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第17話
手首が完治したら、茅洋はもう一度韓国へ行く。
イ・シワンの元で仕事をしないかと誘われていると言っていた。
俺の気持ちをここで言うのは、間違っていると思って黙って聞いていた。
「どうするの? せっかく会えたんだし、いい話しだと思うよ」
目を合わせたら、引き留める言葉しかでてこなさそうで、雑誌を見ながら聞いてみる。
その雑誌をひょいと取られ「仕事は日本でします」と茅洋は微笑みながら言った。
「シワンは、素敵な人です。この業界では神のような存在です。でも、もう十分なんです」
「……十分て、なにが?」
姿勢を正して、何かを伝えようとしている茅洋に合わせて、俺も向き合った。
「俺がフラワーアレンジメントを目指したきっかけは母でした……」
母は結婚前からそういう仕事をしていたが、結婚し、茅洋たちを育てるようになってからは仕事を辞めた。花が好きな人で、自分で花を活けて、部屋に飾ったり、友人にプレゼントしたりしていた。
僕らにも記念日には必ずアレンジメントを作ってくれてました。
想いを馳せながら話す茅洋は、とても大切な宝物を見せるように話しをする。
「……兄の作品には、母がいるんです。えっと、変なことを言っていますよね、すみません。でも、母を感じるんです。それを目の当たりにしてから、もう十分だなって思ってしまって……満足してしまったんです」
最初は兄のようになりたいと目指した気持ちは、彼と接していくうちに方向性が変わった。
「兄は、すばらしアーティストです。でも俺は、もっと素朴な感じがいいんです……うまく言葉にできないんですけど」
手をもじもじさせながら、一生懸命伝えてくれる茅洋を愛おしいと思った。
それに、なんとなく彼の言っていることも理解できた。
「俺は、茅洋が作った花は、好きだ。最初に見たときから惹かれてた」
そうだ、最初に見た時からだ。
思い出すと恥ずかしくなる。きっと顔が赤くなっているはずだ。
「惹かれたのは、花だけですか?」
俺の表情を見て、そんなことを言えるようになるんだから、成長したな。
でも、ここは素直にしておいたほうがいいのかもしれない。最初から茅洋に惹かれていた。と……。
「最初から、ちひ、ろ……」全てを言い終えないうちに唇が重なった。
今日、茅洋が韓国へ経った。何も変わらないいつもの日常だ。そのはずだったのに、ムーンリバーに着くと、親がいた。両親揃ってカウンターに座っている。カウンター内には小田桐夫婦が接客していた。
「な、なにしてんの?」
驚きのあまり声がひっくりかえって、それを聞いた四人は笑っている。
「何って、亮の顔見たくて。軽井沢行ってきたのよ、それでお土産」
カウンターに置かれていたのは、信州名物の蕎麦と野沢菜だった。
いつもの様子と変わらない両親に安心した。
「急に来るからびっくりしたよ」
「何言ってんのよ、メール送ってたけど、ちゃんと見なさいよね」と母が目を眇めて言う。
慌てて、スマホを確認したら、ちゃんとメッセージが入っていた。
しかもちゃんと既読していた。さらっと見て忘れていたのだ。
CCに梓のアドレスが入っているあたり、ちゃっかりしている。
「ごめん、ちょっと色々忙しくて……」
「あんたの家行ったのに、出ないからさ、どこほっつき歩いてんだと思ったんだけど、茅洋くん? のところに入り浸ってるんですって?」
なんでそんなこと知ってんだと、小田桐を見ると、梓と二人してニヤニヤした顔をしている。
この人たちは、いったいどこまで知ってるのだろうか……と冷や汗が出る。
「良かったわね、良い友達が出来たみたいで。安心したわ……あんたが孤独になってなくて……、ほんと、良かったわよ」
最後は、少し鼻声になっているような気がしたが、気付かないふりをした。
両親は、小田桐に丁重に挨拶をして、店を後にした。
「なんか、すみません」
親を見送り、店内に入って、小田桐夫婦に礼を述べると、実は呼んだのは自分たちだと告白してくれた。
小田桐夫婦は、俺の幼い頃のことや事故は、親から聞いていたのだと言う。
一度、倒れた時に、亮の親が話してくれた。
