好きになった」  レンはオルキウスの手をぎゅっと握った。 「……俺、逃げて二人で暮らしても……多分、どっかずっと、幸せになれねえ」  遠くで戦いの気配がする。こうしている間にも、仲間達は戦っている。  オルキウスはレンの言葉を静かに待っている。  レンは涙を拭いた。 「みんなを守りたい。それで……オルと、堂々と二人で一緒にいたい」 「ああ」 「……だから、オル。一緒に、来てくれねえか」  その瞬間、オルキウスがふわりと笑った。 「ああ。……行こう」  ぐっと手を握り返される。  それだけで、力が湧いてくるようだった。  見つめ合って、小さく笑い合う。  次の瞬間。  突然、ゴゴゴ……と広間が大きく揺れ始めた。 「な、なんだ!?」  驚いていると、石造りの床が大きく盛り上がってくる。  そして、現れたものを見て、レンは大きく目を見開いた。 「これは……!」  驚くレンたちを、まばゆい光が包み込んだ。    

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