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第21話 韓国 Sweet Side茅洋

 翌朝起きた時に、隣にいる亮をみて、後悔した。  兄と父に挨拶といっても、初日から半日も亮をほったらかしにしてしまった。  フラワーアレンジメントに携われるのは楽しいし、好きだ。  シワンとのやりとりも、彼のスタッフとの会話も良い勉強になるし刺激になる。  何かを創作するというのは、自分を削っていくような作業だと思っている。だから、終わった時にはクタクタだ。あんなことを兄は、ずっと続けているのだから。すごい人だと思う。  前に、兄から一緒に仕事をしないかと誘われた時は嬉しかった。  でも、僕は彼とは違う。根本的に目指していることが違うと思った。  シワンは僕の才能を認めてくれたけど、それは兄弟として同じ血が流れるものとしての共通意識をもったにすぎない。  それに——シワンは、花を愛していない。  寝返りをうち、うっすら目を覚ました亮が、ふっと微笑んだ。 「疲れた顔してるな、今日も行くんだろう?」  そうだ、今日も朝から手伝いで呼ばれている。その後のシワンのアレンジメントショーにも出てくれと言われている。  すみません、と言うと、またか。とくすくす笑う。  亮は綺麗だ。初めて見たときから、ずっとそう思っている。  兄と父が、美しいと言ったのは本音だろう。  亮が笑う目元は、母に似ている。 「ショーは夕方には終わります。そしたら、二人で美味しものをたべに行きましょう」 「打ち上げとか参加させられるんじゃないか?」  その可能性は十分にあるだろう。が、それは断るつもりだ。  楽しみにしてるよ。と笑う亮は、いつもと違ってどこか寂し気に見えた。    朝食をとった後、昨日の会場に向かう。  外の大看板には、イ・シワンの写真とフラワーアレンジメントショーという大きな文字が掲げられている。  裏から入り、レセプションやホールロビーを歩いていく、あちこちに昨日活けた花が飾られている。  所々に飾られている花を見て、亮が何かに気付いたように茅洋に聞いた。 「この花って、全部シワンさんが作ったの?……茅洋は、手伝っただけか? なんか茅洋の気配は少し感じるけど、やっぱり違うもんなんだな」  ——ああ、この人は、やっぱりわかるんだ。  活けたものは、シワンの構図で作ったものだ。土台の関係で多少の向きや長さを変えたが、シワンの指示のもとで創作している。自分なら、こうしたいという気持ちは、ここで出すことじゃない。 「すげーな」心からの言葉に、目を細めて亮をみる。  どんな言葉も偉い人からの賛辞も、亮からの言葉にはかなわない。  以前、俺の作った花が好きだと言ってくれた。それが、それだけが唯一、俺の原動力になっている。 「亮、茅洋、おはよう」  昨日とは打って変わって、光沢のあるスーツに身を包むイ・シワンが出迎える。  亮……。父もそうだが、恋人を簡単に呼び捨てにする。  茅洋とて、名前を呼びたくないわけじゃない。ただ、皆が呼んでるし……同じでいたくないという、子供じみた考えと、花という苗字がついた彼をそのまま呼びたいという気持ちがある。彼らが{りょう}と呼ぶことにイラっとするのは、独占欲からだろうか……。 『茅洋、話しがある。本番前にいいかな?』  挨拶もそこそこに、韓国語で、呼ばれた。これは、仕事の話しだろう。  亮の手を握り、「すぐ戻ります。だからどこにも行かないでください」と見つめて話す。 「大袈裟な」と言って、はにかむ亮は、「昨日みたいに、勝手にどっか行くなんてことしないよ」と呆れたような照れた笑顔をみせた。  レセプション隣にあるカフェで待っていてもらうように言い、シワンの楽屋へ向かった。    シワンの部屋に入ると、同じタイプのスーツを着るようにと用意されたものを渡された。 『茅洋、ここでキミのデビューとして、紹介しようと思っているんだが、どうかな?』  一度断っているのに……。また勝手なことをと思う。 『兄さん、前にも言いましたが、僕は、ここで仕事はしない。日本での仕事がある』  落ち着いた声で、無表情で答えるが、シワンも同じように落ち着いていた。 『仕事って、花屋か? お前には、アーティストとして生きていける才能があるんだぞ。周りの目を見ただろう、スタッフも全員褒めていたし、賛成している』  確かにシワンのスタッフは優秀で、彼らとの仕事は楽しいと感じていた。でも違うのだ。ここじゃない。 『花屋です。僕の生きる場所です』  舌打ちしたシワンの目が鋭く、声が大きくなった。 『亮か? 彼が必要なら彼も呼べばいい。こっちで彼を囲うといい。一緒に暮らせばそれで幸せだろう』  囲う? きっと悪気はないのだろう。欲しいものは手に入れ、それを囲う。人でもモノでも同じなのかもしれない。  ふっとため息をついて、兄を見る。威厳のある雰囲気の中に、縋るような瞳がみえる。 『……兄さんは、どうして花を始めたんですか?』  一度聞いてみたいと思っていた質問だった。  苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべて、ソファにどかりと座り込む。頭を抱えて、小さな声で話し始めた。 『かあさんに会いたかった。出て行った時、お前が付いていくから、おれは残らなきゃならない。知らないだろう? 母さんが俺に残れと言ったんだ…………どちらも離れたら、父が可哀そうだからと』  顔を上げたシワンは、うつろな目をして続けた。  いつか必ず会えるはずだから、アンテナを立てるように何かを目指そうと、母が好きな花の勉強をした。  有名になったのに、なぜ会いに来てくれないのだろうと思っていたけど、そのうち忙しくなって、忘れた。  いや、考えることを止めた。 『死んでいたなんてお前に会うまで知らなかったんだ……。茅洋が大変な暮らしをしていたことは、調べてわかったよ。いろんな人の支えがあったということも。お前は、母の死を受け入れて強くなったんだな。会うたびに、成長しているのがわかる。でも、俺は、まだ心にいるんだ……』  ——母が出て行く時に、必ず会えるからと言って笑った姿がここにいる。  そう、自分の胸を叩いて、シワンは、涙をおとした。  項垂れる兄は、いつもの自信に満ちた様子はなく、別れた時の小さな兄の面影が重なった。  自分が母に付いていかなければ、兄はこれほどの悲しい思いをしなかったのかもしれない。ふたりで、母のいない寂しさを分かち合えたのかもしれない。 『……兄さんのおかげなんだ。僕が花を好きでいられたのは、兄さんが活ける花を見たからなんだ』  最初から花が好きというわけではなかった。雑誌で見た、イ・シワンのフラワーアレンジメントに母が見えた。そんな理由で、植物や花関係の仕事に携わりたいと思った。  いつか、イ・シワンに会いたい。この人のようになりたいと思ってたから。  泣いた目を見られまいと、自嘲気味に笑うシワンは、諦めに似た、ため息を漏らした。 『母が花を好きだったから始めたなんて、今となっては、その感情も思い出せない。花が好きだと思ったことは一度もない…………こんなことを話して、なんか色々と思い出したよ……』  手を伸ばして、背伸びをするシワンは、静かに笑った。 『でも、俺は諦めないぞ、茅洋、お前をここに呼ぶからな!』  いつもの自信に満ちた顔で言う。  そんな兄に呆れながら、大事なことを告げた。 『兄さん、1つ誤解している。花岡さんは、囲われる人じゃない。俺が、彼の手の中にいるんです』  どや顔で、はなった言葉に、目を丸くしたシワンは、肩をすくめて苦笑いした。

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