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第37話 終幕

「今だ! 畳みかけろ!」  アルシオンの凛とした声が響いた。兵士たちはその号令で一斉にリヴァイアサンへ攻撃を開始する。  あちこちで魔力が弾け始める。 「効いてるぞ……!」 「勝てる……!」  兵士たちが与えた傷の治りが遅い。  オルキウスの影がリヴァイアサンの巨体を絞め続けているため、動きも鈍く、鱗も割れている。 「進めぇ!」  アルシオンの号令に、猛々しい喊声(かんせい)が上がる。   「マッコウ隊、出るぞ!」 「オオメジロ隊、続けぇ!」  次々に大型海獣人たちがリヴァイアサンへ突撃した。  その時、ゴオォ、とリヴァイアサンの喉奥が光り始めた。 「ブレスだ!」  兵士たちが身構えた時。 「――させねえ!」  リヴァイアサンの首元に、レンの強烈な蹴りが入った。大きくリヴァイアサンが仰け反る。光が消えた。 「た、助かった……!」  兵士がレンを見上げる。 「口を縛ろう」  オルキウスの影がリヴァイアサンの口元に伸び、まるで口輪のように絡まる。  口が開けなくなったリヴァイアサンは、ぶんぶんと頭を振り始めた。  激流が起こり、兵士たちが吹き飛ばされる。  その時、波を止める魔法の壁が現れた。  見ると、アルシオンの紫の目が光っている。    イルカ隊が吹き飛ばされた兵士を次々と回収し、後方のラッコ隊へ引き渡していく。 「レンが正面で注意を引きます! 皆さんは側面から集中攻撃してください!」    アクアが兵士たちに呼びかける。 「誰だ、あいつは!?」 「ホワイトファング家の鮫だ! 従え!」    兵士たちは一瞬戸惑ったが、アクアの乗っている海獣を見てすぐに指示に応じた。  追い詰められたリヴァイアサンが地鳴りのような咆哮を上げ、とぐろを巻き始める。  防御姿勢を固めるかのようなその姿に、レンは舌打ちした。 「往生際がわりい!」 「か、回復してる……!」  アクアが息を飲む。  リヴァイアサンは攻撃を止め、とぐろを巻いたまま再生に専念していた。  ひび割れた鱗が繋がり、裂けた肉がみるみる塞がっていく。 「回復する隙を与えるな! 集中攻撃だ!」  アルシオンが兵士たちを鼓舞する。  レンはリヴァイアサンの鼻先に手を突き、即座に特大の雷を落とす。  悲鳴を上げてリヴァイアサンの回復が止まる。しかし、驚異的な速さで再生した体には致命傷を与えることができなかった。 「埒があかねえ……!」  レンが吐き捨てた時。オルキウスがレンの肩に手を置いた。 「レン。一緒にやろう」 「……ああ」  レンは笑った。  一人で戦っていた頃なら、この手は必要なかった。そして、リヴァイアサンにも勝てなかっただろう。    でも、今は違う。 「お前がいるから勝てる」  オルキウスの目をまっすぐに見て言うと、金の瞳が柔らかく目を細められる。 「知ってる」    二人の重なった手に嵌められた指輪から、光が溢れる。 「……光る、指輪」  兵士の一人がつぶやいた。  ――王国には、こんな伝承があった。  災厄が現れた時。  人魚は光をまとい、つがいと共に災厄を封じたという。    ――そして、人魚の指には、つがいとの絆を示す光の指輪が輝いていた。 「愛の指輪……」  アクアが目を見開く。そして、眩しそうに目を細めて、ふっと笑った。    指輪から溢れた光が二人を包み込んだ。  銀白色と漆黒の光が絡み合い、弾けて海底を昼のように照らす。  二人の姿が変わっていく。  レンの銀髪がふわりと長く広がった。  赤い瞳は宝石のように輝き、頬の傷には淡く赤い紋様が浮かび上がった。  背びれと尾びれはさらに巨大化し、両腕は白銀の鱗に覆われ、指先は鋭い鉤爪へと変わる。  全身から、青白い雷が弾ける。  オルキウスの黒い髪に混じる白髪が淡く光を帯びる。  金色の瞳が細く輝き、その漆黒の背びれは天へ突き立つように伸びた。  巨大な漆黒の尾がゆるやかに海を打つ。  黒鉄の鎧には金の装飾が煌めく。  オルキウスが操る影が生き物のようにうねりながら、黒い海流となって主の全身を巡っている。  並び立った二人から放たれる魔力に、海中が震えた。  兵士たちはその圧倒的な姿に思わず息を呑む。 「な、なんだ……あれは……」 「人間じゃない……」 「まるで……海の神だ……」  光をまとったホホジロと、闇を従えるシャチ。  二人は静かにリヴァイアサンを見上げた。  リヴァイアサンの目が鋭く二人を睨む。その目は、まるで天敵を捉えたようだった。  先に動いたのはリヴァイアサンだった。シュッと水を切って、巨大な尾が迫る。  レンがその尾をがしりと掴んで止める。  オルキウスが再び影を伸ばし、リヴァイアサンを拘束した。  レンの掴んだ尾に亀裂が走る。みし、みし、と巨大な尾が悲鳴を上げた。  リヴァイアサンを拘束する闇の影はさきほどよりも大きく、ほとんどリヴァイアサンを覆い尽くしてしまう。  巨大な海蛇の巨体が激しくのたうつ。  レンは水中で静かにリヴァイアサンを見下ろした。   「オル、いくぜ」 「ああ」  レンはそっと目を閉じた。    黒い穴の底に、巨大な鮫の赤い目がある。恐ろしい目をしていたかと思うと次の瞬間、その姿が幼い頃の自分の姿に変わる。  『なんでみんな怖がるの』  そう言って泣いている幼い子供。レンは、そっと子供を抱きしめた。  ――もう、大丈夫。  幼い子供が泣き止む。そして、にこりと泣き笑いの表情を浮かべた。  ――怖がっていたのは、自分だった。  でも、もう、大丈夫。  目を開ける。  赤い目が光り始めた。  ――バチッ、バチッ。    身体中に魔力が満ちてくる。 「レン!」  オルキウスがリヴァイアサンの体を完全に絞めつける。リヴァイアサンは少しも動くことも、鳴くこともできない。 「……任せたぞ」  その言葉を合図に、レンは魔力を一気に解放した。  バチバチバチッ――!  雷が海を駆け巡り、レンの背後で巨大なホホジロザメの姿を描く。 「な、なんだあれ!?」 「巨大な鮫……!?」  ――生徒会に入った日。  ――初めて友達ができた日。  ――みんなが現実に生きていると気がついた日。  ――ピクニックをして嬉しかった日。    ――オルキウスに触れて、触れられた日。    大切な日々が走馬灯のように駆け巡る。  オルキウスを見る。金の瞳が静かに頷く。  レンは笑った。    そして、次の瞬間、獰猛に牙を剥く。  レンはありったけの力を込めて、叫んだ。 「食っちまええぇーーー!!」  雷の鮫が口を開く。    万物を飲み込むような顎が閉じた。    轟雷が海を裂く。    リヴァイアサンの首が、噛みちぎられた。      

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