人より勘が鋭いと本人は言うが、本当は予知能力があり、それを本人は隠していて、それによって苦しんでいる。マスコミ嫌いを公言しているみたいだけど、いろんな葛藤があるみたいで、親はそれを理解はできても苦しみを解いてあげることができない。もどかしい思いをしている……。
このことは、本人には伝えないで欲しいと言われていたようだ。
なんだか、自分が情けなくなってくる。
単なる第六感だと言ってるのがあほらしくなってきた。もう認めたらいいんだ。特別な力があることに優越感を抱いていることも、それを押し殺している自分の気持ちも。全て。
茅洋が理解してくれている、そばにいてくれるんだから、俺は大丈夫だ。
それから数日のうちに、あの、あげちん用の携帯電話は解約した。
今日のムーンリバーの占いには、一組の予約が入っている。
カウンターにはいつもの常連さんと小田桐が、ワイワイ話していた。
いつも通りの日常。
占い目当てのカップルが来店した。席へ案内する。
飲み物の注文を聞く前に一応占う内容を聞いてみた。気になったことが見えた。
女は言う「私たちは結婚できますか?」
男が真剣な顔で、俺を見る。
「お二人にその意思があるということですか?」
その問に、もちろんと二人の声が上がった。
「結婚できますよ。色々大変なこともあると思いますけど、あと、酒は飲まない方がいい」
男性の方へ言う。
へ? と不思議な顔をしているのは女のほうだった。
俺の言った意味が分かったのだろう。男は顔を赤らめて、女の方を見た。
あっ! という声と共に、「スミマセン。酒代は支払うので、もう帰ります」と女が立ち上がって言う。
「今日はサービスです。またの機会にいらしてください」
三人でというのは数年先になりそうだなと思いながら、店の外に出て、手を振って見送った。
「なんだい、どうした?」と足早に帰って行く客を店の外に出てきた小田桐は、不思議な目で見ている。
「多様性ですよ」と呟いて、店に入ろうとしたが、茅洋がアレンジメントを持ってくるのが見えて、ドアの前で待機した。
小田桐は、先に店へはいり、「多様性だよ、ふかちゃん」とカウンターに腰をおろした。「何言ってんだ、そんなの当たり前だろう」とわけのわからない会話が続いてる。
大きな花を持ってきた茅洋に「待ってました」と言うと、「フラワーショップリリーです。遅くなりました」といつもの小さな声で言って、店に入ってきた。
窓辺に置かれたのは、ススキ、栗、ダリアが添えてある秋らしいものだった。
茅洋らしい、控えめだけど、紫、ピンク、ホワイトの色合いは店によく合っている。
「もう秋か……また韓国行くんだろう?」
手首骨折が治癒して、1回あっちに行き、日本で仕事すると言って帰ってきたらしい。
「今度は、兄と父が来てくれます。その時に花岡さんを紹介します…………ソジュンハン サラン……大切な人……ですって」
ああ、これだ。した後によく言っていた言葉。
急に恥ずかしくなって、顔を伏せる。
「花岡さん、占ってくれますか? 俺は花岡さんとずっと一緒にいられますか?」
「へ?」
そんなことを聞かれると思わなかった。
茅洋を見つめる。
鼻が高くて、大きな目に大きな口、頬骨が少し張っていて色気がある男は、目を細めて俺を見つめ返す。
「俺たち恋人なんだろう、違う呼び方ない? 名前でもいい」
「…………」
しばらく困った顔をして、考えていたが、思いつかなかったのだろう首をふる。
「ま、いいけどよ……でも、占いの結果は内緒だ」
「え? なんで?」子供のような顔をして、「なんでですか?」と寄ってくる。
なんでも、とふいっと顔をそむけて、意地悪をする。
困った表情をしたデカい子供は、しばらく黙って何かを考えているようだった。
あっ! と思いついたように顔をぱっと明るくさせる。
「はなちゃん!……とか、どう……かな」
ちゃん!? まさかの答えに、声をあげて笑ってしまった。
違ったかなと戸惑う茅洋は、微苦笑しながら、亮を見つめている。
その様子が面白かったのもあるけれど、それで笑ったんじゃない。
——茅洋の隣に俺が見えた。
初めて俺自身の存在を感じられて心の底から震えた。嬉しくて涙が出そうになったのを誤魔化すために、大きな声で笑う。
カウンターの常連と小田桐は首をひねって、この不思議な光景をみていた。
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