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第18話 フラワーショップフカザワ
「深澤さん、先ほど、百合さんから帳簿をつけてほしいと連絡がありました」
野村茅洋は、店先の掃き掃除をしていた動きをとめ、深澤が出勤してくると丁寧なお辞儀をしてそう告げる。
そんな様子をフラワーショップフカザワの店主は目を細めてみる。
若いのにというのは、語弊があるだろうか。お辞儀をしたり、ちゃんと話す時に向き合う姿勢は、中々できるものではないと思っている。
特に、こんな街中でみる若者と同じではないということは、わかる。
育ててくれた人は、だいぶ高齢だったと聞いた。実年齢よりも大人びて見えるのは、母の死が関係しているようだが、素直な性格は、ゆっくりと育まれたのだろうと推察できる。
「百合か……、帳簿は、税理士事務所にお願いしようって話をしたんだけどな……」
そうボヤいて、店の中に入る。
フラワーショップフカザワと書いてあるエプロンを身に付けて、百合に電話をかける。
何気なく、茅洋の姿を見ると、店の前を通る客人に声をかけられ、話しをしている。この辺に住んでいて散歩がてら良く店の前を通るご婦人だ。
花の質問に答え、秋の新しい植物の入荷を伝える。流暢なおしゃべりじゃなくとも、気持ちが込められている。
深澤は、日差しの下で茅洋が客と話している姿を感慨深く見ていた。
茅洋を初めて見たのは、五月の連休が終わった直後だった。
ヒョロヒョロでやたら背の高い男が、フラワーショップフカザワのドアを屈みながら入ってきた。
夜の八時。深澤は、店仕舞いの掃除をしていた。
「いらっしゃい」
花を買いにきたのだろうか。
髪の毛はボサボサで、恰好もあまり褒められたものではない。スニーカーだけは綺麗だったが、猫背の髪の毛で目が見えないその出で立ちに深澤は、強盗? と持っていた箒を構えた。
「あ、あの、アルバイト募集のことなんですが」
表に貼った紙をちらりと見ながらぼそっと出た言葉に、ああ、金を取る方っていっても、働く方ね。と頭の片隅でおちついて考える。
今朝、店を開ける前にドアへ貼った{アルバイト募集}。深澤は、インターネットが苦手で、それ系のものは娘にお願いしていた。今回の募集は、そんなに急いでないのもあって、なんとなく地元で決まったらいいな程度のものだった。
身なりだけで、追い返すのも良くないと履歴書を見て、話しを聞く。
「今年、三十歳ね……アルバイトだし、時給だって高くないのに、なんでここ?」
世の中、不景気だ。アルバイトだからって採用されるとは限らない。正社員募集とか一通り落ちて、ここにしたのかな。
「は、花が好きで、あのフラワーアレンジメントの勉強しています」
「なるほどね……」
短い脚を組み、履歴書を見る。
確かに前職も植木屋や花屋と掛け持ちしているような働き方をしていた。
ここじゃなくても……と言おうとして、「質問していいですか?」という声で茅洋を見た。
前髪が揺れて見えた瞳が、おどおどと揺れて、何か言いたいことを決めているように唇を一文字に結んでいる。
質問の内容を聞くと、勤務時間のことだった。更に詳しく聞くと夜しか働けないという。
「話してくれないか? きみのこと」
熱いお茶を入れて、奥の座敷に座らせ、茅洋の生い立ちを聞いた。
同情したから、なのかもしれないが、自分の過去と似た瞳をもつこの青年を放っておけなかった。
百合からは散々文句が出たが、みかけが良くなった途端に黙りやがった。
常連のご婦人と別れ、箒を持って店内に入ってくる。時折、あたまをぶつけそうになりながら慎重にしているところは、少年のような危なっかしさがある。
さっき外で話していたご婦人から秋のアレンジメントの注文が入ったらしい。メモをして茅洋専用のホワイトボードに貼った。
夜も眠れるようになって、日が出ているうちから一緒に働ける日がくるとは思いもよらなかった。しかもほんの数か月の話だ。
これも彼の影響なのかもしれない。
「ちわっす。茅洋、弁当」
昼すぎに顔を出したのは、花岡亮というムーンリバーの占い師兼バーテンダーだ。
中々の二枚目で、男にしとくにゃ勿体ない美形だ。
茅洋は、亮から声がかかると、しっぽをふり(見えないが)近寄って、破顔する。
この顔こそ少年のようで、花を活けている時のキリっとした顔とは別人で驚いている。
恋している顔だな……。
なんとなく、茅洋が亮に、友達以上の感情を抱いているのはわかっていた。見ればわかる。
本人は友達だと言っていたが、それもいつの間にか言わなくなった。
