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第39話 その後

◆   「あっ、あれ、レン様じゃない!?」  ――災厄の大戦から一ヶ月が過ぎた。  ようやく学園生活も元通りになってきた頃、レンとオルキウスは学園から内海へ入る入り江にいた。  生徒たちがレンとオルキウスを見て興奮したような声を上げる。 「隣にオルキウス様もいる!」 「英雄の二人だよ!!」 「何やってるんだろ?」  きゃあきゃあと騒いできらきらと瞳を輝かせていると、ふとオルキウスが砂浜で海獣化した。輪郭がぼやけたと思った後、でんとした大きなシャチが現れる。 「え……そこで海獣化?」  生徒たちは首を傾げる。  巨大なシャチが、くいっとそり返った。その瞬間、悲鳴にも似た歓声が上がる。 「うおおおおおーーーー!! か、可愛いーーー!!!」  レンが興奮したように両手を突き上げる。  ビリビリと空気が震えるような大声に、思わず生徒たちは耳を塞ぐ。 「え、うるさ!?」 「なに、急に!?」  レンは「しゃちほこおおおー!! ……か、かわ、可愛い……!」と奇声を上げながらふらふらとシャチに近づいていく。 「え待って待ってなんか怖い!」 「英……雄……?」  生徒たちのキラキラとして格好いい英雄像がガラガラと崩れていく。  ずり、ずり、とシャチが砂浜から海へと潜っていく。  少しの沈黙が訪れる。    やがてシャチが水面から顔を出してパタパタと胸びれを叩き合わせ始めた。  間抜けなパタパタという音だけが響く。 「ふーーーーー!! 拍手かわいいぃ!!」  レンがまた奇声を上げて割れんばかりに拍手を送る。  次の瞬間、オルキウスはちゃんぷん、と海中へ潜る。  一拍置いて。  ――ザバァン!!  巨大な体が水面を突き破り、大ジャンプした。 「うおおおおお!! い、生きてて良かったあああ」  バッシャーンと大きな音を立てて盛大に降り注いだ飛沫(しぶき)がレンを頭からびしょ濡れにした。  ずぶ濡れになったレンは恍惚と頬を赤らめていた。 「え、なに、なんかの儀式……??」 「なんかオルキウス様、慣れてる……?」 「怖……。い、いこ」  生徒たちは見てはいけないものを見てしまったと直感して、慌てて踵を返した。 「はあぁ……さいっこう……!」  レンはうっとりと貸切シャチショーに感激していた。 (リヴァイアサン倒して良かったあぁ……!)  密かに夢だったことが叶えられている。  レンはぐっと目頭を抑えた。 「……おい」  それまで一言も喋らなかったオルキウスが、シャチの姿のまま口を開いた。  細かな牙が覗く。 (牙まで可愛い……!) 「乗らないのか」  続けられた言葉に、レンはハッとした。 「の、の、の……」 「……乗らないのか?」 「乗る!!!!」  レンはぶんぶんと首がちぎれそうなほど激しく頷いて、慌てて海に飛び込んだ。  レンは幸せの絶頂にいた。  オルキウスの巨大な背びれに掴まって、一緒に泳いでいる。  でかい。速い。最高。  ゴムのような質感を何度も確かめるように撫でる。 「どうだ?」 「最高!!!!!!!」  レンは少年のように笑いながら叫んだ。オルキウスが尾びれで海面を打つ。  レンは夢見心地で二人きりの遊泳を楽しんだ。  しばらく泳いだ後、二人で岩場に上がり休憩をした。  オルキウスは人型に戻り、レンの隣で海を見つめている。  レンはオルキウスの横顔を見ながら、ふと既視感を覚えた。  前も、ここでこうして二人で海を眺めた。 『友達って、何すんだろうなぁ……』 『……俺も、よくわからん』  数ヶ月前、そんな会話をした。    十八歳の誕生日に前世を思い出して。  悪役令息の運命から逃げようともがいて。  気がつけば、こうして隣にオルキウスがいる。   (てか、結局アクアとじゃなくても、愛の指輪もらえたんか)  確かに、女神像は『古き者』とは言っていたが、一言も人魚については言っていなかった。  (結局、ゲームなんて全然あてになんなかったな……)  レンは右手の薬指に嵌る指輪を見つめた。  空にかざしてみると、角度によって不思議に色が変わる。  赤や金、銀や黒。  なんだか馴染みのある色ばかりな気がして、レンは口角を上げた。  ――あの時感じた万能感は、もう残っていない。  山のように大きかった海獣化も、今では元通りだ。  それでも、世界は救われた。 (とにかく、本当に良かった……)  レンは晴れ渡る空と、穏やかに日の光を反射する海を見つめた。  ふと、隣にいたオルキウスがレンを見ていることに気がつく。 「どした?」 「いや」  オルキウスはじっとレンを見つめている。金の瞳に見つめられると、そわそわと胸の奥がざわめく。 「可愛いなと思って」 「か、かわ、かわ、いい!?」  (な、何言ってんだ!?)  とんでもないことを言ったオルキウスに、とたんに顔が熱くなる。  (俺だぞ? 顔に傷あるし、ピアスだらけだし、どう見ても可愛い系じゃねえだろ)  そう思った瞬間、オルキウスがくつくつと喉奥で笑った。 「そういうところが、可愛い」 「ど、ど、どどういうところだっ!?」  聞き間違えじゃなかった。  慌てていると、そっとオルキウスに肩を抱き寄せられた。  びくりと震える。 「じゃあ、俺はお前の願いを叶えたから、あとは俺の番だな」  低く囁かれて、レンは心臓が爆発しないようにぐっと抑えた。

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