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第10話
最近できたキャバクラはとても評判がいいらしい。
カウンター席に座った深澤と床屋の主人がそう話している。
この街にある商店街の主人たちは、ムーンリバーの常連だ。小田桐が店を切り盛りしている時から二人はきている。
そのキャバクラの話題をにこにこして聞いていた小田桐は二人の前に立つ。
「なに、可愛い子でもいるの?」
「マスター、みんな可愛い子ばかりだよ、まだ行ってないの?」
床屋の主人は、何回も行ったことがあるかのように話しを進める。
「ほら、クーポンあるからさ、今度行こうよ」
奥のキッチンで仕込みしている梓に聞こえないように小声で言っている。
あのしつこい女性記者が来てから、小田桐夫婦は頻繁に店に来てくれていた。
店を亮に任せているといっても、我が子のように心配してくれ、時には過保護かというくらいに気にかけてくれる。特にあの女性記者のようなしつこい客は、要注意人物と考えているようで、街の中でも変な人に会ってないかと心配してくれることもある。
小田桐の病気を当てただけなのに、占いなんて怪しいものをやる場所を提供してくれて、親のように寄り添ってくれるありがたい存在だ。
勘が少し鋭い、不眠症気味で、マスコミが嫌いだということは伝えているが、特殊能力の話しはしていない。——あげちん——なんて笑われるのがオチだ。
付き合うと願いが叶う。良い運気が巡ってくる。……どっちにいこうか悩んでいる人に、こっちだよ。って言うだけなんだ。見えたことを言うだけ。
そういえば、茅洋から悩んでいる言葉を聞いたことがない。どっちがいいかとか、どうしたらいいかとか、アイツは自分で決めてるんだよな。
梓がこちらへ来たことに気付いた常連の二人は、わざとらしく別の話題に切り替えた。
「聞こえてるけど……気にせずどうぞ行ってきなさいな。その代わり、余計な金使わないでよ!」
ギロリとおじさん三人のことを睨む梓は、昔ヤンキーだったのでは? と思うほどの迫力がある。
その睨みにびくつくおじさん達を見て、笑ってしまう。
「いや、まあサービスがいいんだよ。だからなのかしんねえけど、マナーの悪いやつもいるんだよな。ありゃストーカーってやつみたいだ。しつこいし、金払いはいいんだけどな」
床屋の主人が腕を組んで、困ったやつもいるもんだよと頭をふる。
「なんだ、ヤーコーか? チンピラか?」
「いや、そりゃ違うよ。ここら辺のは、そんな悪い人いねぇ。ありゃ、他所もんだよ」
夜の水商売は、どうしても指定暴力団が絡んでくるのはよくある話しだが、この街には、そういった人が絡んだ事件の話しは聞かない。
それ系の人はいるが、堅気に干渉してくることはない。
警官のパトロールもあるし、民間の街を守る団体の人もいて、割と安全な街だ。
「そいつ、どんなことするの?」
興味本位で聞いた亮もカウンターに入っている。今日のムーリバーは、テーブル席に一組いるが、彼らも常連だ。すこし暇を持て余していた。
「お気に入りのお嬢ちゃんがいるみたいだけど、その子が他の客につくのがつまらないらしくて、店の中でも散々文句言って、外で待ちぶせして嬢ちゃんと客に怒鳴ったり暴れたりしてるよ」
「なんだよ、そりゃ。とんでもねぇ大馬鹿ものだな」
小田桐に続いて、梓と亮は相槌をうつ。
「何回か注意されてるから、そろそろ出禁になるんじゃねぇかな……おかわり」
亮は、ビールのおかわりを床屋の主人に出しながら、隣の深澤の表情が曇っているのに気付いて声をかけた。
何か考えごとをしていたようで、「ああ」と我に返って自分のスマホをみた。
「いや、考えすぎかもしれないけど……茅洋がそのキャバクラに花の配達頼まれて行ってるんだ。ここ最近、身なりが綺麗になったし、モテるからよ。その、客に絡まれてたら……」
「ふかちゃん考えすぎだぜ。そのキャバ嬢と絡んでなけりゃ、その客だってなにも言ってこないだろう」
小田桐の言葉に歯切れの悪い返事が返ってくる。
「だといいんだけど……配達完了の連絡がまだ来てないんだよ……そろそろ来てもいいはずなんだけど」
深澤のスマホはカウンターに置かれたまま、なにも動かない。画面を開いてみてもさっきから変化がない。
「マスター、俺、ちょっと見てくるよ」
小田桐の了承を得る前に、カウンターの外に出ていた亮は、「気を付けてな」という言葉を背中で聞いて、夜の街を走っていた。
走りながら、茅洋のスマホに電話してみる。コール音が鳴るばかりで出てくれない。
キャバクラは、フラワーショップフカザワから飲み屋が連なる一角にあって、距離としては遠くはない。徒歩で十分もしない距離だ。
フラワーショップフカザワに着き、シャッターが閉まっていないガラス扉を覗く。鍵が閉まっていて、中には誰もいない。
キャバクラへつながる道で、人だかりができているのが見えた。罵声や叫び声が聞こえてくる。
亮はとても嫌な予感がした。
――予感ではない。見えた。人だかりの中で蹲り蹴られている茅洋の姿が。
「やめろ」声を上げながら、人だかりの中心に入っていく。
見えた。状態と同じような光景が目の前に広がっていた。
茅洋が、倒れていた。鼻血が出たのか、顔が赤く染まっている。
やめろと言い、蹴っている男に体当たりした。が、巨体のそいつには、なんの手応えもなかった。
ぶつかった亮の方が尻もちをついてしまった。
ふらつきもしないその巨体が、亮の襟首を掴み身体が浮き上がる。
嘘だろう。なんでこんなデカいんだよ。レスラーかよ。クソ。
首を絞められる形になってしまって、苦しさに顔がゆがむ。
「花岡さんに、はなれろ!」低く唸る声が足元で聞こえた。
茅洋が、巨体の足にしがみついたが、あっけなく振り切られ、また踏みつけにされた。
つられた形になっていた亮は、苦しさで呻きながら、身体をじたばたと動かした。思い切り振り上げた脚が、巨体の股間を打つ。
偶然にヒットしたはいいが、急に手を放された亮は、茅洋の上にどかりと落ちてしまった。
巨体が、呻きながら膝を崩した時にようやくお巡りさんが駆け寄ってきて、お縄になった。
キャバクラの黒服が近くの交番まで走り、連れて来てくれたようだ。
暴力巨体が暴れ出し、店から追い出された時と茅洋が花を配達しにきたのが同じタイミングだった。前々から見たことあったチヤホヤされている花屋の店員に目をつけ、店から追い出されたことへの腹いせに襲ったということだった。
とんでんもないクソ野郎だ。
さて、茅洋の上に落ちた亮は、なんとかどこうと思っていたが、しっかりと茅洋にホールドされてしまって動くことができない。
「おい、はなせ。おい!」
背中を抱き込まれるように寝そべっているのが、部屋だったら良かったのに。ここは、野次馬に見られている道端だ。
抱えられたまま起き上がり「もう、はなせって」と振り向くと、血の塊が鼻にこびりついて、なんとも情けない表情で微笑をつくっている。
「おまえ、ひどい顔……」
逞しい腕だと思ってたけど、喧嘩は弱かったんだな。
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