「今日も愛妻弁当だな」と揶揄うと、顔を赤くしてそれを隠すようにしてしまう。
元々無表情で、感情の起伏がない茅洋は、亮に限っては大きく反応する。
キャバクラの配達帰り、暴力巨漢に襲われた時も、ずっと亮を離さなかった。
鼻血だらけの痛々しい顔をしていて、亮は首を絞められて、どちらも被害が大きかったのに、亮ばかりを気にしていた。
深澤は、守ってあげられなくて、と落ち込んだ……。その後、マスターにキャバクラ連れていってもらって元気になったが。
あの、イ・シワンが兄弟だというのも、俺は最初から聞いていたが、あまりにも大物だったから百合にも最初は黙っていたものだ。
茅洋が韓国に行ってから、亮は落ち込んでるし、何か助けてやりたかったけど、二人の問題だし黙って見守ってた。
小田桐に少し聞いていたが、亮の心に抱えている問題が大きそうだった。
俺には見守るしかできねぇ。
奥の座敷で、茶を飲みながら話す茅洋と亮を見る。
まだまだ若い青年たちは、この街でどう生きていくのだろうか。手を取り合って生きていける相手がいれば、それでいい。
深澤は、カウンターに座り、パソコンを立ち上げた。仕入れ伝票を見ながら、それを入力していく。
税理士に任せるといっても、毎日の伝票入力は、こちらでやるもんだ。と百合から言われた。
ったく。俺は、手書きが一番ラクなんだけどな。今はそんな時代じゃないんだってよ。
心の中で愚痴をこぼしながら、両手の人差し指で数字を打ち込んでいく。
茅洋と同じ歳くらいの青年が、花屋にやってきた。
「いらっしゃいませ」その声で、茅洋は店先へたつ。邪魔をしちゃ悪いと、亮は帰って行った。
少し寂しそうな目で、その背中を見送り、次の瞬間は切り替えて、客へ向き合った。
会社の送別会で、女性への贈る物だという青年は、花を買ったことがないのだろう。どういう花がいいかわからず、茅洋にアドバイスを聞いてくる。
「年齢は……——、わりと可愛い系で、優しくて、笑顔が素敵で……」
惚れてんのかというくらいの言葉が並べられて、思わず笑ってしまい、ゴホゴホとせき込むふりをして耐えた。
「可愛らしいということでしたら、赤系を中心に、あと、お客様が選んだものも入れましょう。パッと見て、どれがいいですか?」
なるほど、茅洋ナイスアイデア。青年の気持ちを汲んであげたみたいだ。
沢山ある花から選ぶのは難しい。でも、こっちよ。って呼ぶものがあるんだ。
青年は、真剣な顔をして、花を見て、その呼ばれたものを指さした。……ありきたりな赤いバラだったが、その赤を主役に青年の言葉通りのイメージをアレンジメントにしていく。
送別会に渡すというより、愛を伝えるような華やかなブーケに、青年の頬が赤く染まった。
何か、意を決したのか、想像したのかもしれない。
「ありがとうございました」店内を出て行く青年に声をかける。
茅洋の瞳は輝いていて、どこか自信にあふれていた。
今晩は、ムーンリバーで町内のオヤジたちと飲む約束をしている。
深澤と小田桐は、他の常連を待ちながらカウンターで酒を飲む。奥のキッチンでは、梓が何か作ってくれているみたいだ。
亮は、占いで予約が入っている客を向かい入れる準備をしていた。
そのうちに、床屋の主人がきて、コンビニエンスストアの主人もやってくる。
いつもの常連が、カウンターに収まった。
占い目当ての男女カップルが来たかと思ったが、店に入るなり、亮と何か話して、そそくさと帰ってしまった。
また変なマスコミかと心配になった小田桐が席を立ち、一緒に店の外へ出る。
でも心配はいらなかった。
「多様性だよ、ふかちゃん」と店に戻ってきた小田桐は、カウンターに腰をおろした。
何を言ってんだ、今の時代、そんなの当たり前だ。で、なにが?
そんなことをいつものようにゆるく話す。
「フラワーショップリリーです。遅くなりました」
聞き覚えのある小さな茅洋の声がして、振り向いた。
今日は、フラワーショップリリーでムーンリバーの定期のアレンジメントを作る仕事があると夕方に店を出たのだ。
ススキ、栗、ダリアが添えてある秋らしい、茅洋らしい作品が窓辺に飾られる。
もう秋か……。朝晩に冷え込みや、暗くなる時間の早さから、寂しいさが漂う季節だ。
でも、茅洋と亮は、お互いを見つめ合って、楽しそうにしている。
そんな温かな空気に包まれている様子をみながら、深澤は思う。
沢山ある花の中から選ぶのは大変だ。でも、呼ぶ声がある。それに反応した二人が、寄り添えば、それだけで美しいのだ。
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