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第9話

茅洋の家には、週三日くらいの頻度で泊まるようになった。自分の家から着替えも持っていくようになって、洗面所には、自分の歯ブラシも置いてある。コンビニで買ったデザートや飲み物は冷蔵庫に、雑誌とか本は乱雑に床に重ねてある。自分の家のように振る舞っても茅洋はうるさいことをいわない。  相変わらず会話は、あまりないけれど、居心地は良い。実家に帰ってきたのだと思ってしまうくらいのんびりしてしまう時がある。  お互いの仕事が終わり、アイツが机に向かって勉強していて、俺はソファで雑誌を読んでいた。 「そういえば、イ・シワンが教えてくれるんだろ? それっていつなんだ?」  回転する椅子をこちらに向けて姿勢がよいまま「来月です」と答える。 「忙しい方なので、まだ未定です……」  手にしている韓国語の本は、マーカーが沢山引いてあって、勉強しているのがわかる。  専門用語を韓国語で聞いたり話したりできたらいいかと思ってと言っていた。  本を読んだり、韓国語の音声を聞いて勉強している姿は、とても楽しそうに見えた。  憧れの人に会える……という嬉しさは、茅洋の気持ちからあふれでていて、それがすごく俺の心を落ち込ませていた。 「早く……会えるといいな」  本当に思っている気持ちと、そうじゃないという気持ちをため息で消す。 「はい。早く会いたいです……」  雑誌に出ているイ・シワンを見つめて言う茅洋の横顔に、奥歯を噛みしめる。  来月なんて、あっという間だな。あっという間に別れもくるのだろうか。こうやって居心地良い場所がなくなってしまうのか……でも、茅洋にとって良いことなら……。  鞄にしまってあるもう1つの携帯電話の音が鳴って、我に返る。  占いで使う方ではない、特殊能力の方で連絡をとる携帯電話だ。  軽く舌打ちをしながら、「ちょっとごめん」と電話をとった。相手はモデルの汐里だ。  そういえば、別れる時にお互いの連絡先を消すということを言うのをすっかり忘れていた。 『花岡さん、お忙しいところすみません、留守電にもいれたんですけど、紹介してほしいって人がいて……』  留守電? そうか、最近こっちの携帯電話を見向きもしなかった。  充電するのされ忘れてたくらいだ。奇跡的に10%ほど残っていた。 「ああ、すみません、忙しくて、留守電聞いてなかったです」  抑揚のない声で返し、勉強している茅洋に申し訳ないと、隣の部屋へ移動した。 『紹介しても大丈夫ですか?』  運気を上げたいとか、願いをかなえたいとか、最初は人助けのようなつもりで受けていた。今は仕事みたいな気分だ。報酬はもらっていないけど。  一時期、報酬をうけようかと考えたこともあった。でも、それを仕事にしてしまうと後戻りできなくなるような気がして怖くて止めた。  こういう非科学的な世界にどっぷりはまってしまうのは、嫌だったから。 「すみません、今は……誰も受けてないので……断ります」  いつもであれば、他に客がいると言ったり、二股したときもあった。  でも、茅洋は客じゃない。今までのやつらと一緒にしたくなかった。 『……やめるんですか?……この仕事……』 「仕事……わからないです。じゃあ、切ります。 あ、この番号消してください。俺もアナタの番号消すので」  仕事か……。  茅洋との付き合いが終わったら、仕事にしちまうかな。  その方が、虚しさが残らないのかもしれない。  番号消してと言ったところで、本当に消してくれるかどうかもわからない。また連絡がくるかもしれない。  そうなったら、紹介制度という形にして、仕事をとるようにするか……。  電話を終えて戻ると、ローテーブルへ置いたままにしたスマホが光っていた。  母親からのメール連絡で、旅行へ行ってきた写真が添付されている。いつものやつだ。  CCに梓のアドレスも入っていた。  昔、寝不足がたたって倒れた時に両親と小田桐夫婦の間で連絡先を交換しておいたという話しをきいていた。俺の知らないところで連絡を取り合っているのだろう。 「携帯電話、二台もってるんですね」  茅洋から思わぬ質問が来て、焦る。 「……昔使っていたやつで、解約するの忘れてた、あ、充電切れたわ」  ちょうどいい。このまま鞄の底で眠ってもらおう。後のことは、その時になったら考えればいい。 「俺、先に寝るな」  シャワーを浴びて、隣の部屋へ行った。  ソファで寝たり、下に布団をひいて寝ていた時期もあったが、朝目覚めるとベッドに入っているので最初からベッドで寝ることにした。  寝心地悪そうとか、寒そうとか、色々理由をつけて運んでくれているので申し訳なくなったのと、茅洋の隣は眠れる。いつもより深い眠りに入れているきがする。  茅洋がベッドで寝る頃は、だいたい夜明け近くが多かったのだが、この頃は、俺が入って一時間くらいでベッドにはいってくるようになっていた。  なんだか恥ずかしくなって、俺は眠ったフリをする。茅洋も完全に眠れているわけではないようだ。そのうち、俺の手に触れたり、顔や髪の毛に触れてくることがあって、その温もりの心地よさに俺が寝落ちする。  最初は、俺を母親だと思って、何かを確認しているのかと思っていた。  でも、だんだん、違う人を想って言っているのではないかと思うようになった。  なぜなら、その言葉が日本語ではなかったから。    ここ最近の茅洋は、フラワーショップリリーでもアレンジメントの注文をとれるようになって、ムーンリバー以外にも定期的にアレンジメントの配達をするようになっていた。  深澤のところでも、茅洋の作ったアレンジメントの評判を聞いて、彼に作ってもらいたいという客が増えてきたと言っていた。  俺のせいじゃない。アイツが真面目に取り組んでいるから結果がついてきているのだ。

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