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第14話

 迎えにきてくれた茅洋は、かっこよく見えた。  惚れた欲目というやつか。  二人きりになったら、押し倒してしまいそうな自分がいる。  そんなことをぼんやり考えていると、ひょいと目の前に茅洋の顔が現れ、びっくりする。 「花岡さん、大丈夫ですか?」  さっきから話し掛けているのに返事がないからと、腰を折って顔を覗き込んできた。  大丈夫だよ。と微笑を作り、これから先のことを考える。  茅洋がイ・シワンと出会うことができた。きっと、これから彼の努力次第で、ことが良い方向に進むだろう。  俺は、最後まで見届けることができるだろうか。茅洋からの別れを受け入れることができるのか?  商店街の側には、グラウンド付きの公園があって、そこで子供たちがサッカーをしている。  夏の日差しに負けないくらいの声と弾ける笑顔だ。  俺もあんなふうに友達とボールを蹴って遊んだり、かくれんぼしたり、鬼ごっこしたりしてた。  あの事故までは……。  引っ越してからも、俺の言動に不信感を持つ人がいて、いじめられたこともあった。  自分自身がよくわからなくなって、うちに閉じこもることが多くなり、友達なんかできなかった。 「サッカー好きですか? 俺は小さい頃から運動不得意で……なにをやっても落ちこぼれでした」  懐古するようにグラウンドを見つめている。 「母から、兄は器用だったけど、俺は不器用だねって、言われてました」  笑いながら、母との思い出を話す茅洋の顔に寂しさはない。  哀しい別れ方をしたのに、そんな風に母との思い出を話せるようになった茅洋を凄いやつだと思う。  コンビニエンスストアの前を通り、初めてみた時の茅洋を思い出す。  もっさりとした、汚い恰好のやたらデカいやつ。スニーカーだけが綺麗だったっけ。 「そういえばさ、お前、身なりに気を使わなかったくせに、なんで靴だけ綺麗だったんだ?」 「……そんな気を使わなかったつもりなかったんですけど……花岡さんに指摘されて、気付きました。靴は、他人は足元を見るから綺麗にしておいた方がいいって、育ててくれた……家族に教えてもらったんです」  いろいろ気になることはあるけど、俺に言われるまで誰も言わなかったのかよ。とか、家族に言われたその言葉だけを忠実に守っているところとか。  俺と同い年、三十にもなって、どこか子供っぽい。というか純粋なんだよな。  見た目はしっかり大人、ま……そういうこともできる大人……なんなら、わりとスケベ……なのに無垢なところがあって、そのちぐはぐな感じが……気に入っている。というか好きだ。  俺、どうしよう。告白ってどうやるんだっけ? つうか告白したことあったっけ? 告白? してもしょうがないんじゃないのか……この付き合いは、そういうもんだろう。    ぐるぐると考えているうちに茅洋の家についてしまった。  見慣れた部屋……だけど1つだけいつもないものがあった。スーツケースだ。  中型のそれは、グレーのメタルが輝いていて新品だとすぐにわかった。  どこか行くのかと聞く前に茅洋が話し出す。 「韓国へ行ってきます。シワンさんが待っているので」  足元がぐらつくような答え。  マジかよ。ちょっと展開早いんじゃない? え? もうそういう関係?  口元が開きかけては、閉じて、なにから聞いたらいいのかわからない。池の鯉が水面で口をパクパクさせているようにして、ようやく出た言葉が「いつ」だけだった。  いつからなのか、いつまでなのか。そんなことも全部ひっくるめて吐息のように出た。 「明日から一週間行ってきます。それで、あの……帰ってきたら、ちゃんと話します」  ちゃんと話すとは? なにを? 今言えばいいのに……聞きたいのに聞けない。  茅洋は、じっと亮を見つめて、唇を結んでいる。  覚悟を決めたようなその表情を見て、小さくため息が出た。  子供が自身で何かを決めて旅立つ時は、こういう顔をするのかもしれない。俺も家を出た時は、こんな顔を親に見せていたのかも。  何も否定できない。止められない。強い意志がそこにあるから。 「ちゃんと帰ってくるんだろう。なら、待ってるよ」  茅洋の顔を見ずに言う。目をみたら、涙が出てしまいそうだった。  永遠の別れでもないのにな……大袈裟な俺。たかが一週間なのに、心に穴が空いたようだ。  帰ってきます。そう抱きしめられた時に、安心する匂いがして、閉じた目から一筋涙がおちた。  