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第20話 韓国 Sweet
ホテルから近い場所にイ・シワンはいるという。
高級ホテル、高級デパート、ブランド品店が立ち並ぶ場所に、そのホールがあった。
ホールの看板に{フラワーアレンジメントショー}と書かれている。
日程は、明日となっていて、ホールの入り口は閉まっていた。
裏手に周り、警備員に声をかける。しばらくしてから迎えの人がきて、中に招きいれてくれた。
流暢な韓国語で話す二人を後ろから見ている。その様子に気付いた茅洋が、「兄の会社の人です」と紹介してくれた。
イ・シワンは、フローリストとして有名人だが、自分のオフィスを持っていて、フローリストになるための講習を開いたりしている。今回は、このホールで、生徒達のショーが開催されるということらしい。
ホールの入り口前で、茅洋は亮の手を強く握った。
「明日が本番なので、なにか手伝わされてしまうかもしれません。すみません、お待たせしてしまうかもしれないです」
似合っているスーツが台無しになるほど、情けない顔をしているいつもの茅洋に、笑って答える。
「大丈夫だよ……飽きたら……」会場をぐるりと見渡して、端っこの席を指さし「あの辺にいるから」と言った。
「茅洋か!? 来てくれたんだな」
流暢な日本語で近寄ってきたのは、何度も雑誌で見たイ・シワンだった。
茅洋と同じくらいの背丈で、ヨンジュン同様にがたいがいい。壁が立ちはだかる感じはするものの威圧感というものではない。
目鼻立ちが大きく、頬骨が張った顔は、兄弟似ているなとも思うが、どちらも父親似なのだと思った。
「そちらが、亮だね。はじめまして」
優しく向けられる目は、茅洋と似ていて、でもやっぱりどこかが違う。
「はじめまして」ぺこりと挨拶したところを、ハグされ、すぐに、茅洋が引き離す。
同じようなことが、さっきもあったなと思い出し、苦笑いをした。
「いや、ごめん。亮は、美しいね。思わずハグしてしまったよ……」
シワンが教えた生徒たちの発表会が明日ということで、その準備にバタバタしているようだった。
「明日は、わたしもアレンジメントを披露するので、ぜひ楽しみにしていて」
そう言って、会場内を忙しなく動き、指示を出している。
会場に装飾するアレンジメントの創作が始まり、自然と人がそこへ集まりだした。
『茅洋さん、ちょっと手伝ってもらえますか?』
さっき迎えにきてくれたスタッフに呼ばれて、会場の中心に行く茅洋を見送る。
花や道具の移動を手伝いながら、スタッフと話している。そこにシワンも入って、創作しながら指示を出し、スタッフがそれに合わせて動いていた。
茅洋の仕事現場には、行ったことがあっても、実際作業している姿はみたことがなかった。
真剣な表情で打ち込んでいる姿に、自分の知らない茅洋がいて複雑な気持ちになる。
よく見ていると、茅洋もスタッフに指示を出しているような感じがした。1つはシワンが、もう1つは茅洋が創作しているように見えた。
沢山のスタッフに指示していく茅洋をみて、コイツのいる場所は、本当はここなのかもしれないと思う自分がいた。
なんとなく足元がぐらつくような感覚になって、立っていられなくなった。
さっき指さした会場の端に移動して、イスに座る。
茅洋が、韓国語で話しながら、花を活けている。集中した表情の中に楽しさが滲み出ていた。
アイツはここにいたほうがいい人間なんじゃないだろうか……。
街の花屋で花を作っているよりも、フローリストとして洗練されるのは、こういう場ではないだろうか……。
「茅洋、すごいでしょ? 彼は才能がある。わたしよりずっと」
隣にきてそう話すのは、シワンだった。
「亮は、占い師ですか? わたしや彼の未来が見えますか? 成功する姿が? その時に彼はここにいるのでしょうか? わたしは、いたほうがいいと思っている……どうですか?」
じっと見つめられて問われた。
さっき挨拶を交わした表情と違って、挑発的で、とても不快な気分になる。
「……茅洋を返してほしいってことですか?」
俺の返事に、小さく笑いながら、首をふった。
「茅洋自身が日本で仕事すると決めたんです。それは、アナタがいるからだ。亮は、茅洋に何を与えらえるの?」
嫌な汗が背中を流れていく。
何を与えるかって? 俺は茅洋にもらってばかりで、与えているなんて思いつかない。
なにも、ない……。
「すみません」と席を立って、会場から飛び出した。
外気に触れ、寒さで一瞬、身を震わせたが、心が氷のように冷たくなっていく。
何もない自分と、才能が開花されているフローリストと差が広がっていく。
差ってなんだ? 人生の価値か? 才能か? 同じ土俵にたっていないのに、どうしたらそんなの埋められるんだよ。
俺は、茅洋と共に人生を歩んでいいのか……?
