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第36話 戦場の光
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山のようにそびえるリヴァイアサンに対峙する兵士たちは、息も絶え絶えになりながら、目の前の怪物を絶望的な気持ちで見ていた。
「む、無理だ、こんなの……」
リヴァイアサンが大きく口を開ける。
ブレス攻撃の予備動作だ。喉の奥が不気味に青白く光る。
さきほどは、このブレス攻撃で第一陣が半壊した。
「くそっ、くそぉっ!」
人間よりも大きい鱗は、いくら刃を通そうとして上級魔法を放とうとも、少しもダメージを与えられない。
兵士たちはもう魔力も体力も限界が近い。鎧はあちこちが裂け、血がだらだらと出血し続けている。
目には恐怖の色が浮かび、武器を持つ手はかたかたと小さく震えている。
「はいはい、回復したい人は連れてくよー!」
その時、イルカ獣人の明るい声が響いた。
兵士ははっと頭上を見上げる。
フィンはイルカの姿で私兵を率いて戦場を駆け回り、怪我をして動けない兵士たちを群れで次々と運んでいく。
「回復隊、王宮からありったけの魔力回復薬持ってきたから、全力で回復していこうね」
ルカたち、ラッコ獣人たちはアイテムを駆使しながら怪我人達を癒していく。
癒された怪我人達は前線に戻れそうならば前線へ戻され、戻れなさそうならば後方支援として再配置される。
「ルカさん、これ、お待たせしました! アイテム置いておきます!」
「ありがとう」
アクアはサメ獣人に乗って戦場を細かく回り、必要な物資を調達したり、戦況を逐一本部へ報告したりしている。
「侯爵まで協力してくれるなんて……」
アクアは自分が乗っているサメ獣人を見下ろしながら、ぽつりとこぼした。
『使っていけ』
『え? ……私ですか?』
アクアが人型のままで戦場を駆け回る姿を見て声をかけてきたのが、本部で戦況を見ていたホワイトファング侯爵だった。
その強面な表情と鋭く光る赤い目に一瞬びくりとしたが、ハーネスのついたサメ獣人がすいとアクアに近づいてくる。
『……いいんですか?』
『早くいけ』
『は、はい! ありがとうございます!』
アクアはぶっきらぼうに背を向けた侯爵の姿を思い出す。
(似たもの親子だな……)
ふふ、と戦況も忘れてアクアは微笑んだ。
「――防御魔法をかけ直した。数撃なら耐えられるはずだ」
アルシオン率いるシロナガスクジラ隊が強力な防御魔法を次々に兵士たちに重ねがけしていく。
「先ほどは先手を取られたが……準備する時間さえあれば、即死なんてことはさせない」
アルシオンの紫の目が爛々と光る。
傷ついた兵士たちは、前線を駆け回る『王海の牙』の姿を見つめた。
フィンが一人運ぶたびに命が一つ救われる。
ルカが癒やすたび、倒れた兵士が再び立ち上がる。
アルシオンの防御壁だけが、この絶望的な戦場を支えていた。
「――ぐああっ」
「――うぐっ!」
それでも、あちらこちから悲鳴が上がる。
フィンが運び出す人数よりも、倒れる兵士の方が多い。
ルカたちが回復させても、前線へ戻った兵士はすぐに吹き飛ばされる。
アルシオンの防御壁にも、やがて少しずつひびが入り始めていた。
リヴァイアサンは出現した時と何一つ変わらない姿で立っていた。
兵士たちが命懸けで刻んだ傷は、とうに再生し終えている。
兵士たちの士気は、限界だった。
このままでは全滅する。
リヴァイアサンは兵士たちを羽虫でも払うように薙ぎ倒していく。
(もう……ダメだ……)
にわかに兵士が絶望したその時。
――ズン、と水圧が増した。
「今度はなんだ……!?」
