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第7話

 ムーンリバーのテーブル席には、百合と茅洋の他四人のスタッフが座っている。  今日は、フラワーショップリリーの納涼会だということで、当店を選んでもらった。  いつもなら店を閉めた後に、茅洋は片付けや掃除をしているころだが、今日はそれを簡単に済ませて飲み会に参加するようにという百合の言いつけだったらしく、茅洋も席でビールを飲んでいる。  あの思わず寝落ちしてしまった日から一週間。気恥ずかしさがあってか、家にも行っていなければ二人きりになることもなかった。  店に届けてくれる花とメンテを済ますと、茅洋はさっさと店に戻ってしまうようになって、ほんのわずかな二人の時間もとっていない。  キス未遂も、なにごともなかったように日々が過ぎていく。  寂しさのようなものがあるが、これ以上の付き合いがないのであればそれでいいとも思う。    亮は、百合のテーブルにピザとフルーツを持って行く。ちらりと茅洋を見ると、茅洋もこちらを見ていた。  意識してしまって、顔が熱くなる。  なんか、妙な気分だ。別に惚れているわけでもないのに、アイツに見られると緊張する。  持って行ったピザは、一斉に手が伸びて、あっという間に無くなっていく。流石に、みんな若い。  残った一枚をゆっくりとした動作で、茅洋が持っていく。 「追加しますか?」と百合に聞くと、「お願いします!」と元気な声が返ってきた。  何やら上機嫌だ。 「マスター、ピザ追加です」カウンターにいる小田桐と梓に声をかけ、梓がキッチンへ行った。  今日は、小田桐と梓が店に入ってくれているので、亮はフロアーでサーブすることにしている。  百合のところ以外に占い目当ての三人グループの客が入っているので、今日は割と忙しい。  占い目的のグループに飲み物を運び、席へついた。  すぐ隣の百合たちが楽しそうに話している声が聞こえてくる。 「それ、マジっすか?」「えーやばい」「どうしよう」「でしょ、マジでやばいの」とスタッフと百合の興奮した声が聞こえる。 「イ・シワンて、あの、イ・シワンですよね? マジかー、彼に手ほどきされるなんて、めちゃ興奮する!」  大ファンなんです言いながらスタッフの一人が百合に話している。  亮は、イ・シワンという単語に一瞬動きを止めた。茅洋から何度か聞かされた名前だ。  そうか、会えるチャンスが来たか。茅洋はどんな顔をしているのだろう。  ちょうど背中にいる彼を見ることができないが、きっと他の人のように頬を紅潮させているに違いない。良かった。  このチャンスをものにできれば、友達や恋人に……最初からそれが難しくとも同じ業界で働いている人として認識されるはずだ。  席にいる三人への占いとアドバイスをしている途中に、男女のカップルが来店してきた。  前に占いをした人探しをしている女性だ。  亮は「失礼」と言って席を立ち、二人をカウンターに案内したが、テーブル席を希望されたので、茅洋たちがいる席の隣を案内した。  飲み物の注文をしてから「後でお話をいいでしょうか」と女性客が言ってきた。  また占いでもしてもらいたいのだろうかと、思いながら、すこし時間がかりますよと了承を得て、元いたテーブルへ戻る。  茅洋の様子を見ようとしたら、あちらが俺を見ていた。  目が合ってしまったことにたじろいでしまう。  席では、まだイ・シワンの話しで盛り上がっているようだったが、茅洋はいつもと変わらず無表情で話しを聞いていた。  相変わらずクールなやつだな。憧れの人と会えるんだから、もう少しテンション上げたらいいのに。  緊張しているとか……そうかもしれないな。それなら後で自信につながるような言葉でもかけてあげようか。  どんな言葉がいいか、あいつが作ってくれる花を褒めるか、最近、見栄えが良くなったことにするか……。  茅洋のことを考えると、自然と口角が上がってくる。占い目当ての客は、良いことを言われるのだと思っていたようだが、あんがい普通のことでがっかりして帰って行った。  百合の席への追加注文を聞きに行くと、だいぶ酔っぱらた百合が手を振って「そろそろ解散……ここは、うちの店でろう収書くらさーい」と舌ったらずに言い、スタッフがごちそうさまですと頭を下げた。  水を人数分持っていき、チェックを済ませ、領収書を小田桐に任せる。    そして、話しがあるという人探しに来ていた女性の席についた。  席に着くと、すっと名刺を出された。週刊誌の記者である黒田奈々子と名乗る女性と隣にいる男性は、フリーのカメラマンをしていると紹介された。  