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第15話

 その日からの一週間は、長かった。大袈裟なのはよくわかってるけど、一日一日が長く、眠れない日もあったからか余計に感じた。  でも、明日帰ってくる。茅洋が帰ってくる……はずだった。  メールには、シワンの仕事の関係で、明日の帰国が無理になったこと、またわかったら連絡すると書いてあった。  落ち込んだ気持ちのまま、店をあけた。  今日は、小田桐もカウンターに入っている。梓は、旅行から帰ってきて風邪をひいてしまったと言っていた。  小田桐が旅先から帰ったと知った深澤が、常連に声をかけて、今日のムーンリバーは、開店から常連が集まっていた。  深澤と百合、床屋の主人と、コンビニの店長……商店街の常連が、楽しそうにしている。 「何か、あったんですか?」  いつも以上にニコニコしている深澤に話し掛ける。 「亮くん、聞いてないか? 茅洋だよ。今韓国だろう。シワンさんのところ。あっちでの仕事が順調なんじゃないかって百合と話してたんだよ」 「だって、帰国のびてるんでしょ? きっと、そうよ。茅洋くん韓国語も流暢だったし、いい助手ができたから、中々手が離せないんじゃないかと思って」  二人の話しに、皆がお祝いムードなのを、俺は喜べなかった。 「いつ、帰ってくるんですかね」  つまらなさそうに言う亮を、あらら? と揶揄うような視線を向けた小田桐は「寂しいか?」と言う。 「マスター、そりゃそうだろう。俺だって寂しいよ」床屋の主人がそう言うと、「俺も寂しいな」とコンビニの主人が言う。  なんでだよ。というツッコミを入れた深澤は、感慨深いため息をもらした。 「茅洋は、最近は夜も眠れるようになったっていうし、新しく出来る仕事がふえたし、嬉しいよ」  親心というべきか。ここにいる皆がそういう気持ちなんだと思う。 「でも、なんで眠れるようになったんだ」また床屋の主人が余計なことを言う。 「そりゃ、頑張ったからだろう」コンビニの主人が答える。 「何を?」 「ナニをだよ」 「え? ナニ……ってか」 「そう、ナニだよ」  と二人して、二ヒヒといやらしい笑い方をしている。  ……どうしようもない。  ま、確かに、ナニをした後から眠れるようになったのだから、その通りなのかもしれないけど。  あれこれを思い出して、顔を赤くする亮を見とめて、百合が「大丈夫?」と声をかけた。 「でも本当にすごい。茅洋くんのあの韓国語は、昔から勉強してたんじゃないかしら。会話がスムーズだったし、シワンさんもすぐに打ち解けた感じがしたわよ。講習日の初日から二人きりで話してたし、部屋にも呼ばれたみたいだし」 「……っ!」  おかわりを継いでいたビールのグラスを落としそうになってしまった。  部屋に呼ばれた……そっか、そっか、そうなのか。  もう、帰ってこないのかもしれない。いや、帰ってくるだろう。でもそれは、荷物をとりに。  あっちへ住むことだって十分考えられる。  憧れていた人と会えた。想いが通じ合った。俺とこれ以上いる必要はない。    店を閉めてからの帰り道は、あまり覚えていない。ただ、茅洋の家には帰らず、二駅先の自分の家に帰った。  元々物が少ない部屋だから生活感がないのだけど、しばらく帰っていなかったからか、他所の家に来たような気分だ。自分が感じられない。占いで自分が見えないと同じようだ。  茅洋が韓国へ行く前だって、ここには帰ってきてたし、住んでいたはずなのに。アイツがそばにいないってだけで、こんなに変わるのか。  茅洋に自分の全てを話した時、アイツの真っすぐな目が怖かった。  俺は本当は、自分に特別な力があることを優越感として思っている。非科学的なものを信じる心をばかにしているのに、信じていない人には、それ相応の態度をとりながら、信じさせようと言い当てていた。  事故の影響なのかは、わからない。ただ、変わったのは事実だ。  凄いと言われ悦に浸っていた幼少期の思い出は、良い思い出として残るも、白けた眼差しに目を背ける思い出も蘇る。  事故というワードや、現場、話しを聞いて頭痛がするのは、俺の中にある恐れと後悔なんだろう。  本当は、誰かに必要とされたい。だから、あげちんなんて紹介をいつも受け入れていた。  付き合うと運気上がる? 願いが叶う? 違う。本当は、付き合っているから誘導できるだけなんだ。  本人の希望通りに、見えたことを助言しているから、その通りになる。  あとは、その人の努力次第だ。  茅洋が、イ・シワンに気に入られたのは、俺とはなんの関係もない。俺はなにも誘導していない。  アイツの努力と才能だ。俺は、アイツの未来が見えただけだ。  それを、俺と付き合ったからイ・シワンと会えたなんて、驕るような言い方をした。  最低で最悪なやつだ。  でも、茅洋は、わかっていたのかもしれない。だから俺との関係は友達なんだと言った。  