そんなことを悶々と考えて、さまよい歩いて、ここが何処かわからず、知らない土地だということに気付いて絶望した。
たしか、ホテルと会場は歩いていけるほどの距離だったはずだが、反対方向に歩いてしまったようで、どこかわからない。
参ったな……。
寒さに手をズボンのポケットに入れて、スマホが入っていたことに安心する。
地図アプリを開いて、場所を確認した。ホテルには帰れそうだ。
ダウンジャケットを忘れたことに気付いたが、会場には戻りたくなかった。
とりあえず、ホテル近くのレストランで時間をつぶすことにした。
適当なつまみとビールを頼む。
高級ホテルの近くだからか、外国人が多く、聞こえてくるのは、韓国語と英語の両方だった。綺麗な身なりをした人が多い。
イ・シワンや、ヨンジュンが生活しているのは、こういう世界なのだと思い知らされる。
茅洋が着ていたスーツもオーダーメイドのプレゼントだと言っていた。
似合っていたし、茅洋ならすぐにこの世界に馴染んでいくだろう。
俺が茅洋に与えられるものなんて、なにもない……。一緒にいたって、運なんか上げられない。アイツは、自分の力で昇っていく。
茅洋のそばに居られるなら、こっちで一緒に暮らしたっていいとも思う。……——いや、嘘だ。
俺は……自分の能力をやっと受け入れることができた。それを出せるのが、ムーンリバーで、あそこから離れることは、とても嫌だ。
本当は、茅洋が俺の傍にいたいと思っていて欲しい。俺を必要としていて欲しい。
俺は、ホントに、自己顕示欲が強い人間なんだよ。
気が付けば、夜の十時を過ぎていて、店はそろそろ閉店だと告げられる。
茅洋からの連絡がないまま、店を出て、ホテルへ向かう。
ホテルへ入ると、茅洋から着信があった。
『すみません、花岡さん、どこですか? 遅くなってすみません』
「ホテルのロビー」
『上着忘れてました。寒くなかったですか? 直ぐ向かいます』
「……」
『大丈夫ですか? 初日から疲れましたよね、俺に付き合わせちゃって、すみません』
「……さっきから謝ってばかりだな」
『え? すみません』
俺が謝らせてるのか……。
「切るぞ」
『ダメです。このまま話して。お願い……』
甘くお願いする茅洋の声が好きだ。耳に心地よくて、ふふっと吐息のように笑う。
「電話代が高くつくよ」
『もう、着きます。切らな、いで……』
走っているのか、言葉が切れ切れに聞こえる。吐息が愛おしい。早く会いたい。
ホテルのロビーに入ってくるなり、亮を抱きしめた茅洋は、肩で息を切らして、汗をかいていた。
「すみません……」
そう呟く背中をさする。
部屋に入った茅洋は、シャワーを浴びた後、すぐに眠ってしまった。
集中していたとわかるような疲労感が顔に出ていた。たった半日で使う労力かと呆れてしまうが、あの場所にいた茅洋はかっこよかった。
大きすぎるベッドに横たわる。いつもより離れていることが心もとなくて、茅洋に寄り添った。
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