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第19話 韓国 Sweet
冬。極寒の韓国ソウルに来ている。
茅洋が、兄と父に紹介したいと言ってくれたが、結局、イ・シワンは、日本に来ることができなかった。そりゃそうだ。有名人は、忙しい。
ということで、茅洋と亮が、韓国へ行くということになった。
是非、来て欲しいというあちらの言葉と、ゆっくりしてきなさいという小田桐と深澤の言葉も後押しして、旅行に来た。
二人で旅行は嬉しい。しかも海外なんて久しぶりで、パスポートの期限はとっくに切れていて、改めてとることになった。
冷たくて乾燥した空気が、顔を覆い頬が赤くなる。
街の中で働く人たちは、厚手の衣服をまとい、毛糸の帽子を被る人も多い。
一応日本から準備してきたものの、ダウンジャケットくらいの用意で、手袋や帽子といった小物は持ってこなかった。
顔が寒い、耳が凍る、それを手で覆うと、今度は手が冷える。
「茅洋、寒い。帽子と手袋買うぞ」
適当なビルに入り、安いんだか、高いのだかわからないけれど、目に付いたものを買った。
「カムサハムニダ」と言い、帽子と手袋をつける。
茅洋はというと、特に買わなかったらしい。でも、短めのスカーフを鞄から出していつの間にか身に付けている。
二泊三日の韓国旅行。全ての手配を茅洋にお願いした。
挨拶を兼ねた旅行と聞いているが、シワンのところで、手伝いをするプランも入っている。
どこか観光に行こうとは考えていなかったから、ちょうど良かったのかもしれない。
タクシーに乗り込み、到着したホテルは、芸能人、海外セレブが宿泊するであろう高級ホテルだった。
豪華絢爛なロビーで立ち尽くす。キラキラした装飾や、どかりと大きく飾られたフラワーアレンジメント、人もワンランク上の身なりをしているように見える。
自分の帽子と手袋をつけた野暮ったさが恥ずかしくなって、それらをとって鞄にしまう。
茅洋が、レセプションへ行き、何か話し戻ってきた。
「今、人が来てくれるみたいだから、こっちで待ちましょう」
手を引いてロビーのソファに腰かける。
茅洋は、さっきからソワソワ落ち着きがなく、緊張した顔をしている。
もしかして、ここでイ・シワンに会うのか。それならこのホテルは頷ける。自分たちが泊まるのだと勘違いするところだった。
しばらくすると、長身で細身の知的な雰囲気の男性が近づいてきた。茅洋に声を掛け、茅洋は立ち上がり、二人はお辞儀をして挨拶をしていた。次に亮を見てきたので、慌てて亮も立ち上がってお辞儀をする。
その知的な人は、俺たちをどこかに案内するため、先に歩いていった。
小さくため息をついた茅洋は、「あの人は、朴さんていって、マネージャーのような仕事をされています」と小声で教えてくれた。
俺の耳に届くものは、韓国語だったので、ようやく何を話していたのか、すこし理解する。
このホテルのアンバサダーらしい俳優の看板が、何枚も飾られている廊下をあるき、エレベーターホールに向かった。
朴が連れて来たのは、15階にある部屋だった。
部屋の前で、また1つ息を吐いた茅洋は、着ていたコートを脱ぐ。
濃紺のスーツ、インナーはホワイトのシャツという姿がお目見えした。絶対それオーダーメイドだよねというくらい身の丈に合っていて、茅洋ではないような感覚がする。
俺は、普通の格好なんだけど……一応ダウンジャケットを脱いで、心なしか姿勢も正す。
ドアを開け、廊下を進むと、大きなテーブルと、ソファ。キッチンとカウンターがあり、奥にもうひとつ部屋があるように見えた。
その奥からがたいのいい少し歳のいった男性が現れた。
『おお、シユン! 久しぶりだ』そう言って、茅洋を抱きしめたあと、マジマジと茅洋を見る。
『まあ、80点といったところか、その服は似合っているけど、猫背は直さないと。あと、もう少しこの髪の毛をこう……』
茅洋の髪の毛の分け目を変えるように、撫でつけては、ジロジロと茅洋を見る。