「なんだ、この魔力……っ!」
ビリビリと水中が震えるような、圧倒的な魔力の塊が凄まじい速さで近づいてくる。
近づいてくるごとに、海が震えた。
やがて、リヴァイアサンに大きな影がかかった。
海中に、ギラリと光る赤い目と――黄金色の目が浮かび上がる。
リヴァイアサンが、ゆっくりと顔を上げた。
その禍々しい目が何かに気がついたかのように細められる。
「な、なんだあれ……」
「でかい……!」
兵士たちが見上げると――そこには、リヴァイアサンにも劣らない巨大さを誇った、二頭の海獣が並び立つ姿があった。
巨大な鮫の口が開く。そこには、鋭く尖るいくつもの白い牙が並んでいる。
「ホ……」
兵士が息を飲む。
「ホホジロ……!」
確かめるような呟き。
次の瞬間、誰かが叫んだ。
「ホホジロだーー!」
その名が戦場に轟き、王国軍にざわめきが広がる。
「シャチもいるぞ……!」
「あの金の目……! ノワールヴルの次期ご当主だ……!」
リヴァイアサンが咆哮を上げて二頭に口を開く。その口の中で、赤黒いエネルギーの球体が形成され始めた。
「またあれだ……!」
兵士たちの脳裏に、王国最強戦力が一撃で吹き飛ばされた姿が過ぎる。
「逃げろ!」
「退避! 退避ー!」
海流を吸い上げるように魔力の球体が膨らんでいく。
そして――二頭の巨大海獣に炸裂した。
激しい銀色の水泡が二頭を包む。
戦場が静まり返る。
「……やっぱり、もうだめだ……」
「終わりだ……」
再び兵士たちに絶望が走った。
――その時。
「……最強が誰か、忘れたか?」
海中に、低い男の声が響いた。
銀色の水泡が消えていく。
「なっ……!」
兵士たちがはっと見上げると――そこには、レンとオルキウスが立っていた。
白銀の鎧と黒鉄の鎧をまとい、その指には揃いの指輪が光り輝いていた。
「レン」
「オル」
視線を交わす。小さく頷いた。
その瞬間、揃いの指輪が共鳴するように強く輝いた。
海底を明るく照らしていく。
兵士たちから恐怖が薄れていく。体の底から力が漲ってくる。
リヴァイアサンが苦しげに身をよじる。光から逃れるように海底へ潜り込もうとし始める。
「あっ……!」
レンがはっとした瞬間。
「――任せろ」
オルキウスが小さく笑みを浮かべる。リヴァイアサンに腕をかざすと、その腕から影のようなものが伸びて蛇のような巨体を縛り上げる。
「闇魔法!? 初めて見たぞ……!?」
「あの影……どこまで伸びるんだ……!?」
オルキウスから伸びる影を見て、兵士たちがざわめく。
光にさらされたリヴァイアサンが苦しそうな咆哮を上げる。
レンはオルキウスを見て笑った。自慢の白いギザ歯がきらりと光る。
オルキウスはレンを見て、やわらかく目を細めた。
「レン。……行け」
その一言だけで、レンは不思議と胸の奥から力が湧いた。
――今なら、なんでもできそうだ。
リヴァイアサンに視線を戻す。赤い目がぎらりと光った。
「最強は……」
レンは両手にバチバチと雷をまとわせた。
海中が光で明滅した。
「――俺たちなんだよ!!」
同時にリヴァイアサンを縛る影がさらに締まり、鱗にヒビが走る。
レンの拳がリヴァイアサンの顔面を轟音と共に撃ち抜く。
――ドゴオォオン!!
リヴァイアサンの巨大な頭部がひしゃげる。
「グォッ――!」
――次の瞬間。
山のような巨体が海底を削りながら何百メートルも吹き飛んだ。
「グオオオオオッ!!」
海底が大きくえぐれ、衝撃で海流が渦を巻く。
誰もが、その一撃に言葉を失った。
兵士たちの目には、薄い笑みを浮かべて並び立つその二人が、希望そのものに見えた。
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