セックスしてるのにな、セフレってやつかよ。  鼻の奥がツンとする。泣いたって何もかわらないけど、自分が情けなくて嫌いだ。  特別な力があることをひけらかさないでいることを美徳としながら、本当は、自己顕示欲が強い。  それを押し殺している。苦しい……俺はどうしたらいいのだろう。  茅洋は、韓国から帰ってきたらちゃんと話すと言っていた。  自分の部屋を見渡す。生活感のない部屋を……。  もう準備をしておかないと、この空間に慣れて独りになる準備を。いつ別れがきてもいいように。  鞄の底にしまっておいた充電切れの携帯電話をプラグに差す。電池マークがついた。  今は充電期間。それが一杯になったら、また、あげちん、としての紹介相手と会って付き合う。    茅洋から明日の便で帰るという連絡が届いた。  予定の帰国から二日延びただけだ。実はもう少し遅くなるのかと、ずっと連絡がないのかと覚悟していただけに、こんな早い連絡に拍子抜けした。  明日、ムーンリバーの定休日だ。  何もすることがない状態で、もんもんと茅洋の帰りを待つのが、たまらなくしんどい。  会いたいけど、会って話されることが怖い。それでも会いたい。その繰り返しで、昨日もろくに眠れなかった。  何時にどこの空港に到着なのか書いてなかったから迎えに行くこともできない。  ただ、茅洋の部屋で待つのが悔しくて、自分の家で、連絡くるまで待とうか考えあぐねていた。  結局、じっとしていることに耐えきれなくなって、茅洋の家へ向かう。  商店街を通り、スーパーマーケットの店先に秋限定のビールがあるのを発見して、購入する。  ついでに、レンチンで食べられるつまみも買っておいた。  なんやかんや、会えることに浮かれている。あんなに別れを覚悟していたのに……。  スマホに連絡がきているか確認するため、画面を押す。  ――韓国発の飛行機故障か!? 火災発生。というニュース速報の通知が届いた。  は? 韓国発? 茅洋が帰ってくるのが、何便で何時なのか、どこの空港なのか、全く知らない。  ビルの大型ビジョンには、さっきのニュース速報が流れていた。  どこの飛行機なのかわからないものが炎に包まれていた映像から、ニュースを読む記者の顔に変わった。    ——なんだ? 目のまえが真っ暗になった。  自分は目を開けているし、外は夜でもない。暗幕が頭にすっぽりかぶさったような感じだ。  急に、ドン、ガシャンという音が聞こえて、目のまえが明るくなった。  突然の明かりに耐えられず、目を細める。  視線の先には、トラックが角に突っ込み、大破した音や煙が見えた。  あの事故の時の映像だ。  頭の片隅で、そんなことを思った瞬間、俺の前を自転車に乗った高校生が横切る。 『ダメだ! そっちへ行っちゃダメだ!』  手を伸ばし、叫んだつもりが、声が出なかった。  転がってきたタイヤと、その自転車がぶつかった。  高校生が、小学生の男の子に覆いかぶさるように倒れる。  ……俺だ。  な、なにを見せられてる? なんで……。  頭の中がパニックになりながらも、あの頃感じた焦げ臭さや、泣き声、叫び声が聞こえる。  気持ち悪い。咄嗟に口を手で覆った。  俺は、小学生の俺は、高校生からの吐血をもろに受けて、なにか叫んでいる。 『死ぬな! 死んじゃやだー!』『……カッコー、カッコー……』  音響信号の音と重なって、現実に引き戻された。  まだ大型ビジョンでは、飛行機事故のニュースが流れている。  わずかな時間、いやほんの一瞬だ。昔の事故を見ていた。  白昼夢ってやつか……。  ——死ぬな! 死んじゃやだー! 俺、そんなこと叫んだのか? ぶつかった高校生のお兄ちゃんが「ごめ、ん」と言ってから吐血したことを思い出した。  覆いかぶさったお兄ちゃんが重くて、重いよといいながら持ち上げた時に出た言葉だった。  ほんの一瞬だ。ほんとうに一瞬、彼には意識があったのではないか。  だから、俺は、あんなふうに叫んだのか……なぜ忘れていたのだろう。    ——助けられない命もある。  前に茅洋が自分の生い立ちを語ってくれた時に言っていた。  事故の映像を見ているのに頭痛はなかった。  ただ、恐ろしくなった。さっきから鳥肌が止まらない。  茅洋に電話しながら、足早に家へ向かった。電話はコールすら鳴らずに切れる。  なんでだよ! うそだろう。 フローリストになる姿が見えたのに。でも……すごく嫌な予感がしていた。怪我をしたかもしれない。怪我程度なら……。  ――人はいつか死ぬ。  いつだかわからないけれど、あの高校生ように突然の事故に合うかもしれない。  病気で、一晩中苦しむことになるかもしれない。  助けようと思っても助けられないことがある。  俺、まだ伝えてない。お前に、茅洋に何も伝えてない。

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