ようやく納得したのか、手を放した。
あっけにとられた顔で、その様子をみていた亮を見つけ、その男性はニコリと微笑んだ。
「はじめまして。わたしはシユンの父です。イ・ヨンジュンといいます」
「は、はじめまして。花岡亮です……」握手を求められ、それに応える。
シユン? 誰? つうか、この顔……イ・ヨンジュンって言ったか? え? あの?……。
目の前にいるのは、韓国の大物俳優で、このホテルの顔になっている、さっき大きな看板の前を通ったばかりだ。
「リョウ! キミは美しいね、素敵だ」握手した手を引っ張られ、ハグをされる。
茅洋を振り返ると、いつもの困ったような顔を向けていた。
『父さん、離してください』そう言って、亮からヨンジュンを引き離した。
『シユン、ここを使いなさい。わたしはこれからイタリーに行くからね。次会う時は絶対に日本へ行くよ』
『いえ、ホテルは別にとっていますから。それにここは階層が高すぎます』
『なにを言ってるんだ、わたしはいつも更に上のスイートだよ。シユンの為にここを用意したのに』
『僕は、高所恐怖症なんです』
『オーノー』と頭を抱えて目をつむるヨンジュン。
オーノーしかわからない会話を横で見ている。長身のハンサム二人が言い合っている姿は、なにかの映画を見ているようだ。
『ヨンジュンさん、そろそろ時間です。参りましょう』
朴の言葉に、パッと笑顔を取り戻したヨンジュンは、『チャオ』と言って、そそくさと部屋から出て行ってしまう。
え? 親への挨拶って終わり?……。
朴は、茅洋になにやら話してから丁寧なお辞儀をして出て行った。
茅洋は、スーツのジャケット脱ぐと、ソファにほうり投げ、どかりと座った。足を組んで、背もたれに寄り掛かっている姿が、見慣れない調度品と相まって、いつもの茅洋ではない誰かを見ているようで惚けてしまう。
そんな俺に気付いて、手を伸ばして弱々しく「花岡さん」と呼ばれた。
その手をとりソファに座る。
「すみません。父は、とても強引な人で、悪いひとではないんですけど、マイペースなんですよ。ホテルは、ここを使いましょう。朴さんにも申し訳ないので。とったところは後でキャンセルの連絡をしておきます」
茅洋に気遣って、高層階ではない部屋で、なるべく広くないところを朴さんが用意したらしい。
しかも無料だ。
予約したホテルの当日キャンセルは、100%の金をとられるだろうけど、この部屋に泊まれるという代償みたいなものだろう。
「一生に一度あるかないかの経験だから、ここを満喫しようよ。……つうか驚いたよ。父親が有名人なんて。シユンて、お前のこと?」
「シユンは、おれの韓国名です。韓国で生まれて、8歳ころまで住んでました……」
離婚後、母の姓を名乗り、日本名で登録されている野村茅洋で生活している。
ヨンジュンと母が結婚したころは、彼はまだ無名だった。徐々に有名な作品に出る機会が増え、茅洋が生まれたころには、ハリウッド映画も出るようになってほぼ家にいないような生活だった。
「裕福でしたけど、だんだん家族で過ごす時間が減って。そのうち母の病気が見つかって……。母は日本に帰りたがって離婚になったみたいです。おれは、母と一緒にいたかった。それに派手な生活は、合わないと思ってたからちょうど良かった……」
あんなに早く母が亡くなるとは思わなかったけど……と小さく呟く。
有名人で、国籍が違う。きっと戻りたくても簡単にはいかない、色んな壁があったのではないかと思う。
茅洋の肩に頭を乗せると、手が亮の頭をなで、そっと頬を伝い、顎をもたれ唇が落ちてきた。
触れるだけのキス。もっと欲しくなるのに、唇は頬と目尻に移動して離された。
「今から、兄のところに行きましょう。……ことは、それからで」
「……え? 今から?」
父親の次に兄上様かよ! という心の叫びは、「ことは、それからで……」という甘い言葉にかき消されたのであった。
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