茅洋は、フローリストとして成功する。それは見えている。  フローリストとしての第一歩を韓国で始めるのかもしれない。今回行くのは、その準備としてなのか。  いつかは離れることになるのかもしれないなら、俺のことを話しておこう。 「茅洋、俺も話しがあるんだ……はっきりと言っていなかったけど」  第六感が働くこと。人の運気をあげることができること。  勘が鋭くて占い稼業を始めたけど、小さい頃はもっといろんなものが見えていた。  それこそ、超能力少年と言われた時だ。  事故から数か月は、人が何を思っているのか、しようとしているのかわかった。いわゆる予知というやつだ。  奈々子が言っていた『花岡くんがおかしなことをいい始めた』は、ちょうどその頃。  学校中の噂になって、それを嗅ぎ付けマスコミが家にやってきて、事故で無傷だったことと結びつけたんだ。  ――あの大事故からの無傷で生還! 彼には何か見えていたのか! 超能力少年に聞く、あの時のことを!  雑誌に載ったタイトル。 「そこに高校生の死が絡んでいたことなんて、誰も言わなかった。知っていたはずなのに、エンタメとして取り扱ったんだ……だけど……その時の俺は…………」  振り絞るように言う亮の手を握り、茅洋はだまって聞いている。  俺は、そんな自分がイヤではなかった、すごいと言われることが嬉しかったからだ。  だけど、親は違っていた。事故にあった友達の親も、みんな俺を憐れむようにして見てた。  引っ越しをして環境が変わってからは、少しづつ見えなくなった。というか、見えるものを閉ざすことが出来るようになったんだ。  目を閉じるのと同じように、心を閉ざす。胸に手をあててそう話す。 「閉ざすことを覚えたからか、その後の生活は楽にできたよ。ただ、やっぱり脳は疲れるんだ。事故のこと、俺の目の前で吐血したお兄ちゃんの顔は、忘れられない。前に、眠れない時は嫌なことを思い出して、脳を疲れさせるって話しただろう? あれはその事故のことだ」  事故のことを話したところで、俺がマスコミで騒がれていた過去をもつからと言って、茅洋にはなにも関係がない。俺と付き合うと運気が上がることだって、どう思うかは人それぞれだ。  でも、俺を知ってほしいと思った。心のうちを茅洋に話したい。  こめかみを抑えて話しを続ける。 「あげまんて言葉知っているか? 付き合った男の運気をあげて成功に導く女のこと。自分でいうのも恥ずかしいけど、俺はその男バージョンで、あげちんなんだよ。笑えるだろう……」  そう笑顔を作ってみたが、茅洋は優しい瞳を向けたまま黙っている。 「だから、いろんなやつと付き合ったし、寝たこともある。全部恋人もどきでな。俺と付き合って、お前もイ・シワンと会えたし、良かったよな」  こんなことを言うはずじゃなかったのに、余計なことを話したと奥歯を噛む。 「恋人もどき……じゃないです。……友達です……」  やっと発した言葉が、それかよ。  俺はふられたのか? 友達……そう友達ね。トドメを刺されたような気分だ。  情けなさで、声に出して笑ってしまった。茅洋はキョトンとしている。ま、いいか。  夜になって、自分の家に帰ろうかと思ったけど、明日から茅洋がいないのだ。明日帰ればいい。  シャワーを浴びて、キスのないセックスをした。  茅洋の傍は、よく眠れる。一緒にいると眠れる。 「そういえば、夜、眠れるようになったのか?」  隣で、天井を見ながら、またぼそぼそと韓国語を話している茅洋に言うと、顔だけをこちらに向けて「はい」と答えた。  そうか。良かった……茅洋の匂いがして夢の世界に誘われた。  優しく髪を撫でられて、唇を軽く吸われている。甘いキスだ。  昔、誰かとしたキスだったかな? 俺、キスしたかったのか。夢に見るほどなんて、だいぶ溜まってんだな。  唇がかすかに動く。  柔らかくて温かい。くすぐったくて、ふふふと笑う。  今までみた夢の中で、官能的で甘くて幸せだ。  目覚めた時は、朝の九時で、茅洋とスーツケースはなくなっていた。  起こしてくれればいいのに、変なところに気を使いやがって。  テーブルには、ラベンダーのアレンジメントと手紙が添えてあった。  ——ベランダの植物に水やりお願いします。  おいおい。じゃ、ここにいろってことかよ。ま、自分の家より眠れるかもしれないな。

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