やっぱりな。最初に会ったときからそんな感じがしていた。  人を試すような視線や、純粋に占いを楽しむタイプではなさそうな気がしていたからだ。  名刺を戻してつっけんどんな態度で用件を聞く。  バーの客だが、占い関係でやってくるメディアに対しては、冷たくあしらってもいいという小田桐夫婦からの了承も得ている。 「花岡さんのことを取材させてもらいたいんです。占いに関してとか……」 「申し訳ないんですけど、そういうのは断ってます」 「ええ、そうですね。でも、花岡さんのようにハンサムで、よく当たる占い師は、中々いません」  褒めてもらえていることは単純に嬉しいが、そこから始まるような挨拶は、ろくでもないことを知っている。それに、そんなことを聞きたいわけじゃないだろう。  黙っていると案の定、——もう1つの能力——について聞かれた。 「ある人から聞いてんです。あなたと付き合うと運気が上がるっていう夢みたいな話しを」  奈々子は前のめりになりながら、じっとこちらを見て話してくる。  非科学的なものを信じる人独特の気迫があって、亮は引いてしまった。  ある人からというのが、誰の事かは知らんが、中にはお喋りなやつとも付き合ったことはある。  秘密にしてくれとは言わなかったけど、別れるときにはお互い連絡先を消すことにしている。  それに、そういう付き合いをする人との連絡先交換はそれ専用の携帯電話にしている。  でも……茅洋には、個人的に使っているスマホの番号を渡したな。また、茅洋の事を考えてしまった。  その過去に付き合った誰かが、俺のことを話したのだろう。  夢みたいなことをもたらす男ってか……。 「きっと、勘違いですよ。そんな夢みたいな話しあるわけないじゃないですか」  バカバカしいと言う風に笑うと、奈々子は真剣な表情でこちらを見ている。 「一度、ゆっくり話しを聞かせてください。あなたのことを知りたいんです!」  熱烈なアプローチに辟易する。 「嫌です。とにかく帰ってください」  席を立とうとした時に、奈々子から腕を強く引っ張られた。中腰の状態で、バランスを崩してしまい、転びそうになったところを茅洋が抱きかかえるようにして助けてくれた。 「ったく、なにすんだ……」  抱きかかえられながら、悪態つくのもかっこ悪いなと思いながら、茅洋に礼を述べようと後ろを振り返ると、鋭い視線を奈々子に向けていた。 「触るな、その手を放せ」  小さい声だが、低く唸るような声音に鳥肌がたった。  普段、こんな激しい感情をむき出しにすることのない男なのに、後ろにいる茅洋は、俺が知っている男とは違うように見えて戸惑ってしまう。  野犬に睨まれた小動物のように奈々子は、びくりと震えて、手を放した。それでも持前の気の強さで、くってかかる。 「すみません。あなたは? 花岡さんのお友達ですか? お友達としても聞かせてもらえませんか?」 「いい加減にしてくれ、こいつは関係ないだろう」  既に帰り支度を終えドア付近にいる百合たちへ「また、いらっしゃってください」と挨拶し、茅洋にも帰るように目配せした。  茅洋は、困ったような顔を向けながら、百合たちと外に出た。 「何か、マスコミがお嫌いな理由でもあるんですか? 昔も何かあったんですよね?」  まだ言うのかよ。こいつは出禁だな。  溜息をつき、どうしようか考えていると、塩を持った梓が、怒り声をあげた。 「これをかけて欲しくなかったら、さっさと帰りな! いつまでもいるなら警察呼ぶよ!」  カウンターに座っている常連客も「そうだそうだ!」「迷惑条例だ」と応戦してくれる。  梓と常連客の勢いに圧倒された奈々子と一緒にいた男性はしぶしぶ席を立った。  さっきから何も言わずに奈々子の横にいるカメラマンの鞄を奪い取る。 「この中の隠しカメラか? 壊されたくなかったら消せ。それが世に出たら、あんたらを訴えるからな」  亮は、なんとなく見えたことを口にした。勝手に撮られていると勘づいたからだ。  カメラマンの男性は、梓や常連客に睨まれてぺこぺこしながら、鞄からカメラを出すと、データを消したことを見せて逃げるように店を出た。  奈々子は、深くお辞儀をすると「また来ます。今度は客として」と言い出て行った。  梓は、「なによ! あの太々しい態度は!」と尖り声を上げて、塩をまきにドアの外にでる。  その後すぐに「キャッ」「わっ」という声が同時に上がり、梓と現れたのは、塩をかけられた茅洋だった。

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